会社売却のご相談をお受けするなかで、意外に多くの会社で障害となるのが「株式の分散」です。株主名簿を確認してみると、親族や元役員、すでに退職した従業員、なかには連絡先のわからない方まで、オーナー経営者様ご自身以外に複数の株主がいらっしゃるケースは珍しくありません。本稿では、株式の分散がなぜ売却の障害になるのか、分散が生じる典型的なパターン、名義株や少数株主の整理の一般的な進め方、そして会社法上の法的手段の概要まで、順を追ってご説明します。
なぜ株式の分散が会社売却の障害になるのか
結論から申し上げると、中小企業のM&Aにおいて、買い手は原則として株式の100%取得を望むからです。買い手の立場に立てば、買収後に面識のない少数株主が残ることは、経営上の不確実性そのものです。少数株主にも会社法上の一定の権利があり、意思決定や情報開示への対応が必要になる可能性があるほか、将来その株式が相続などでさらに分散していく懸念もあります。
そのため、株式が分散したままの会社は、次のような不利益を受けやすくなります。
- 「全株式をそろえられるのか」が不透明なため、買い手候補の検討対象から外れやすい
- 取得できない株式が残るリスクを織り込まれ、価格や条件の交渉で不利になりやすい
- 最終契約で「株式の100%を集約すること」が前提条件とされ、集約できなければクロージング(決済)に進めない
また、多くの中小企業は定款で株式の譲渡制限を設けており、株式を譲渡するには会社の承認(取締役会または株主総会)が必要です。この承認手続き自体は通常大きな障害にはなりませんが、「誰が株主か」が曖昧なままでは、承認の前提となる株主の確定すらできません。M&Aの全体の流れのなかでどの段階で株式整理が問題になるかは「M&Aの流れと期間」もあわせてご参照ください。
株式が分散する典型パターン
株式の分散は、多くの場合、次の三つのいずれかの経緯で生じています。ご自身の会社がどのパターンに当てはまるかを確認することが、整理の第一歩です。
設立時の名義株
かつての商法では、株式会社の設立に複数の発起人が必要とされていた時期がありました。このため、実際にはオーナー様おひとりが出資したにもかかわらず、親族や知人の名義を借りて設立された会社が少なくありません。名義だけを貸した株主の株式は「名義株」と呼ばれ、名義人ご本人やそのご遺族が経緯を知らないまま、株主名簿上の株主として残っていることがあります。
相続による分散
先代や先々代の経営者が保有していた株式が、相続のたびに複数の相続人へ分かれていくパターンです。世代を重ねるほど株主の数は増え、面識のない遠い親族が株主になっていることもあります。遺産分割が未了のまま、株式が相続人の共有状態になっているケースも見られます。
従業員・取引先への割当て
従業員の士気向上や取引関係の強化を目的に、従業員持株会や役員・取引先へ株式を持たせたパターンです。在職中は問題がなくても、退職後も株式がそのまま残り、連絡が取りにくくなっていることがあります。
名義株の整理|実質株主の確認と合意の書面化
名義株の整理は、「その株式の実質上の株主は誰か」を確認することから始まります。一般に、名義のいかんにかかわらず、実際に出資をした者が実質上の株主と考えられており、次のような事実関係を資料で確認していくのが一般的な進め方です。
- 設立時の出資金を実際に払い込んだのは誰か(当時の資金の流れ)
- 株主名簿・法人税申告書別表二の記載と、その変遷
- 配当を受領してきたのは誰か、株主総会に関与してきたのは誰か
- 名義人との間で名義借りの経緯を確認できる書面や証言があるか
事実関係の確認ができたら、名義人(またはその相続人)との間で、実質株主が誰であるかについての認識を合意書面として残しておくことが重要です。口頭の了解のままでは、M&Aの局面や名義人の相続発生時に紛争の火種となりかねません。なお、名義株の整理には贈与や譲渡と評価されないかといった税務上の論点も伴うため、税理士・弁護士等の専門家の関与のもとで進めることを強くおすすめします。
少数株主からの買い集めの進め方
