借入をせずに買えるなら、そのほうが良い。そう考えるのは自然ですが、買収の後に資金が足りなくなるという事態が起こります。何に備えるべきかを整理します。

買収代金だけでは終わらない

まず、買収に伴って出ていく資金を整理します。

株式の取得代金。これは想定しています。

専門家費用。デューデリジェンス、弁護士、司法書士、税理士。

仲介手数料。

登記費用と登録免許税。

買収後の運転資金。ここが最も読み違えられます。

統合にかかる費用。システム、人員の派遣、制度の整備。

代金の1.1〜1.2倍程度を見込んでおくのが、一つの目安です。

運転資本が増える場面

買収後に資金を食う最大の要因です。

与信が下がる。資本構成が変わったことで、仕入先が掛けから前払いに切り替える。月商1か月分の資金が一時的に必要になります。

支払サイトが短縮される。同じ理由です。

季節性のある事業。繁忙期の前に仕入と人件費が先に出ます。引き渡しの時期によっては、買った直後がその時期ということもあります。

売上が伸びる。良いことですが、売掛金と在庫が増えます。成長するほど資金が要るという構造です。

想定外の支出

デューデリジェンスで見つからなかったものが、買収後に出てきます。

設備の故障。老朽化した機械が止まる。

未払いの精算。残業代、社会保険、税金。

クレーム対応。過去に納めた仕事の不具合。

退職者の発生。退職金の支給と、採用の費用。

いずれも、契約の補償で回収できる場合もあります。ただし、回収するまでの間は、こちらが立て替えます。

補償があるから大丈夫、では資金繰りは回りません。

手元が薄くなると、判断が歪む

資金面以外の問題です。手元資金を使い切ると、経営の判断が短期的になります。

必要な設備投資を先送りする。人を採用できない。値引きしてでも早く現金化しようとする。

これらは、買収した事業の価値を下げます。

また、次の機会を逃します。良い案件が出ても、検討すらできません。

「借入をしない」ことが目的になっていないかを確認してください。目的は、事業を成長させることのはずです。

借入を組み合わせる意味

自己資金があっても、あえて借入を使う理由があります。

手元資金を残せる。これが最大の理由です。

金融機関との関係ができる。買収資金を出してもらえば、その後の相談もしやすくなります。

支払利息は損金になる。ただし、これだけを理由に借りるのは本末転倒です。

投資としての規律が働く。返済計画を立てる過程で、その買収が本当に回収できるかを検証することになります。

自己資金だけだと、この検証が甘くなりがちです。

どれだけ残すべきか

目安の考え方を示します。

月商の1〜2か月分を、買収後の運転資金として別に確保する。業種と取引条件によって幅があります。

加えて、想定外への備え。買収代金の5〜10%程度を見ておく、という考え方があります。

そして、既存事業の資金は手をつけない。買収のために本業の資金を使うと、本業が傾きます。

この3つを引いた残りが、買収に使える自己資金です。手元資金の全額ではありません。

融資は買う前に相談する

実務的な順序です。案件が固まってから融資を相談すると、間に合いません。

金融機関の審査には時間がかかります。稟議、対象会社の調査、担保の評価。

したがって、買収を検討し始めた段階で、取引金融機関に相談してください。案件の詳細を伝える必要はなく、「買収を検討している。どの程度の規模なら対応可能か」という聞き方で足ります。

枠の感触が分かっていれば、案件の選び方が変わります。

また、買収資金の融資は実行しないという方針の金融機関もあります。早く知っておくべきことです。

公的な制度も確認する

選択肢として押さえておいてください。

日本政策金融公庫には、事業承継やM&Aに関連する融資制度があります。

信用保証協会にも、事業承継に関連する保証制度があります。

事業承継・M&A補助金は融資ではありませんが、専門家費用や設備投資の一部が対象になり得ます。

いずれも要件と内容は年度ごとに変わります。必ず最新の情報を、各機関の窓口でご確認ください。

当社は中小M&Aガイドライン(第3版)の遵守を宣言し、M&A支援機関登録の手続を進めております。

資金計画を一枚にする

まとめます。買収を検討する段階で、次を一枚の表にしてください。

出ていくもの。買収代金、専門家費用、仲介手数料、登記費用、統合費用、運転資金の増加分。

入ってくるもの。自己資金、借入、既存事業からのキャッシュフロー。

残る手元資金。買収後の月末残高を、12か月分。

この表が作れないなら、まだ買う段階ではありません。

逆に、作ってみて余裕があると分かれば、迷わず進められます。買収後に与信が変わるも併せてご覧ください。

※ 本稿は一般的な考え方をご紹介するものであり、個別の法務・税務アドバイスではありません。実際の取り扱いは会社の状況や契約の定めによって異なります。専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.買収代金以外に、専門家費用・仲介手数料・登記費用・統合費用・運転資金の増加分が出ていきます。代金の1.1〜1.2倍程度を見込むのが一つの目安です。手元を使い切ると、買収後の資金繰りが行き詰まります。
A.与信が下がって仕入が掛けから前払いに切り替わる、支払サイトが短縮される、季節性のある事業で繁忙期の前に仕入と人件費が先に出る、売上が伸びて売掛金と在庫が増える、といった要因です。
A.月商の1〜2か月分を買収後の運転資金として確保し、加えて想定外への備えとして買収代金の5〜10%程度を見ておく、という考え方があります。既存事業の資金には手をつけないでください。
A.手元資金を残せること、金融機関との関係ができること、返済計画を立てる過程で回収可能性を検証できることです。自己資金だけだと、この検証が甘くなりがちです。
A.買収を検討し始めた段階です。案件の詳細を伝える必要はなく、「買収を検討している。どの程度の規模なら対応可能か」という聞き方で足ります。買収資金の融資を実行しない方針の金融機関もあり、早く知っておくべきことです。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら