「うちは赤字だから、売却なんてできないだろう」——事業承継のご相談の場で、経営者様から本当によく伺う言葉です。しかし、この思い込みで選択肢を狭めてしまうのは、あまりにもったいないことです。実務の現場では、直近の決算が赤字の会社、あるいは数期連続で赤字が続いている会社のM&Aが成立する例は決して珍しくありません。本稿では、なぜ赤字でも会社が売れるのか、買い手は何を評価しているのか、そして売却の可能性を高めるために何を準備すべきかを、順を追ってご説明します。
結論:赤字でも会社は売却できる
最初に結論を申し上げると、赤字企業でも売却できる可能性は十分にあります。もちろん、黒字で財務内容の良い会社に比べれば買い手候補の数は絞られますし、価格条件も厳しくなりやすいのは事実です。しかし、「赤字=買い手がつかない」という等式は成り立ちません。
理由はシンプルで、買い手企業がM&Aで手に入れたいものは「過去の利益」ではなく「将来の価値」だからです。買い手は自社の戦略に照らして、対象会社を取り込んだ後にどれだけの価値を生み出せるかを考えます。自社の販路に乗せれば売上が伸ばせる、自社の管理部門と統合すれば固定費が削れる、喉から手が出るほど欲しい人材や許認可を持っている——そうした将来のシナリオが描けるのであれば、現在の損益が赤字であっても買収の対象になり得るのです。
実際、人手不足が深刻化している業界では、「利益よりも人材と体制」を目的とした買収が増えています。赤字か黒字かという表面の数字だけで判断せず、自社が持つ経営資源を棚卸しすることが、検討の出発点になります。
買い手は決算書の損益だけを見ているわけではない
買い手が対象会社を検討するとき、損益計算書の最終損益はもちろん確認します。しかし、それは評価の一要素にすぎません。買い手の視点は、大きく次の三つに整理できます。
①「実質的な収益力」はどうか
中小企業の決算書には、役員報酬や保険料、節税目的の費用など、オーナー経営ならではの支出が含まれていることが少なくありません。こうした項目を調整して「事業そのものの稼ぐ力」を見直すと、帳簿上は赤字でも実質的には黒字、というケースは実務上よくあります。買い手やアドバイザーは、こうした調整後の収益力(実態収益力)をベースに検討します。
②「シナジー(相乗効果)」があるか
買い手にとっての価値は、対象会社を単体で見たときの価値だけでは決まりません。自社と組み合わせたときに何が生まれるか、というシナジーの視点が加わります。単体では赤字の事業でも、買い手の販路・仕入れ・設備・管理体制と組み合わせることで収益化の道筋が見えるのであれば、評価はまったく変わってきます。
③「赤字の原因は取り除けるか」
赤字の原因が構造的なものか、一時的・改善可能なものかも重要な論点です。この点は後ほど詳しくご説明します。
買い手が評価する「見えない資産」の具体例
決算書の貸借対照表には載らないものの、買い手が高く評価する経営資源を、本稿では「見えない資産」と呼びます。代表的なものを挙げてみましょう。
- 人材・技術者:資格保有者、熟練技能者、営業チームなど。採用難の業界では、従業員の存在そのものが買収目的になることがあります
- 顧客基盤・取引口座:大手企業との継続取引、官公庁の指名実績、リピート顧客のリストなど、新規参入では容易に築けない関係資産
- 許認可・免許:建設業許可、運送事業許可、薬局開設許可など、新規取得に時間と要件のハードルがある権利
- 技術・ノウハウ・知的財産:独自の製造技術、レシピ、特許、長年の業務ノウハウ
- 立地・設備:好立地の店舗や倉庫、稼働可能な生産設備
- ブランド・地域での信用:長年の営業で培った屋号の知名度や地域の信頼
これらは、買い手がゼロから自力で構築しようとすれば多くの時間と費用を要するものです。「時間を買う」というM&Aの本質的な動機に照らすと、赤字企業であっても、こうした資産を持つ会社には固有の価値が認められます。どのような資産がどの程度の価格につながるのかは会社ごとに異なりますので、詳しくは「会社売却の相場はいくら?価格の決まり方と高く売るためのポイント」もあわせてご覧ください。
同じ赤字でも評価は違う|「赤字の理由」の整理が重要
買い手の立場から見ると、「なぜ赤字なのか」によって、その赤字の意味は大きく異なります。
