M&Aの検討を始めた会社で、初期の段階に必ずお願いする確認事項があります。「株主名簿を見せていただけますか」という一言です。そして、実際に出てくる答えは幅があります。すぐに最新の名簿が出てくる会社もあれば、「昔作ったものはあるが、その後は更新していない」という会社、「そもそも見たことがない」という会社もあります。株式譲渡は、株主が誰であるかが確定していて初めて成立する取引です。本稿では、名簿が整っていない状態をどう整えるか、その手順を実務に沿って解説します。

なぜ株主名簿が整っていない会社が多いのか

会社法では、株式会社は株主名簿を作成し、株主の氏名または名称、住所、保有株式数、取得日などを記載し、本店に備え置くこととされています。義務であるにもかかわらず、中小企業で名簿が整っていない例が多いのには、いくつかの理由があります。

ひとつは、設立時の事情です。かつての商法のもとでは株式会社の設立に複数の発起人が必要とされていた時期があり、実際には出資していない親族や知人に名前だけを借りて設立された会社が数多くあります。いわゆる名義株です。この場合、名簿上の株主と実際の出資者が異なるという状態が、設立時から続いていることになります。

もうひとつは、株式の移動が記録されていないことです。親族間で「渡した」「もらった」という認識だけがあり、譲渡承認の決議も名義書換もされていない。相続が発生しても、遺産分割の内容が名簿に反映されていない。こうした状態が数十年積み重なると、誰が株主なのか誰にも分からなくなります。

そして、日常の経営で困らないことも背景にあります。株主総会は実質的に開催されず、配当も出していない会社では、株主が誰かを意識する場面がありません。問題が表面化するのは、まさに事業承継やM&Aを考えたときなのです。

名簿が整っていないと、M&Aで何が起きるか

株式譲渡では、買い手は原則としてすべての株式を取得しようとします。一部でも取得できない株式が残れば、少数株主が残り続けることになり、経営の自由度が制約されるためです。したがって、株主が確定していない会社では、次のような問題が生じます。

  • 誰と交渉すればよいか分からない。譲渡に同意してもらうべき相手が特定できません。
  • 譲渡承認の手続が踏めない。多くの中小企業の株式には譲渡制限が付されており、株主総会や取締役会での承認が必要です。株主が確定していないと、決議の有効性そのものに疑義が生じます。
  • デューデリジェンスで指摘される。買い手の弁護士は、株主の変遷を過去にさかのぼって確認します。裏づけのない移動があれば、必ず論点として挙がります。
  • 表明保証で担保を求められる。譲渡契約では、売り手が「株式の所有について問題がないこと」を表明保証するのが通常です。不確かな部分があれば、補償の対象になったり、価格の一部を留保する条件が付いたりします。
  • 後から権利を主張されるリスクが残る。譲渡後に「自分も株主だ」という主張が出ると、買い手にとっては深刻な問題になります。

その結果、交渉が中断したり、条件が厳しくなったりします。整理には時間がかかることが多いため、譲渡の話が具体化してから着手すると、相手を待たせることになります。だからこそ、株主の整理は最も早く着手すべき準備なのです。

株主を確定させるために突き合わせる資料

名簿がない、あるいは信頼できない場合、複数の資料を突き合わせて事実関係を再構成していきます。実務では、次のような資料を集めます。

資料そこから分かること
定款(現行・過去の変更履歴)発行可能株式総数、株式の譲渡制限の有無、種類株式の定めの有無。
履歴事項全部証明書(登記簿)発行済株式総数、資本金の推移、増資の時期。株主の氏名は登記されません。
法人税申告書 別表二同族会社の判定のために、上位の株主と持株数が記載されています。各期分をそろえると、株式の移動時期が推測できます。
過去の株主総会議事録出席株主と議決権数の記載から、当時の株主構成が読み取れることがあります。
取締役会議事録株式の譲渡承認の決議が残っていれば、移動の裏づけになります。
株券・株式払込金の記録株券発行会社であれば株券の所在、設立時の払込みの記録。
相続関係の資料相続が発生している場合の遺産分割協議書、相続税申告書。

このうち、別表二は実務上とても有用です。毎期の申告書に記載されているため、複数年分を並べると、いつ誰から誰に株式が移ったのかが見えてきます。ただし、別表二は税務上の記載であって、それ自体が株主であることを法的に確定させるものではありません。あくまで事実関係を推測するための手がかりとして扱います。

資料を突き合わせたうえで、不明な部分については、関係者への聞き取りを行います。先代のご存命のご親族、長年の顧問税理士、設立に関わった方——記憶をたどることでしか埋まらない部分もあります。

