「他にも検討されている会社があります」。この一言が出た時点で、進め方が変わります。価格を上げるだけが答えではありません。競合がいる場面での組み立て方を整理します。
まず、本当に競合がいるのか
失礼な言い方に聞こえるかもしれませんが、実務では確認すべき点です。
「他社も検討中」という情報は、交渉上の常套句としても使われます。事実である場合も、そうでない場合もあります。
確認の仕方は、手続きを聞くことです。「意向表明の提出期限はいつですか」「何社が検討されていますか」「選定の基準は価格ですか」。
入札として設計されているなら、仲介会社は手続きを説明できます。説明が出てこないなら、形式は整っていません。そのうえで判断してください。
入札形式の一般的な流れ
売り手側がきちんと設計している場合、おおむね次の流れになります。
① 企業概要書の配布。秘密保持契約を結んだ複数の候補に配られます。
② 第一次の意向表明。価格のレンジと大まかな条件を提出します。この段階では拘束力を持たせないのが通常です。
③ 絞り込み。数社に絞られ、追加の情報開示やトップ面談に進みます。
④ 第二次の意向表明。デューデリジェンスの結果を踏まえ、より具体的な条件を出します。
⑤ 独占交渉権の付与。1社に絞られ、最終契約の交渉に入ります。
第一次でどこまで踏み込むか
買い手として悩ましいのがここです。高く書けば残れますが、後から下げれば信用を失います。
実務的な組み立ては、レンジで出すことです。「◯億円〜◯億円。デューデリジェンスの結果により確定」と書きます。
そのうえで、前提条件を明記します。「直近3期の利益水準が継続することを前提」「簿外債務が無いことを前提」。前提が崩れれば価格が動くことを、書面で示しておく。
前提を書かずに数字だけ出すと、後から下げる理由を説明できません。
価格以外で差をつける
競合がいる場面で、価格だけで勝とうとすると高値掴みになります。売り手が価格以外に何を重視しているかを掴んでください。
中小企業の譲渡では、従業員の雇用が最重視されることが珍しくありません。社名やブランドの存続、取引先との関係の継続、前経営者の処遇もそうです。
これらについて、具体的に、書面で示してください。「雇用は守ります」ではなく「クロージング後◯年間、労働条件を不利益に変更しない」と書く。
抽象的な約束は、どの買い手も同じことを言います。具体性が差になります。
スピードと確実性を見せる
売り手が最も恐れるのは、時間をかけた末にまとまらないことです。情報が漏れるリスクを抱えたまま、振り出しに戻ります。
したがって、確実に実行できることを示すのは強い材料になります。
資金の裏付け。自己資金の範囲か、融資の内諾を得ているか。金融機関の関心表明書を添えることもあります。
社内の決裁。「取締役会の承認は取得済み」と書ければ、確実性が伝わります。
日程。デューデリジェンスに何週間、契約までに何週間。具体的な日程を出せる買い手は、少数です。
独占交渉権をいつ求めるか
買い手として、デューデリジェンスに入る前には独占交渉権を得たいのが本音です。費用をかけて調査した後に他社に決まっては、丸損になります。
求め方としては、第二次の意向表明と引き換えが自然です。「この条件で、◯週間の独占交渉期間をいただきたい」と申し入れます。
期間は1〜3か月程度が一般的です。長すぎる要求は売り手に嫌がられます。
売り手が応じない場合、デューデリジェンスの範囲を絞るという選択もあります。費用を抑えて、確度が上がってから本格化させる。
降りる基準を先に決めておく
競合がいる場面で最も危険なのは、勝つこと自体が目的になることです。
検討に入る前に、「ここを超えたら降りる」という線を、社内で書面にしてください。価格の上限、譲れない条件、回収期間の上限。
交渉が進むと、投じた時間と費用が惜しくなります。「ここまでやったのだから」という理由で条件を譲る——これが最も高くつく判断です。
線を決めた人と、交渉する人を分けるのも有効です。社内の決裁を通す形にしておけば、その場の勢いで超えることを防げます。
負けた後の振る舞い
選ばれなかった場合の対応も、次につながります。
受け取った資料を、契約の定めに従って返却・破棄する。証明を求められたら出します。
理由を聞く。丁寧に聞けば、教えてもらえることがあります。価格だったのか、条件だったのか。次の案件に効きます。
関係を残す。一度まとまった案件が後から流れることは実際にあります。誠実に引いた買い手には、声がかかります。
ネームクリアで書いたとおり、買い手も評価されています。
競合がいないときこそ慎重に
最後に、逆の状況について。
「他に検討している会社はありません」と言われたとき、安心してはいけません。なぜ他にいないのかを考えてください。
業種が特殊、業績が落ちている、簿外の問題がある、価格の希望が高すぎる。市場が評価していない理由があるかもしれません。
もちろん、単に打診がこれからという場合もあります。ただ、「競合がいない=買い得」とは限らないということです。デューデリジェンスは、むしろ丁寧に。