評価に影響しにくい赤字の例
- 設備投資や新規出店など、先行投資による一時的な赤字
- 役員報酬・保険料など、オーナー関連費用を除けば黒字になる赤字
- 災害や特別損失など、一過性の要因による赤字
- 後継者不在で受注を抑えているなど、経営体制に起因する赤字
慎重に評価される赤字の例
- 市場の縮小など構造的な要因で、売上減少が続いている赤字
- 主要取引先の喪失によって収益基盤が損なわれている赤字
- 改善の打ち手が尽きており、買い手のシナジーでも解消が見込みにくい赤字
前者のような赤字であれば、原因を資料とともに説明できるよう整理しておくことで、買い手の理解を得やすくなります。逆に、赤字の理由を曖昧なままにしておくと、実際以上に厳しい評価を受けかねません。「説明できる赤字」にしておくことが大切です。
なお、赤字が続き債務超過に至っている場合でも、事業の一部を切り出して譲渡する事業譲渡などのスキームで承継が実現することがあります。選択肢の設計はケースバイケースですので、早めに専門家へご相談ください。
赤字企業の売却を成功に近づける準備
赤字企業の売却では、準備の巧拙が結果を左右します。実務上、特に効果が大きいのは次の取り組みです。
- 実態収益力の見える化:オーナー関連費用や一時的な損失を整理し、調整後の収益力を説明できる資料を用意する
- 赤字原因と改善策の整理:赤字の理由、既に打った手、買い手の下で見込める改善を言語化しておく
- 「見えない資産」の棚卸し:人材・顧客・許認可・技術など、自社の強みを客観的に書き出す
- 早めに動く:業績や資金繰りが悪化しきってからでは選択肢が急速に狭まります。時間的な余裕は、それ自体が交渉力です
- 相手探しの間口を広げる:同業だけでなく、異業種でシナジーを見込める買い手まで視野に入れる
また、小規模な会社の売却には固有の論点もあります。規模の小さい案件の進め方については「スモールM&Aとは|小規模な会社・事業の売却の進め方と注意点」で詳しく解説しています。自社の価値の目安を知りたい方は、企業価値算定シミュレーターもご活用ください。
まとめ|「うちは売れない」と決めつける前に
赤字であることは、会社売却を諦める理由にはなりません。買い手が見ているのは過去の損益ではなく、実態としての収益力、シナジー、そして人材・顧客・許認可・技術といった「見えない資産」です。赤字の理由を説明できるよう整理し、自社の強みを棚卸ししたうえで、早めに動く。この三点を押さえるだけで、売却の可能性は大きく変わります。
もっとも、赤字企業のM&Aは、買い手の探し方やスキームの設計、価格交渉の進め方に工夫が求められる領域でもあります。税務・法務の取り扱いは個別の事情によって異なりますので、具体的な判断にあたっては必ず専門家にご確認ください。当社では、赤字・業績不振の会社様のご相談も承っています。「うちの場合はどうか」を、まずは無料相談でお聞かせください。
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「うちは赤字だから売却は無理」は思い込みです。買い手が見ているのは過去の損益ではなく、調整後の実質的な収益力・シナジー・赤字の原因が取り除けるか。人材や許認可など決算書に載らない「見えない資産」の考え方も解説します。詳しくはコラムへ。
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うちは赤字だから、売却なんて無理。相談の場で本当によく聞く言葉ですが、実は、赤字の会社のM&Aは、珍しくありません。
買い手が見るのは、この3つ。役員報酬などを戻した、実態の収益力。自社と組んだときの、シナジー。そして、赤字の原因を、取り除けるかどうかです。
人材、顧客基盤、許認可。貸借対照表には、載りません。でも新規参入では、簡単に築けない。だから買い手は、高く評価します。
先行投資や、一過性の赤字は、評価に響きにくい。一方で、構造的な赤字は、慎重に見られます。理由を資料で説明できる。ここが分かれ目です。
赤字を理由に、諦める前に。一度、ご相談ください。
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