買収資金の調達で、複数の金融機関に当たってよいのか。結論から言えば構いませんが、情報の扱いと順序に配慮が要ります。実務を整理します。

同時に当たることは問題ない

まず前提です。複数の金融機関に融資を相談すること自体は、何ら問題ありません。

条件を比べるのは当然の経営判断です。金融機関の側も、他行にも当たっていることは織り込んでいます。

ただし、「他行にも相談している」ことを隠す必要はありませんが、わざわざ煽る必要もありません。

「複数行にご相談しています」と事実を伝えれば足ります。「A行は◯%と言っている」と条件を持ち出して競わせるのは、関係を損なうことがあります。

メインバンクを最初に

順序として、普段から取引のある金融機関を先にしてください。

理由は2つです。自社の財務内容を既に知っているため、話が早い。そして、後回しにすると心証が悪くなります。

「他行に断られてから来た」と受け取られると、条件が悪くなることがあります。

メインバンクの感触を得たうえで、条件が合わなければ他行に当たる——この順序が自然です。

なお、対象会社の取引金融機関に相談するという選択肢もありますが、情報管理の観点で慎重な判断が要ります。

比べるべき条件

金利だけで比べないでください。実務で効くのは次の項目です。

金額。希望額に対して、いくら出るか。

期間。返済年数。長いほど月々の負担は軽くなります。

据置期間。元本の返済を猶予する期間。買収直後の資金繰りに効きます。

担保と保証。何を求められるか。代表者の個人保証は付くか。

実行の時期。クロージングに間に合うか。

金利。

期限の利益喪失事由と財務制限条項。買収後の経営を縛る内容がないか。

個人保証の有無が大きい

とくに確認すべき項目です。買収資金の借入に、代表者の個人保証が付くかどうか。

経営者保証に関するガイドラインでは、法人と個人の資産が明確に分離されていること、財務基盤が強固であること、適時適切に財務情報が開示されていることなどを満たす場合に、保証を求めない可能性が示されています。

金融庁の公表では、経営者保証に依存しない新規融資の割合は2024年度上期で52%に達しています。

「保証は当然」という前提で交渉に入らないでください。金利が0.2%高くても、保証が付かないほうが有利、という判断は十分あり得ます。

情報が広がるリスク

ここが最も注意すべき点です。相談した数だけ、情報が触れる範囲が広がります。

金融機関の担当者は守秘義務を負っていますが、組織として情報は動きます。支店内での共有、本部への稟議、担当者の異動。

とくに、対象会社と同じ地域の金融機関に相談する場合は慎重に。対象会社もその金融機関と取引している可能性があります。

対策としては、初期は会社名を伏せて相談することです。「◯◯業、売上◯億円規模の会社の買収を検討している」という形で、枠の感触だけ確認する。

いつ社名を伝えるか

段階を設計してください。

第1段階。業種・規模・想定金額だけ。融資の可能性を確認します。

第2段階。基本合意が見えてきた段階で、社名と決算書を開示し、正式な審査を依頼します。

売り手の同意を得てから開示してください。秘密保持契約の定めによっては、第三者への開示に制限があります。

多くのNDAでは、資金調達のために金融機関へ開示することは例外として認められていますが、条項を確認してください。同等の秘密保持義務を課すことが条件とされている場合があります。

持参する資料

審査を早く進めるために、揃えておくものです。

買い手側。直近3期の決算書、試算表、資金繰り表、既存借入の一覧。

対象会社。直近3期の決算書、事業の概要、譲渡の条件。

買収の目的と、返済の計画。買収後のキャッシュフローで、どう返すのか。

最後の一つが最も重要です。「対象会社の利益で返します」だけでは不十分で、数字で示す必要があります。

減価償却費を加えたキャッシュフローから、既存の返済と新規の返済を引いて、いくら残るか。この表を作ってください。

断るときの伝え方

複数に当たった以上、断る先が出ます。ここの対応が、次の取引に影響します。

早く伝える。決まったら、その日のうちに連絡します。

理由を簡潔に伝える。「条件面で他行にお願いすることにしました」で十分です。詳細な条件を伝える必要はありません。

今後の取引は続ける意思を示す。今回は見送っても、次の機会があります。

放置が最も悪い対応です。審査に時間を使ってもらっているため、連絡がないことは失礼にあたります。

融資が付かなかった場合に備える

最後に、実務的な備えです。どこからも融資が得られない可能性を考えておいてください。

その場合、買収の条件を見直すことになります。金額を下げる、範囲を狭める、時期をずらす。

したがって、最終契約に「融資が実行されることを条件とする」旨を入れるかどうかは重要な論点です。

買い手としては入れたい条項ですが、売り手は嫌がります。実行されるか分からない取引に拘束されるためです。

基本合意の段階で、資金の目処を示せるかどうか——ここが、選ばれる買い手になる条件の一つです。融資が下りなかったらも併せてご覧ください。

※ 本稿は一般的な考え方をご紹介するものであり、個別の法務・税務アドバイスではありません。実際の取り扱いは会社の状況や契約の定めによって異なります。専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.問題ありません。条件を比べるのは当然の経営判断で、金融機関も他行に当たっていることは織り込んでいます。ただし「A行は◯%と言っている」と条件を持ち出して競わせるのは、関係を損なうことがあります。
A.普段から取引のある金融機関を先にしてください。自社の財務内容を既に知っているため話が早く、後回しにすると「他行に断られてから来た」と受け取られ条件が悪くなることがあります。
A.金額、期間、据置期間(買収直後の資金繰りに効きます)、担保と保証、実行の時期、期限の利益喪失事由と財務制限条項です。とくに代表者の個人保証が付くかどうかは大きな論点で、金利が0.2%高くても保証が付かないほうが有利という判断はあり得ます。
A.相談した数だけ情報が触れる範囲が広がります。とくに対象会社と同じ地域の金融機関では、対象会社もその金融機関と取引している可能性があります。初期は会社名を伏せ、業種・規模・想定金額だけで枠の感触を確認してください。
A.基本合意が見えてきた段階で、売り手の同意を得てから開示してください。多くのNDAでは資金調達のための金融機関への開示が例外として認められていますが、同等の秘密保持義務を課すことが条件とされている場合があるため条項を確認してください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら