M&Aを検討し始めた経営者様から、「独占禁止法にひっかかることはありませんか」というご質問をいただくことがあります。ニュースで大型統合の審査が話題になることもあり、自社の譲渡でも何か届出が要るのではないか、と気になるのは自然なことです。結論から申し上げると、独占禁止法の企業結合規制は一定規模以上の当事会社を対象とする制度であり、中小企業同士のM&Aでは届出の対象にならないことが多いのが実情です。ただし「多い」は「常に」ではありません。本稿では、企業結合規制の基本的な考え方、届出が論点になる取引の類型、審査で見られる観点、そして中小M&Aでの現実的な位置づけを、専門的になりすぎない範囲で整理します。

本稿は独占禁止法の一般的な考え方を整理した解説であり、個別の取引について届出の要否や適法性を判断するものではありません。届出基準の具体的な数値や最新の運用については公正取引委員会の公表資料をご確認いただき、個別の判断は必ず弁護士等の専門家にご確認ください

なぜM&Aで独占禁止法が問題になるのか

独占禁止法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)は、市場における公正で自由な競争を守るための法律です。その中に「企業結合規制」と呼ばれる分野があり、会社同士が結びつくことで競争が損なわれる事態を未然に防ぐ役割を担っています。

M&Aは、それまで別々に事業を営んでいた会社が一つの経営判断のもとに入る行為です。同じ市場で競い合っていた二社が一体になれば、その市場で価格や供給量を左右する力が強まる可能性があります。独占禁止法が問題にするのは、まさにこの点です。条文上の言い回しで言えば、「一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる」企業結合が禁止されます。

重要なのは、規制の対象が「大企業だから」ではなく「競争への影響が大きいから」という発想に立っていることです。ただし、あらゆるM&Aを事前にチェックするのは現実的ではありません。そこで独占禁止法は、競争への影響が生じ得る規模の取引を事前届出の対象として絞り込み、それ以外は実体規制のみを及ぼすという二段構えの仕組みを採っています。

企業結合届出の対象となり得る取引の類型

企業結合規制の対象となる行為は、株式取得だけではありません。代表的な類型は次のとおりです。

類型内容中小M&Aでの登場頻度
株式取得他社の株式を取得して議決権を保有する最も多い。中小M&Aの中心的手法
合併複数の会社が一つの法人になるグループ内再編などで用いられる
会社分割事業を切り出して別法人に承継させる一部事業のみ譲渡する場面で用いられる
共同株式移転複数社が共同で持株会社を設立する中小M&Aでは限定的
事業譲受け他社の事業の全部または重要部分を譲り受ける許認可や個人事業の承継で用いられる
役員兼任競争関係にある会社の役員を兼ねる資本提携に付随して生じることがある

このように、株式譲渡だけでなく事業譲渡や会社分割も規制の枠組みに入ります。手法ごとの違いは「会社売却に必要な書類一覧」でも触れていますが、独占禁止法の観点では「どの手法を使ったか」よりも「結果として企業の結合が生じるか」が問われる、と理解しておくとよいでしょう。

届出の要否はどう決まるか|規模と形態の二軸

事前届出が必要かどうかは、大きく二つの軸で決まります。

軸1:当事会社グループの規模

一つ目は、取引に関わる会社(およびその属する企業グループ全体)の規模です。国内での売上高が一定水準を超える場合に届出義務が生じる仕組みになっており、規模が小さければそもそも届出の対象外となります。ここでいう規模は単体の会社ではなくグループ全体で見る点が重要です。買い手が大きな企業グループの一員である場合、買い手自身の規模が小さく見えても、グループ全体では基準に達している可能性があります。

軸2:取引の形態と結合の度合い

二つ目は、取引の形態です。株式取得であれば議決権の保有割合が一定水準を超えるかどうか、事業譲受けであれば事業の全部か重要部分かといった観点で、結合の度合いが判断されます。少数株式の取得のように支配関係が生じない取引は、届出の対象とならない場合があります。

具体的な基準額や保有割合の水準は法令で定められており、また運用上の解釈も蓄積されています。本稿ではあえて数値を示しませんが、それは基準が改正され得るものであることに加え、数値だけを見て「うちは関係ない」と自己判断することが最も危険だからです。グループの範囲をどこまで見るか、売上高をどう合算するかといった論点は、条文の読み方に習熟した専門家でなければ正確に判断できません。届出の要否が少しでも気になる案件では、最新の基準を確認したうえで、弁護士に個別の当てはめを依頼してください。

企業結合審査で何が見られるのか

届出が行われた場合、公正取引委員会による企業結合審査が行われます。審査の中心は「その市場の競争が実質的に制限されることになるか」という一点です。判断にあたっては、おおむね次のような要素が検討されます。

  • 一定の取引分野の画定——商品・役務の範囲と地理的範囲を定め、「どの市場で競争が起きているか」を特定する
  • 当事会社の地位と市場の集中度——結合後にどの程度の地位を占めるか、市場に有力な競争者が残るか
  • 輸入・参入の圧力——外部からの供給や新規参入が競争を規律し得るか
  • 隣接市場や需要者からの競争圧力——代替品の存在、取引先の交渉力
  • 効率性と競争者の存続——結合による効率性向上が需要者の利益につながるか

また、企業結合は当事者の関係によって「水平型」(同じ市場の競争者同士)、「垂直型」(取引段階の異なる会社同士)、「混合型」(異業種)に分けて論じられます。競争への影響が最も直接的に現れるのは水平型であり、同業他社を買収する場合には注意が要るという整理になります。逆に、異業種への進出やサプライチェーンの上下をつなぐ取引では、競争制限が生じにくいと評価される傾向があります。

審査の結果、そのままでは競争上の懸念があると判断された場合、当事会社が一部事業の譲渡などの措置(問題解消措置)を申し出て、それを前提に取引が認められることもあります。

中小企業のM&Aにおける現実的な位置づけ

ここまで制度の枠組みを見てきましたが、実務感覚として率直に申し上げると、中小企業同士のM&Aで企業結合届出が必要になる場面はごく限られます。届出制度が想定しているのは、その市場の競争構造を動かし得る規模の結合だからです。地域で事業を営む中小企業が同じく中小規模の相手に事業を承継する、という典型的な事業承継型M&Aでは、届出の議論に至らないことがほとんどです。

もっとも、次のような場合には検討が必要になり得ます。

  • 買い手が上場企業やその子会社など、大きな企業グループに属している場合
  • 売り手・買い手の双方が同業で、地域市場において相当の地位を占めている場合
  • 同一業種の会社を連続して買い進めるロールアップ型の買収で、累積的に市場での地位が高まっている場合
  • 許認可や設備の制約から新規参入が難しく、事業者数が限られている業種の場合

また、届出が不要であることと、独占禁止法上まったく問題がないことは別です。届出義務の有無にかかわらず、競争を実質的に制限することとなる企業結合は禁止されます。さらに、M&A契約には売り手に一定期間の競業避止義務を課す条項が置かれるのが通例ですが、その範囲や期間が過度に広い場合には、独占禁止法上の論点が生じることもあります。契約条項の設計については「基本合意書(LOI)と最終契約書(SPA)の違いと注意点」もあわせてご覧ください。

実務での進め方|いつ、誰に確認するか

独占禁止法の論点は、気づくのが遅れるほどスケジュールへの影響が大きくなります。実務上は次の順序で進めるのが安全です。

1. 相手方が絞られた段階で当たりをつける

買い手候補が具体化し、相手方の企業グループの規模がわかった時点で、届出の可能性があるかどうかの初期的な見立てを行います。仲介者としては、買い手が大手グループに属する場合や同業間の統合となる場合に、この論点を早めに提起する役割を担います。

2. デューデリジェンスと並行して法務の確認を受ける

可能性があると判断されたら、デューデリジェンスの法務パートと並行して、弁護士に届出要否の判断を依頼します。当事会社グループの範囲確定には、資本関係の資料が必要になります。

3. 契約とスケジュールに織り込む

届出が必要となる場合、最終契約ではクロージングの前提条件として手続の完了を定め、契約締結からクロージングまでに十分な期間を確保します。届出前に取引を実行してしまうことがないよう、資金決済や株主名簿の書換えのタイミングも含めて設計します。

逆に、届出が不要と確認できた場合には、その旨を関係者で共有しておくことが大切です。「念のため」の懸念が残ったまま進むと、クロージング直前に蒸し返されて日程が乱れることがあります。要否の結論を早期に確定させ、記録に残す——これが実務上の要諦です。

まとめ

M&Aと独占禁止法の関係を整理すると、次のようになります。

  • 独占禁止法は、競争を実質的に制限することとなる企業結合を禁止している
  • その実効性を確保するため、一定規模以上の企業結合には公正取引委員会への事前届出が求められる
  • 対象となる行為は株式取得のほか、合併・会社分割・共同株式移転・事業譲受け・役員兼任と幅広い
  • 届出の要否は当事会社グループの規模と取引の形態で決まり、中小企業同士のM&Aでは対象外となることが多い
  • ただし買い手が大企業グループの場合や同業間の統合では検討が必要であり、該当有無の判断は弁護士等の専門家に確認する

独占禁止法は「知らなかった」では済まされない領域ですが、過度に恐れる必要もありません。大切なのは、論点が生じ得る案件かどうかを早い段階で見極め、必要なら専門家につなぐことです。当社では、買い手候補の企業グループ構成を踏まえて、この論点を検討すべき案件かどうかを初期段階でご案内し、必要に応じて弁護士との連携をお手伝いしています。

よくあるご質問

A.企業結合の事前届出は一定規模以上の当事会社グループを対象とする制度であり、中小企業同士のM&Aでは届出の対象にならないことが多いのが実情です。ただし、買い手が大企業グループに属する場合や、当事会社の売上規模が大きい場合には対象となり得ます。届出の要否は取引の形態と当事会社グループの規模によって決まるため、該当するかどうかの判断は必ず弁護士等の専門家にご確認ください。
A.事前届出制度のもとでは、届出を行い所定の期間が経過するまでは取引を実行できません。そのため、株式譲渡契約(SPA)の中でクロージングの前提条件として届出手続の完了を定め、契約締結からクロージングまでに一定の期間を確保する組み立てが一般的です。届出の可能性がある案件では、基本合意の段階からスケジュールに余裕を持たせておくことが実務上の要点になります。
A.いいえ。事前届出の要否と、独占禁止法上の実体規制は別の問題です。届出義務がない規模の取引であっても、一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる企業結合は禁止されます。また、M&Aに付随する競業避止条項の範囲など、独占禁止法の観点から検討すべき論点が生じることもあります。届出不要イコール完全に無関係ではない、という理解が正確です。

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買い手候補の企業グループ構成を踏まえ、法務上の検討が必要な案件かどうかを初期段階でご案内します。相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意時の中間金と成功報酬については料金体系をご覧ください。
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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら