手元資金が足りない、融資が満額つかない。代金の一部を後払いにできないか——買い手側からよく出る発想です。可能ではありますが、売り手が受け入れる条件は限られます。
売り手が最も嫌う条件
先に、売り手の立場を理解してください。分割払いは、売り手にとって最も嫌われる条件の一つです。
理由は3つあります。
回収できないリスク。買い手の業績が悪化すれば、残代金が入りません。
生活設計が立たない。引退後の資金として考えている場合、いつ入るか分からない金額では計画できません。
関係が続く。会社を手放したのに、買い手との債権債務が残ります。
「分割でお願いします」と言った時点で、他の買い手に負けることがあります。
それでも受け入れられる場合
一方、成立する場面もあります。
売り手が引き続き関与する場合。役員として残り、業績に責任を持つなら、後払いにも納得感が出ます。
業績連動(アーンアウト)として設計する場合。単なる分割ではなく、成果に応じた追加対価という位置づけにします。
買い手の信用力が高い場合。上場企業や、財務内容が明確な企業であれば、回収の不安が小さくなります。
期間が短い場合。6か月〜1年程度なら、受け入れられることがあります。3年、5年は難しい。
担保をどう付けるか
売り手の不安を減らす最も直接的な方法です。実務で使われる形を挙げます。
株式への質権設定。譲渡した株式に質権を設定し、支払いが滞れば実行できるようにします。ただし、実行には手続きが要り、株式の価値が下がっていれば回収しきれません。
買い手の代表者による連帯保証。法人の資力だけでは不安な場合。
親会社の保証。買い手がグループ会社の場合。
不動産への抵当権。買い手が資産を持っている場合。
いずれも、設定の手続きと費用がかかります。弁護士と設計してください。
株式の移転時期をどうするか
設計の分岐点です。
① 全株を先に移転し、代金を後払いにする。買い手にとっては経営権をすぐ得られますが、売り手にとっては担保が無い状態になります。質権の設定が前提になります。
② 支払いに応じて段階的に移転する。売り手は安心ですが、買い手は完全な支配権を得るまで時間がかかります。少数株主が残る期間が生じ、意思決定に制約が出ます。
③ 全額支払いまで株式を第三者に預ける(エスクロー)。中立ですが、費用と手間がかかります。
どれを選ぶかで、交渉の難易度が変わります。
金利をどう扱うか
見落とされやすい論点です。後払いには、時間の対価があります。
無利息で分割払いにするのは、実質的に売り手が買い手に資金を貸しているのと同じです。
実務では、金利相当分を上乗せするか、総額に織り込む形を取ります。
税務上も論点があります。著しく低い利率や無利息の場合の取り扱いについては、必ず税理士にご確認ください。契約の書き方によって扱いが変わり得ます。
売り手側の課税時期
重要な論点です。分割で受け取る場合、税金はいつ課されるのか。
原則として、譲渡所得は譲渡があった年の所得として課税されます。つまり、代金を全額受け取っていなくても、その年に申告と納税が必要になり得ます。
これは売り手にとって深刻です。1億円で譲渡し、初年度に3,000万円しか受け取っていないのに、1億円分の税金を払うという事態が生じ得ます。
延払条件付譲渡に関する取り扱いなど、検討すべき論点はありますが、要件があります。必ず税理士にご確認ください。
ここを説明できないまま分割払いを提案すると、売り手に断られます。
契約にどう書くか
最終契約で定めるべき項目です。
支払いの時期と金額。「◯年◯月末日までに◯円」と具体的に。
期限の利益喪失条項。1回でも滞れば、残額を一括請求できる旨。
遅延損害金。年率を明記します。
担保の内容と実行の手続き。
買い手側の義務。財務情報の報告、大きな資産の処分の制限など。売り手が回収可能性を監視できる仕組みです。
これらが揃っていないと、売り手の弁護士は通しません。
代替案を先に検討する
実務的な助言です。分割払いを提案する前に、他の手段を検討してください。
融資の枠を広げる。複数の金融機関に当たる、日本政策金融公庫や信用保証協会の制度を確認する。
買収の規模を下げる。全株ではなく過半数にする、事業の一部だけを買う。
時期をずらす。自己資金が貯まるまで待つ。ただし、案件は待ってくれません。
共同で買う。他社と組む、投資ファンドと組む。
分割払いは、これらが難しい場合の最後の手段と考えてください。
提案するなら、条件をセットで
それでも提案する場合の作法です。
「分割でお願いできませんか」だけでは断られます。売り手にとって、何の見返りもありません。
提案するなら、担保、保証、金利、報告義務をセットで示してください。「ここまで手当てします」という形にする。
そして、総額を上げることも検討してください。分割を受け入れてもらう対価として、価格を上乗せする。
売り手が失うもの(確実性)に対して、何を返すのか。これを説明できれば、交渉のテーブルには乗ります。アーンアウト条項の設計も併せてご覧ください。