実質的にも他人が保有している株式については、任意の交渉による買い集めが原則です。強制的な手段は後述のとおり存在しますが、要件が厳格であり、進め方を誤れば紛争に発展しかねません。まずは丁寧な対話から始めます。
交渉の基本的な進め方
- 買い取りの目的(事業承継の準備など)を、相手に応じて誠実に説明する
- 買い取りの主体(オーナー個人か、会社による自己株式取得か)を検討する
- 価格の根拠を示せるよう、あらかじめ株式の評価の考え方を整理しておく
- 合意に至ったら、株式譲渡契約書と譲渡承認手続き、株主名簿の書換えまで確実に行う
価格の考え方
非上場株式には市場価格がないため、価格は最終的には当事者間の合意で決まります。実務では、税務上の評価額や会社の純資産・収益力などを参考に、双方が納得できる水準を探っていくことになります。少数株主からの取得場面と、会社全体を売却する場面とでは価格の考え方が異なり得る点も、あらかじめ理解しておきたいところです。企業価値評価の基本的な考え方は「企業価値算定シミュレーター」のページでもご紹介しています。なお、会社が自己株式として買い取る場合には、会社法上の財源規制や税務上の取り扱いなど固有の論点があるため、必ず専門家にご確認ください。
法的手段の概要|株式等売渡請求・株式併合
任意の交渉が調わない場合に備え、会社法にはいくつかの制度が用意されています。ここでは代表的なものを紹介レベルで整理しますが、いずれも要件・手続きが厳格で、少数株主の利益保護のための規律が働く制度です。実行の要否・可否の判断を含め、弁護士等の専門家の関与が必須とお考えください。
| 制度 | 概要 | 主な要件 |
|---|---|---|
| 特別支配株主の株式等売渡請求 | 特別支配株主が、他の株主全員に対し株式の売渡しを請求し、金銭を対価に全株式を取得する制度 | 総株主の議決権の90%以上を保有していること |
| 株式併合 | 複数の株式を1株に統合し、少数株主の保有株式を1株未満の端数とする方法 | 株主総会の特別決議(議決権の3分の2以上の賛成) |
特別支配株主の株式等売渡請求は、総株主の議決権の90%以上を保有する株主に認められる制度で、少数株主の個別の同意なく金銭を対価として株式を取得できます。株式併合は、株主総会の特別決議(原則として議決権の過半数を有する株主が出席し、その議決権の3分の2以上の賛成)を経て行うもので、端数となった株式は法定の手続きにより金銭処理されます。
ただし、これらの制度には対価の相当性をめぐる争いなどのリスクが伴い、対応を誤ればかえって売却スケジュール全体を遅らせることにもなりかねません。「法的手段があるから大丈夫」と考えるのではなく、あくまで任意交渉を尽くしたうえでの選択肢として、慎重に検討すべきものです。
売却を見据えた早めの株式整理を
株式の整理には時間がかかります。名義株の事実確認、相続人の調査、少数株主との交渉——いずれも相手のあることであり、数か月から年単位を要することも珍しくありません。しかも、時間の経過は状況を改善しません。株主に相続が発生すれば株式はさらに分散し、経緯を知る関係者が減るほど事実確認は難しくなります。
だからこそ、会社売却を少しでも視野に入れた段階で、株主名簿の点検と株式整理に着手されることをおすすめします。具体的には、次のような準備です。
- 株主名簿と法人税申告書別表二を突き合わせ、現在の株主と持株数を正確に把握する
- 名義株の疑いがある株式は、関係者が健在なうちに経緯を確認し書面化する
- 少数株主とは日頃から連絡が取れる関係を保ち、買い取りの打診の時機を検討する
- 売却手法の選択肢(株式譲渡・事業譲渡など)もあわせて整理しておく
株式を100%集約できない場合でも、事業譲渡など株式の移転によらない手法を検討できることがあります。手法ごとの違いは「株式譲渡と事業譲渡の違い」で解説しています。当社では、株式の分散状況を踏まえた売却の進め方について、提携する専門家とも連携しながら初回のご相談から丁寧にご案内していますので、お早めにご相談ください。