価格が折り合わないとき、「成果が出たら追加で払う」という組み方があります。アーンアウトと呼ばれます。有効な場面はありますが、設計を誤ると対立の種になります。
どういう場面で使うか
典型的なのは、売り手と買い手で将来の見方が違う場合です。
売り手は「来期から新規事業が立ち上がる」と言い、買い手は「まだ実績がない」と見る。この差を埋める手段として、実現したら払うという設計にします。
ほかに、属人性が高く、売り手が残る案件でも使われます。前経営者に残ってもらい、成果が出たら追加で払う。動機を揃える効果があります。
逆に、売り手がすぐ退く案件では向きません。本人が関与できない業績に対価を連動させることになり、不満が残ります。
指標をどう選ぶか
ここが設計の中心です。使われる指標と、それぞれの注意点を挙げます。
売上高。操作されにくく分かりやすい一方、利益を犠牲にして売上を作る動機が生まれます。
営業利益・EBITDA。実態に近い指標ですが、買い手側の費用配賦(親会社の管理料、共通費)で数字が動きます。
特定の取引の継続。「主要取引先◯社との取引が継続していること」。シンプルで争いになりにくい。
非財務の指標。許認可の取得、キーマンの在籍。目的が明確なら、これが最も揉めません。
買い手の行動で数字が動く問題
アーンアウトで最も揉めるのがこれです。
買収後の経営は買い手が行います。その判断で、指標が上下します。
共通費を配賦する、仕入先を買い手のグループに切り替える、投資を先送りする、営業体制を変える。いずれも正当な経営判断ですが、結果として支払額が減ります。
売り手から見れば「わざと下げられた」と映ります。
したがって、契約には算定方法を具体的に書く必要があります。「親会社からの管理料は算定上控除しない」「会計方針は譲渡前の方法を継続する」といった定めです。
期間は短く
実務の感覚として、1〜2年が現実的です。3年を超えると、事業環境の変化が大きくなり、因果関係の議論が難しくなります。
また、期間が長いほど買い手の経営の自由度が制約されます。統合を進めたいのに、アーンアウトの算定のために旧来の会計方針を維持し続ける、という事態になります。
統合を早く進めたいなら、期間を短くして、その分の金額を前に寄せるほうが合理的です。
支払いの上限を決める
買い手として必ず入れるべき条項です。追加で支払う金額の上限。
業績が想定を大きく超えた場合、上限が無いと支払額が膨らみます。資金計画が崩れます。
また、下限(最低保証)を求められることもあります。売り手から見れば、何も得られない可能性を減らしたいためです。
上限と下限を両方置くと、実質的には価格の幅を決めているのと同じになります。それなら最初から固定価格で合意したほうが簡明ではないか——という検討は、一度してみる価値があります。
会計と税務の論点
買い手側の処理を確認してください。
会計上。条件付の対価をどう扱うか、取得原価に含めるのか、支払いが確定した時点で処理するのか。適用する会計基準によって異なります。
税務上。追加で支払った金額が、株式の取得価額に加算されるのか、別の扱いになるのか。
売り手側の課税時期も論点です。譲渡した年に全額が課税されるのか、受け取った年なのか。
これらは必ず税理士・会計士にご確認ください。条項の書き方によって扱いが変わり得ます。
算定と支払いの手続きを書く
実務で揉めないために、手続きを契約に書いてください。
いつ算定するか。「各事業年度の決算確定後◯日以内」。
誰が算定するか。買い手が算定して売り手に通知する形が一般的です。
売り手が確認できるか。「算定の根拠資料を開示する」「売り手は◯日以内に異議を述べることができる」。
異議が出たらどうするか。協議、それでも折り合わなければ第三者の会計士の判断による、といった定めを置きます。
ここを書かないと、支払いの段階で必ず止まります。
売り手にとっての意味を理解する
買い手として理解しておくべき点です。売り手にとって、アーンアウトは「受け取れないかもしれない対価」です。
手取りの計算が立たず、引退後の生活設計もできません。年齢の高い方ほど、この不確実性を嫌います。
そのため、アーンアウトを提示すると、実質的な値下げと受け取られることがあります。「価格は据え置きで、半分を業績連動に」という提案は、売り手から見れば減額です。
使うなら、その説明を丁寧に。なぜこの形にしたいのか、どうすれば満額に届くのかを、数字で示してください。
使わない判断もある
最後に。アーンアウトは万能ではありません。
価格差が小さいなら、間を取って固定価格で合意するほうが簡明です。算定の手間も、将来の争いもありません。
価格差が大きいなら、そもそも見方が合っていないということです。アーンアウトで埋めるより、前提を揃え直すべき場面かもしれません。
「決められないから業績連動にする」は、判断の先送りです。先送りした分は、1〜2年後に、より複雑な形で戻ってきます。アーンアウトの基本も併せてご覧ください。