M&Aのプロセスが基本合意まで進むと、次に待っているのが「デューデリジェンス(Due Diligence、以下DD)」です。買収監査とも呼ばれ、買い手が売り手企業の実態を詳細に調査するこの手続きは、売り手にとってM&Aプロセスの中で最も負担が大きく、そして成否を左右する山場と言えます。本稿では、DDの目的と主な調査項目、一般的な進め方と期間、そして売り手が事前に準備しておくべき資料と心構えについて、順を追ってご説明します。
デューデリジェンス(DD)とは|目的とM&Aにおける位置づけ
DDとは、対象会社(売り手企業)の実態を買い手が詳しく調べる手続きのことで、財務・法務・事業といった領域ごとに、公認会計士・税理士・弁護士等の専門家を起用して進められます。「Due Diligence」は本来「当然払うべき注意」を意味し、買い手が買収の意思決定に際して尽くすべき調査義務、というニュアンスを含んでいます。
買い手にとってのDDの目的は、大きく三つあります。第一に、企業概要書や決算書に記載された情報が正しいかを確かめること。第二に、簿外債務や係争リスクなど、開示資料からは見えないリスクを洗い出すこと。第三に、調査結果を最終的な譲渡価格や契約条件(表明保証の内容など)に反映させることです。
M&Aの全体プロセスの中では、基本合意書(LOI)の締結後、最終契約(SPA)の締結前に行われるのが通例です。つまりDDは、「この条件で買う予定です」という仮の合意を、「本当にこの条件で買ってよいか」を確かめて本契約につなげるための検証手続きなのです。全体の流れは「M&Aの流れを7ステップで解説」の記事をご参照ください。
DDの主な種類と調査項目
DDは調査の対象領域ごとにいくつかの種類に分かれます。中小企業のM&Aで実施されることが多いのは、次のような領域です。
| 種類 | 主な調査項目 |
|---|---|
| 財務DD | 決算書の正確性、実態純資産、正常収益力、運転資本、簿外債務の有無、在庫・売掛金の実在性 |
| 税務DD | 過年度の申告内容、税務リスク(否認リスクのある処理)、繰越欠損金の状況 |
| 法務DD | 株式・株主の状況、重要契約(チェンジオブコントロール条項の有無)、許認可、係争・紛争、コンプライアンス |
| 労務DD | 雇用契約・就業規則、未払残業代の有無、社会保険の加入状況、キーパーソンの処遇 |
| ビジネスDD | 事業の競争力、取引先との関係と依存度、市場環境、事業計画の妥当性 |
| その他 | IT・システム、環境、不動産など(案件の特性に応じて実施) |
もっとも、中小企業のM&Aですべての領域をフルスコープで調査することは多くありません。案件の規模やリスクの所在に応じて、財務・税務・法務・労務を中心に、範囲を絞って実施されるのが一般的です。
DDの進め方と期間|売り手から見たプロセス
売り手から見たDDは、おおむね次のように進みます。
- 買い手側から資料依頼リスト(数十〜百数十項目)が提示される
- 売り手が資料を準備し、データルーム(近年はオンラインが主流)で開示する
- 買い手側専門家が資料を検討し、質問書(Q&Aシート)への回答を求める
- 経営者・経理責任者へのインタビュー、必要に応じて現地視察(サイトビジット)
- 買い手側でDD報告書がまとめられ、最終条件の交渉に反映される
期間は案件の規模と範囲によりますが、資料準備から調査完了まで1〜2か月程度が目安です。売り手側の資料提出や回答が遅れると、その分だけ全体のスケジュールが後ろ倒しになるため、迅速な対応が求められます。
注意したいのは、DDが秘密保持の観点で最も緊張感の高い局面でもあることです。多くの資料が社外に開示され、社内でも経理担当者などの協力が必要になるため、情報管理の設計が欠かせません。詳しくは「M&Aの秘密保持」の記事をご覧ください。
売り手が準備しておくべき資料と社内体制
DDで求められる資料は多岐にわたりますが、代表的なものは次のとおりです。
- 決算書・勘定科目内訳明細書・法人税申告書(直近3〜5期分)
- 月次試算表、資金繰り表、事業計画
- 定款、株主名簿、登記事項証明書、議事録(株主総会・取締役会)
- 重要な契約書(取引基本契約、賃貸借契約、金銭消費貸借契約、リース契約等)
- 許認可関係書類
- 就業規則、雇用契約書、賃金台帳、社会保険関係書類
- 保険契約、不動産関係資料、係争関係資料(ある場合)
これらは本来、日頃から整備されているべき書類ばかりです。M&Aの検討を始めた段階から少しずつ整理を進めておくと、DDの負担は大幅に軽くなります。契約書が見当たらない、株主名簿と実態が合っていないといった不備は中小企業では珍しくありませんが、早めに把握できていれば手当てのしようがあります。
社内体制の面では、DD対応を担う担当者を最小限の範囲で決め、その他の従業員に知られずに資料を集める段取りを整えることが重要です。仲介会社は資料リストの整理や開示方法の設計を支援しますので、遠慮なく頼っていただくのがよいでしょう。
DDで問題が見つかったらどうなるか
DDで何らかの指摘事項が出ること自体は、ごく普通のことです。問題の内容と程度に応じて、実務では次のような対応が取られます。
- 譲渡価格の調整(例:未払残業代相当額を価格から控除する)
- 最終契約書の表明保証や特別補償でリスクを手当てする
- クロージングまでに売り手が是正することを条件とする(例:契約書の巻き直し)
- 重大な問題の場合、条件の再交渉や、まれに交渉の中止
ここで売り手として最も避けるべきは、不利な情報を隠すことです。隠していた問題が後から発覚すれば、買い手の信頼は一気に失われ、破談の引き金になりかねません。仮に成約後に発覚した場合には、最終契約書の表明保証違反として損害賠償等の請求を受けるおそれもあります。表明保証の仕組みは「基本合意書(LOI)と最終契約書(SPA)の違い」の記事で解説しています。懸念事項は、むしろ早い段階で仲介会社に打ち明けていただくのが得策です。事前に分かっていれば、開示のタイミングや手当ての方法を戦略的に設計できます。
まとめ|誠実な開示が最良の交渉戦略
デューデリジェンスは、買い手が売り手企業の実態を検証し、最終的な価格と契約条件を固めるための調査手続きです。財務・税務・法務・労務を中心に多くの資料開示と質問対応が求められ、期間は1〜2か月程度。売り手にとっては負担の大きい局面ですが、日頃からの書類整備と早めの準備、そして懸念事項の誠実な開示によって、DDはむしろ買い手の信頼と安心を積み上げる機会になります。
当社プラチナパートナーズでは、ご相談の初期段階から「DDで論点になりそうな箇所」を見立て、資料の整備と開示戦略までを一貫してご支援しています。当社の支援体制の全体像はM&Aの流れ(サービスのご案内)をご覧ください。