名義株・相続・所在不明|よくある三つのつまずき

名義株

名簿上の株主と実際の出資者が異なる場合、実質的な所有者が誰かを整理する必要があります。実務では、名義人となっている方から、実質的な所有者を確認する趣旨の書面をいただく方法などが採られます。ただし、名義人が「自分の株だ」と主張される場合や、名義人が既に亡くなっていてその相続人が権利を主張される場合には、話し合いが難航することもあります。時間が経つほど当事者の記憶は薄れ、関係者は増えていきますから、早い着手が肝心です。名義株の整理は「名義株とは」で詳しく解説しています。

相続による分散

株主が亡くなり、相続人が複数いる場合、株式は相続人に承継されます。遺産分割が済んでいなければ、株式は相続人の共有状態となり、権利行使にも一定の手続が必要になります。世代を重ねるほど関係者は増え、面識のない方が株主になっていることもあります。この状態の整理については「株式が分散している会社の売却」で解説しています。

所在が分からない株主

連絡先が分からない株主がいる場合、その方の同意を得ることができません。会社法には、一定の要件のもとで所在不明株主の株式について会社が売却等を行うことができる制度が設けられているとされていますが、手続には期間と要件があります。使えるかどうかは個別の状況によりますので、専門家への相談が必要です。

株式の集約には、買取りの方法、価格の決め方、みなし配当や低額譲渡に関する税務など、法務・税務の判断が伴います。方法によって当事者の税負担も変わります。実行にあたっては、必ず弁護士・税理士等の専門家にご確認ください。

株主名簿を整え、譲渡の手続に備える

事実関係が整理できたら、株主名簿を作成し、以後は移動のつど更新できる状態にします。記載しておく項目は、株主の氏名または名称、住所、保有株式数、株式を取得した日などです。あわせて、次の点も整えておくと、M&Aの手続がスムーズになります。

  • 定款の確認。譲渡制限の定め、株券発行会社かどうか、種類株式の有無を確認します。株券発行の定めがあるのに株券を発行していない場合の取り扱いも整理が必要です。
  • 過去の議事録の整備。株主総会・取締役会の議事録が欠けている場合、可能な範囲で状況を整理します。買い手は議事録を確認しますので、何が残っていて何が残っていないかを説明できる状態にしておきます。
  • 譲渡承認の手順の確認。実際の譲渡では、譲渡承認の請求、決議、名義書換という手順を踏みます。流れは「株式譲渡の手続き」で解説しています。
  • 集約の検討。少数株主が残っている場合、譲渡までに買い取って集約するのか、譲渡の際に一緒に売却してもらうのかを検討します。相手の意向次第では時間がかかりますので、早めの着手が必要です。

なお、株主の整理は、M&Aのためだけの作業ではありません。相続対策としても、経営の安定のためにも意味があります。仮に譲渡を選ばなかったとしても、整えておいて損になることはない準備です。

まとめ|株主の整理は、最も早く着手すべき準備

会社の価値を高める準備には、業績の改善や体制の整備など、時間のかかるものが多くあります。しかし、株主の整理はそれらとは性質が異なります。放置しても業績には表れませんが、いざ譲渡を進めようとしたときに、交渉そのものを止めてしまう可能性があるからです。

そして、この問題は時間とともに悪化します。関係者が高齢化し、相続が発生し、当事者が増えていくためです。「いつか整理しよう」と思っているうちに、整理が不可能に近い状態になることもあります。

逆に、株主が明確で、名簿が整っている会社は、それだけで買い手からの信頼を得られます。譲渡を具体的に考えていなくても、手をつけておく価値のある準備です。

当社プラチナパートナーズは、中小企業の事業承継・会社売却をご支援しています。相談料・着手金・月額報酬は0円です。株主の整理といった初期の課題についても、弁護士・税理士と連携しながらご相談をお受けしています。

よくあるご質問

A.複数の資料を突き合わせて事実関係を再構成します。定款(変更履歴を含む)、履歴事項全部証明書、法人税申告書の別表二、過去の株主総会・取締役会の議事録、株券や設立時の払込みの記録、相続関係の資料です。とくに別表二は毎期の申告書に記載されるため、複数年分を並べると、いつ誰から誰へ株式が移ったのかが見えてきます。不明な部分は関係者への聞き取りで埋めていきます。
A.その方の同意を得ることはできませんが、会社法には、一定の要件のもとで所在不明株主の株式について会社が売却等を行うことができる制度が設けられているとされています。ただし手続には期間と要件があります。名義株や相続による分散も含め、株式の集約には買取りの方法、価格の決め方、みなし配当や低額譲渡の税務が絡みますので、弁護士・税理士にご確認ください。
A.先に着手する価値があります。業績の改善や体制の整備と違い、株主の問題は時間とともに悪化するからです。関係者が高齢化し、相続が発生し、当事者が増えていきます。また、譲渡の話が具体化してから着手すると、相手を待たせることになります。株主が明確で名簿が整っている会社は、それだけで買い手の信頼を得られますし、相続対策や経営の安定のうえでも意味があります。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら