「子どもは継がないと言っている。社内にも任せられる人間はいない。潮時が来たら、会社は自分の代でたたむしかない」——後継者不在に悩む経営者様から、こうしたお言葉を伺うことは少なくありません。しかし、廃業とM&A(第三者への譲渡)を数字で比較検討したうえで廃業を選んだ、という方は実は多くありません。廃業には想像以上の費用がかかる一方、M&Aなら会社の価値を対価として受け取れる可能性があります。本稿では、廃業にかかる費用の内訳、M&Aの手取りの考え方、そして従業員・取引先への影響を比較し、判断のための材料をご提供します。
「継ぐ人がいないなら廃業」と決めつけていませんか
廃業とは、会社の事業を停止し、資産を処分して負債を返済し、法人を清算する手続きです。一方のM&Aは、会社(または事業)を第三者に引き継ぐ選択肢であり、事業はそのまま続いていきます。
かつては「会社を売るのは特別な会社の話」というイメージがありましたが、現在では、後継者不在の中小企業が第三者承継で事業をつなぐことは、国も後押しする一般的な選択肢になっています。重要なのは、廃業とM&Aは「どちらか一方しか検討できない」ものではないという点です。M&Aの可能性を確かめ、買い手が見つからなければ廃業を選ぶ、という順番で検討することができます。逆に、先に廃業してしまえば、M&Aという選択肢は永久に失われます。検討の順番を間違えないことが、何より大切です。
廃業には想像以上の費用と時間がかかる
「廃業すればお金の問題は終わり」と思われがちですが、実際には廃業自体に相応の費用がかかります。一般に、次のような項目が発生し得ます。
- 在庫・設備の処分損:在庫や機械設備は、事業をやめる前提では帳簿価額を大きく下回る価格でしか売れないことが多く、処分費用がかかる場合すらあります
- 不動産の原状回復費用:賃借している事務所・店舗・工場を返す際の原状回復や、設備の撤去にかかる費用
- 従業員の解雇に伴う費用:解雇予告手当や退職金の支払い。長年勤めた従業員への上乗せ支給を行う例もあります
- 解約違約金等:リース契約や賃貸借契約の中途解約に伴う違約金・残債の精算
- 清算手続きの費用:解散・清算の登記費用、官報公告費用、税理士・司法書士等への報酬
- 借入金の返済:資産の売却代金で返しきれない借入れが残れば、経営者保証を通じて個人資産からの返済を求められる可能性があります
金額は事業の規模や業種によって大きく異なりますが、資産の処分価値が帳簿より小さくなり、費用は帳簿にない項目が積み上がる、というのが廃業の一般的な構図です。帳簿上は資産超過の会社でも、清算してみると手元にほとんど残らなかった、という事態は決して珍しくありません。また、取引の整理や清算手続きには通常、数カ月から1年以上の時間もかかります。なお、金融庁の調べでは、民間金融機関の新規融資に占める「経営者保証に依存しない融資」の割合は2024年度上期に52%と初めて5割を超えるなど、保証に頼らない融資慣行は広がりつつありますが、既存の借入れに付された経営者保証が自動的に外れるわけではない点には注意が必要です。具体的な費用と税務の取り扱いは、税理士等の専門家にご確認ください。
M&Aで売却した場合の手取りの考え方
一方、M&A(株式譲渡)で会社を売却した場合、オーナー様は株式の対価を受け取ります。中小M&Aの実務では、譲渡価格は「時価純資産+営業利益の数年分(のれん)」を目安に検討されることが多く、事業が継続する前提の価値評価となるため、清算価値を上回る水準になることが一般的です。詳しい考え方は「会社売却の相場はいくら?価格の決まり方と高く売るためのポイント」をご覧ください。
手取り額は、譲渡価格から仲介手数料と税金を差し引いた金額です。個人が株式を譲渡した場合の譲渡益には、申告分離課税で約20%(復興特別所得税を含めると20.315%)の税率が適用されるのが原則で、清算時の残余財産分配で生じ得る配当課税(累進課税)と比べて、税負担の面で有利になるケースが多いとされています。ただし、税務は個々の状況によって結論が変わりますので、必ず税理士等の専門家にご確認ください。
さらに見逃せないのは、お金以外の対価です。従業員の雇用、取引先との関係、そして会社の屋号や技術が、買い手のもとで続いていきます。廃業では失われるものが、M&Aでは引き継がれる——この違いは、金額に換算できない大きな価値です。
