買収すれば信用力が上がる、とは限りません。資本構成が変わったこと自体が、取引先の与信の見直し事由になります。上がる場合も下がる場合もあります。準備すべきことを整理します。
なぜ与信が見直されるのか
取引先の与信管理は、「誰が経営している会社か」を前提に組まれています。資本構成が変われば、前提が変わります。
見直しのきっかけは3つです。登記の変更(役員変更が公示されます)、信用調査会社からの照会、買い手側からの挨拶です。
つまり、こちらが伝えなくても、いずれ知られます。だからこそ、順序を設計して、こちらから先に伝えるほうが有利です。
上がる場合
買い手の信用力が対象会社より高い場合、与信は上がる方向に働きます。
仕入先の与信枠が広がる。これまで前払いだった取引が掛けになる、限度額が上がる、といった変化です。
入札の参加要件を満たす。公共工事や大手企業の取引で、資本金や親会社の与信が要件になっている場合があります。
採用がしやすくなる。直接の与信ではありませんが、実務的な効果として現れます。
これらは、こちらから伝えないと起きません。買い手の概要を資料にして、主要な仕入先へ渡してください。
下がる場合
逆のパターンもあります。実際にあるのは次のような場合です。
買い手が同業で、取引先から見て競合になる。情報が競合に流れることを懸念され、取引を細らせる判断がなされます。
買い手の財務内容が対象会社より弱い。借入で買収した場合、グループ全体の負債が増えます。
買い手が実態の見えない会社。設立間もない、投資目的の持株会社など。説明できる資料が無いと、警戒されます。
前経営者が退いたこと自体。取引が社長個人の信用で成り立っていた場合です。
先に伝えるべき相手
順序を決めてください。優先度の高い順に挙げます。
① 与信枠を使っている仕入先。掛け取引の限度額が事業の運転に直結します。
② 金融機関。借入の継続と、保証の切り替え。
③ 与信保証・ファクタリングを使っている場合、その提供会社。
④ 主要な販売先。継続の確認と、担当者の紹介。
⑤ リース会社。契約に支配権の異動に関する条項があることがあります。
この順で、資本構成の変更から近いものを先に回ります。
渡す資料を用意する
挨拶に行くだけでは、相手の社内手続きは進みません。与信の担当者が稟議を書ける材料を渡してください。
用意するもの。買い手の会社概要(商号、所在地、設立、資本金、事業内容、従業員数)。決算の概況(開示の範囲は買い手の判断)。買収の目的と今後の方針。取引の窓口と担当者。
「今までどおりお願いします」だけでは、与信は維持されません。相手の与信担当者は、こちらに会いません。渡した資料だけで判断します。
信用調査会社への対応
帝国データバンクや東京商工リサーチから、資本構成の変更後に取材の依頼が来ることがあります。
対応するかは任意ですが、対応しないと情報が古いまま残ります。評点が下がることもあります。
取材を受ける場合、開示する範囲を決めてから臨んでください。譲渡価格や契約の詳細は開示の必要がありません。資本構成が変わったこと、事業は継続すること、方針を伝えれば足ります。
買い手側の情報も併せて提供すると、グループとしての評価につながります。
資金繰りへの影響を織り込む
与信が下がった場合の実害は、資金繰りに出ます。
掛けだった仕入が前払いになれば、その分の現金が先に出ます。支払サイトが短縮されれば、運転資本が増えます。
買収の資金計画に、この分を織り込んでおいてください。買収代金だけを見て資金を用意すると、買った直後に資金繰りが厳しくなります。
目安として、月商の1〜2か月分を余裕として持っておく、という考え方があります。業種と取引条件によりますが、ゼロで設計しないことです。
契約条項を先に確認する
デューデリジェンスの段階で確認すべきことです。
取引基本契約書に、支配権の異動に関する条項があるか。事前の承諾を要する、通知を要する、解除事由とされている。
リース契約、賃貸借契約、フランチャイズ契約にも同種の条項があります。
条項がある場合、クロージング前に承諾を得る必要が出ます。これがクロージングの前提条件になることもあります。
「後で挨拶に行けばよい」と考えていると、契約違反になります。先に確認してください。
半年後にもう一度回る
最後に、実務として効くことを。挨拶は一度で終わりにしないでください。
与信の見直しは、取引の実績を見てから行われます。半年、1年と支払いが滞りなく続けば、枠は戻ります。
したがって、半年後に改めて訪問し、直近の状況を伝えるのが有効です。決算が出たなら、その概況も。
与信は、説明ではなく実績で回復します。ただし、実績を伝えなければ相手は知りません。取引先はどう反応するかも併せてご覧ください。