「うちの会社は、いくらで売れるのでしょうか」——会社売却をご検討中の経営者様から、最も多くいただくご質問です。結論から申し上げると、会社の売却価格に不動産のような公示価格や「定価」は存在しません。最終的な価格は、評価の理論をベースにしながら、買い手との交渉によって決まります。ただし、実務には広く共有された「目安の考え方」があり、それを知っておくことで、ご自身の会社のおおよその水準感をつかみ、交渉にも冷静に臨むことができます。本稿では、中小企業のM&Aで実務上よく用いられる価格の考え方と、価格を左右する要因、そして高く売るための準備をご説明します。
会社売却に「定価」はない|相場の正しい捉え方
会社の価値は、土地のように面積単価で計算できるものではありません。同じ売上・利益の会社でも、業種、地域、人材、取引先、そして「どの買い手が買うか」によって、付く値段は変わります。特に重要なのが最後の点です。買い手にとっての価値は、自社と組み合わせたときに生まれる相乗効果(シナジー)を含んだものだからです。ある買い手にとっては標準的な価値でも、貴社の販路や人材をどうしても必要とする買い手にとっては、それ以上の価値があり得ます。
したがって「相場」は、一つの正解の数字ではなく、「理論的な評価手法で計算した目安の幅」と捉えるのが正確です。売り手としては、①目安の幅を知る、②その幅の中で、あるいはそれを超えて評価してくれる買い手と出会う、という二段構えで考えることが、納得のいく売却への近道になります。
中小M&Aの実務で多い「年買法」の考え方
中小企業のM&Aの現場で、価格の目安として最も広く使われているのが「年買法(ねんばいほう)」と呼ばれる考え方です。「時価純資産+営業利益の数年分」という形で株式価値の目安を計算します。
- 時価純資産:貸借対照表の純資産を、資産・負債の時価(不動産の含み損益、回収不能債権、退職給付債務など)で修正した金額。「会社を清算したらいくら残るか」に近い、価値の土台です
- 営業利益の数年分(営業権・のれん):会社が今後生み出す利益への期待を、実務上は修正後の営業利益の数年分として上乗せします。役員報酬の適正化などを行った「実態収益力」をベースにするのが一般的です
上乗せする年数に法律上の決まりはなく、事業の安定性や成長性、業種の動向、経営者への依存度などを踏まえて、案件ごとに交渉の中で決まっていきます。実務では数年分程度を目安に議論されることが多いものの、会社の状況によってはのれんが付かないこともあれば、大きく評価されることもあります。「営業利益の何年分」という数字を保証するものではない点には、くれぐれもご注意ください。
年買法による試算例と、他の評価アプローチ
イメージをつかんでいただくため、簡単な試算例を示します。時価純資産1億円、修正後営業利益が年3,000万円の会社について、のれんを2年分〜4年分とした場合の目安は次のとおりです。
| のれんの想定 | 計算式 | 株式価値の目安 |
|---|---|---|
| 営業利益2年分 | 1億円+3,000万円×2年 | 1.6億円 |
| 営業利益3年分 | 1億円+3,000万円×3年 | 1.9億円 |
| 営業利益4年分 | 1億円+3,000万円×4年 | 2.2億円 |
あくまで説明のための仮設例であり、実際の評価・価格を保証するものではありません。なお、評価手法には年買法のほかにも、将来キャッシュフローを割り引いて評価するDCF法(インカム・アプローチ)、類似する上場会社の株価倍率を参照する類似会社比較法(マーケット・アプローチ)などがあります。各手法の詳しい仕組みは「会社はいくらで売れる?企業価値評価(バリュエーション)の3つの方法」で解説していますので、あわせてご覧ください。
価格を上下させる要因|同じ利益でも評価は変わる
同じ規模・同じ利益の会社でも、次のような要因によって評価は上下します。
評価を高めやすい要因
- 収益が特定の取引先・案件に偏らず、継続的・安定的である
- 経営者がいなくても回る組織・ナンバー2や管理体制がある
- 資格保有者や技術者など、確保が難しい人材が定着している
- 許認可・立地・技術など、参入障壁となる資産を持っている
- 財務資料・契約書類が整理され、実態が説明しやすい
評価を下げやすい要因
- 売上の大半が経営者個人の人脈・営業力に依存している
- 簿外債務や未払残業代など、後から判明し得るリスクがある
- 業績が下降傾向にある、または直近で大きく変動している
- 株主が分散しており、全株式を集められるか不透明である
これらの多くは、デューデリジェンス(買収監査)の過程で必ず確認される項目です。裏を返せば、事前に整えておける要因も多いということです。赤字や業績不振の場合の考え方は「赤字企業でも売却できる?買い手が評価する「見えない資産」」もご参照ください。
評価を下げる要因のより詳しい内容と、それぞれの対処の考え方は「会社の価値を下げる要因」の記事で解説しています。
高く売るためにできる準備
納得のいく価格での売却には、交渉術よりも前に「準備」が効きます。実務の経験上、特に効果が大きいのは次の五つです。
- 業績が良いうちに動き始める:価格の土台は直近の業績です。ピークを過ぎ、下降が数字に表れてからでは評価は下がります。「まだ早い」と感じる時期こそ、実は好機です
- 実態収益力を見える化する:役員関連費用や一時的な損益を整理し、調整後の収益力を資料で説明できるようにしておきます
- 経営者依存を減らす:権限移譲や業務の標準化を進め、「社長がいなくても回る会社」に近づけるほど、のれんの評価は安定します
- 磨き上げとリスクの解消:株式の集約、契約書の整備、労務問題の解消など、DDで指摘されそうな論点を先回りして手当てします
- 複数の買い手候補と比較できる状況をつくる:1社としか話していない状態は、価格交渉上どうしても弱くなります。シナジーの見込める候補を幅広く探索できる体制で臨むことが大切です
なお、最終的な手取り額は、譲渡価格から仲介手数料と税金を差し引いた金額です。手数料の仕組みは「M&A仲介手数料の相場とレーマン方式の計算方法」で詳しく解説しています。税負担は個別の状況で異なりますので、税理士等の専門家にご確認ください。
まとめ|まずは自社の目安を知ることから
会社売却の価格に定価はありませんが、中小M&Aの実務では「時価純資産+営業利益の数年分」という年買法の考え方が広く目安として用いられています。そのうえで、実際の価格は、会社の質的な要因と、どの買い手と出会えるかによって大きく変わります。だからこそ、早めに準備を始め、自社を高く評価してくれる相手を幅広く探すことが、価格を高める王道です。
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会社の売却価格に定価はありません。中小M&Aの実務では「時価純資産+営業利益の数年分」という年買法が目安として広く使われ、そのうえで会社の質と「どの買い手と出会えるか」で価格は大きく変わります。高く売るための準備も解説。詳しくはコラムへ。
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うちの会社は、いくらで売れるのか。いちばん多いご質問です。答えから言うと、会社に、定価はありません。でも、目安はあります。
実務で広く使われるのが、年買法。時価純資産に、営業利益の数年分を足す。会社を清算したら残る価値と、これから生む利益への期待。この2つの足し算です。
同じ利益でも、評価は変わります。収益が安定し、社長がいなくても回る会社は高く。売上が社長の人脈頼みだと、慎重に見られます。
高く売るコツは、交渉術より準備。業績が良いうちに動く。実態の収益力を資料にする。そして、社長がいなくても回る体制。「まだ早い」と感じる時期が、実は好機です。
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