比較表|費用・手取り・従業員・取引先への影響
廃業とM&Aの違いを、主要な観点で整理すると次のようになります。
| 比較項目 | 廃業(清算) | M&A(第三者への譲渡) |
|---|---|---|
| 費用・対価 | 在庫処分損・原状回復費・解雇関連費用・清算手続費用などの支出が発生 | 株式の譲渡対価を受領(費用は成功報酬等の仲介手数料が中心) |
| 手元に残る金額 | 資産処分後に負債・費用を差し引いた残余財産のみ。帳簿より減りやすい | 事業継続価値(のれん含む)での評価となり、清算価値を上回ることが多い |
| 従業員 | 原則全員解雇。再就職支援が課題に | 雇用の継続を条件として交渉するのが一般的 |
| 取引先 | 取引終了。仕入先・販売先に影響が及ぶ | 取引関係は原則として継続 |
| 経営者保証・借入金 | 返済しきれない場合は個人資産に影響が及ぶ可能性 | クロージング時の完済や保証解除を交渉可能 |
| 会社・事業の存続 | 法人格も事業も消滅 | 買い手のもとで事業・屋号が存続 |
| 期間の目安 | 数カ月〜1年以上(整理・清算手続き) | 相談から成約まで半年〜1年程度が一般的 |
もちろん、M&Aには「買い手が見つかるか」という不確実性があります。だからこそ、時間の余裕があるうちに可能性を確かめておくことが重要になります。
どう判断するか|廃業を決める前に確認したい三つのこと
廃業かM&Aかを判断する前に、次の三点を確認されることをおすすめします。
①自社の「売れる可能性」を客観的に確かめたか
「うちを買う会社などない」という自己判断は、多くの場合、実態より悲観的です。人材、顧客基盤、許認可、立地といった経営資源は、買い手の視点では十分な価値を持つことがあります。赤字であっても同様です。詳しくは「赤字企業でも売却できる?買い手が評価する「見えない資産」」をご覧ください。
②廃業した場合の手残りを試算したか
資産の処分価格と、本稿で挙げた廃業費用を織り込んだ「清算した場合の手残り」を、一度数字にしてみてください。M&Aの想定手取りと並べて初めて、比較は意味を持ちます。
③従業員・取引先・地域への影響を考えたか
金額だけでは測れない要素——従業員の生活、取引先の事業、地域での役割——も、経営者としての最後の意思決定に含めるべき観点です。M&Aはこれらを「引き継ぐ」選択肢である、という点は改めて強調しておきたいと思います。
まとめ|廃業の決断は「売れるかどうか」を確かめてからでも遅くない
廃業には在庫処分・原状回復・解雇関連・清算手続きなど多くの費用がかかり、手元に残る金額は帳簿の印象より小さくなりがちです。一方、M&Aは事業継続を前提とした価値評価で対価を受け取れる可能性があり、従業員の雇用や取引先との関係も引き継がれます。検討の順番として、まずM&Aの可能性を確かめ、それが難しい場合に廃業を選ぶ——この順序を間違えないことが、経営者様ご自身と、会社に関わるすべての人にとって、後悔の少ない道につながります。
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廃業には在庫・設備の処分損、原状回復、解雇関連費用、清算手続きなど想像以上の費用がかかり、手元に残る金額は帳簿の印象より小さくなりがちです。M&Aは事業継続を前提とした価値で対価を受け取れる可能性があります。順番は「まず売れるか確かめる」。詳しくはコラムへ。
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継ぐ人がいないから、廃業するしかない。そう決めつけていませんか。廃業すれば、お金の問題は終わる。実は、逆です。
在庫や設備は、やめる前提だと帳簿よりずっと安くしか売れない。借りている事務所の、原状回復。従業員の解雇予告手当や退職金。そして清算手続き。想像以上に、かかります。
廃業は、清算価値で処分して終わり。M&Aは、事業が続く前提の価値で、対価を受け取る。しかも従業員の雇用も、取引先も、引き継がれます。
「うちを買う会社などない」は、多くの場合、実態より悲観的。まず売れるか確かめ、難しければ廃業を選ぶ。この順番を、間違えないでください。
廃業の決断は、売れるかどうかを確かめてからでも、遅くありません。
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