製造業や運送業、宿泊業など、設備を抱える事業の譲渡では、買い手は必ず現場を見ます。見ているのは設備の新しさだけではありません。いまどのくらい動いているのか(稼働率)、あとどれだけ増やせるのか(余力)、そしていつ買い替えが必要になるのか(更新時期)。この三つは、譲り受けた後の投資負担と成長余地に直結するためです。本稿では、設備の状況が企業価値にどう関わるのか、売却を考える段階で何を整理しておけばよいのかを整理します。
稼働率が語るのは「伸びしろ」と「無理」
稼働率は、設備の能力に対して実際にどれだけ使っているかを示す数字です。買い手は、これを二つの方向から見ます。ひとつは伸びしろ。稼働率に余裕があれば、追加の設備投資をせずに受注を増やせる可能性があります。買い手が自社の顧客を回して増産できると考えれば、それは統合後の効果として検討材料になります。
もうひとつは無理の有無です。稼働率が限界に近い状態が続いている場合、受注が増えても対応できません。さらに、設備に負荷がかかっている、保守が追いついていない、残業で回している、といった状況が伴っていることもあります。この場合、買い手は増産のための追加投資を前提に検討することになります。
どちらが良いという話ではなく、実態がどちらなのかを説明できることが重要です。稼働率が高い場合でも、複数直体制への移行余地がある、外注で調整できる、といった説明ができれば、見え方は変わります。
稼働率をどう数えるか|定義を先に決める
稼働率にも統一された定義はありません。分母を24時間で取るのか、就業時間で取るのか。段取り替えの時間を稼働に含めるのか。設備ごとに出すのか、ラインとして出すのか。定義次第で数字は大きく変わります。
買い手に示すときは、次の要素をセットで書くのが実務的です。
- 対象設備(機番・名称・取得年)
- 分母の考え方(操業日数×操業時間など)
- 分子の考え方(実加工時間か、段取りを含む占有時間か)
- 集計期間(直近12か月の月次推移があると望ましい)
- 繁閑の差(季節性がある場合は月別の変動)
厳密な測定ができていない会社も多いのですが、その場合は生産数量や出荷量の推移で代替し、「稼働の目安」として示せば足ります。精度の高い数字を作ることより、どういう考え方で出した数字かを明示することのほうが、買い手の理解につながります。
更新の先送りは、価格の話になりやすい
デューデリジェンスで論点になりやすいのが、更新すべき時期を過ぎている設備の存在です。買い手は現場を見て、あるいは固定資産台帳の取得年を見て、近い将来の投資額を見積もります。その金額が大きければ、価格や条件の交渉材料になります。
ここで押さえておきたいのは、先送り自体が悪いわけではないという点です。使える設備を無理に更新しないのは合理的な判断です。問題になるのは、いつ・いくらの投資が必要かを自社で把握していない場合です。買い手が独自に見積もると、保守的な(つまり大きめの)金額になりがちです。
したがって、主要設備について更新の想定時期と概算費用を自社で整理し、資料として示すほうが有利です。修繕で延命できるもの、中古で対応できるもの、リースに切り替えられるものなど、選択肢まで示せればなお良いでしょう。減価償却と設備投資の関係については「減価償却と設備投資」もご参照ください。
売却前の設備投資をどう判断するか
「評価を上げるために、売却前に新しい設備を入れるべきか」というご相談をいただきます。判断の軸は、その投資が売却の有無にかかわらず必要かどうかです。老朽化で故障が頻発している、法令対応で必要になる、といった事情があれば、時期を問わず進める意味があります。
一方、評価を上げる目的だけの投資は勧められません。投資直後は費用と借入が増える一方、効果はまだ数字に表れていません。買い手はその設備が自社の計画に合うかも分かりませんし、同業であれば既に同等の設備を持っていることもあります。この論点は「売却前に設備投資をすべきか」で詳しく扱っています。
投資を実施する場合は、意思決定の経緯——なぜ必要だったか、どの効果を見込んだか——を記録に残してください。売却時期と重なると、買い手は目的を確認します。事業上の必要性が説明できれば問題にはなりません。
設備まわりで整えておきたい資料
設備を持つ事業の譲渡では、次の資料が求められます。いずれも売却の検討前から整えておけるものです。
- 固定資産台帳(取得年月・取得価額・簿価・設置場所)
- 主要設備の一覧(能力・稼働状況・更新想定時期・概算費用)
- 保守点検の記録、法定点検の実施状況
- リース契約の一覧(残期間・残債・譲渡時の取り扱い)
- 設備に関する許認可・届出の状況
とくに見落とされやすいのが、台帳に載っているが現物がない資産、逆に現物はあるが台帳にない資産です。実地の確認をしておくと、デューデリジェンスでの指摘を避けられます。
リース契約については、譲渡にあたって貸主の承諾が必要な場合があります。契約書の条項を事前に確認し、必要な手続きを把握しておくと、クロージングの段取りがスムーズになります。契約条項の解釈は弁護士など専門家にご確認ください。
設備は「いま」ではなく「これから」で見られる|まとめ
買い手が設備を見るとき、関心は現在の状態そのものより、これから何年、どれだけの投資で使い続けられるかにあります。したがって、新しい設備を持っていることより、設備の状態と将来の計画を自社で把握していることのほうが、説明の材料として効きます。
設備の一覧と更新計画は、作るのに時間はかかりますが、特別な費用はかかりません。経営の判断材料としても有用ですので、売却を決める前の段階から整えておくことをおすすめします。
当社では、譲渡のご相談をいただいた段階で、業種に応じて必要になる設備資料をお伝えしています。相談料・着手金・月額報酬は0円です。まずは現状のままでご相談ください。