製造業・卸売業・小売業などの案件で、買い手がとりわけ丁寧に確認する項目のひとつが在庫(棚卸資産)です。決算書の上では一つの金額として並んでいるだけですが、その中身によって、企業価値の見え方も、買収後に必要な資金の見積もりも変わってきます。本稿では、在庫が企業価値にどう影響するのかを、評価の仕組みとして整理します。「在庫が多いとよくない」といった単純な話ではなく、何がどう見られるのかをご理解いただくことを目的としています。

なぜM&Aで在庫が論点になるのか

在庫が論点になる理由は、大きく2つあります。

1つ目は、帳簿の金額と実態がずれやすい項目だからです。売掛金や借入金は相手方がいるため金額を確かめやすいのに対し、在庫は自社が保有しているものであり、その価値は「売れるかどうか」に依存します。同じ簿価100の在庫でも、来月出荷される予定のものと、何年も倉庫に眠っているものとでは、実質的な価値が大きく異なります。

2つ目は、利益にも直結するからです。会計上、在庫の金額は売上原価の計算に組み込まれるため、期末在庫の評価が変われば利益も変わります。買い手が在庫を確認するのは、貸借対照表の正確さを確かめると同時に、損益計算書の利益が実態を表しているかを確かめる意味も持っています。

企業価値評価の全体像については「企業価値評価とは|M&Aにおける会社の値段の決まり方」をご覧ください。

在庫は「資産」であり、同時に「滞留した資金」でもある

在庫は貸借対照表の資産の部に計上されます。その意味では、多いほど資産が厚いように見えます。しかし在庫は、仕入や製造にかけた資金がまだ現金に戻っていない状態でもあります。この二面性が、在庫を理解しにくくしている原因です。

資産としての側面

販売できる在庫は、将来の売上と利益の源です。時価純資産をベースとする評価では、在庫は実態に近い価値に置き直したうえで資産として計上されます。この考え方は「時価純資産法とは|中小M&Aで使われる評価方法の基本」で解説しています。

滞留資金としての側面

一方で、在庫が積み上がっているということは、それだけの資金が商品の形で寝ているということです。事業を続けるかぎり、この資金は使えません。買い手は「この事業を回すには、どれだけの資金を継続的に置いておく必要があるか」という視点で在庫を見ます。

つまり在庫は、純資産の厚みを増す方向と、必要資金の重さを増す方向の、両方に作用する項目です。どちらの側面が強く出るかは、その在庫が「動いているか」で決まります。

滞留在庫・不良在庫はどう扱われるのか

長く動いていない在庫、販売の見込みが乏しくなった在庫は、一般に滞留在庫・不良在庫と呼ばれます。買い手の視点では、これらは帳簿の金額どおりの価値を持たない可能性がある項目として扱われます。

買い手が確認しようとするのは、たとえば次のような点です。

  • 品目ごとに、いつ入庫し、直近でいつ出荷されたか
  • 長期間動いていない品目が、金額としてどの程度あるか
  • それらが残っている理由(補修部品として意図的に保有、季節性、特定顧客向けの確保など)
  • 市場価値が下がっていないか(型式変更、規格変更、流行の変化など)
  • 実地棚卸が行われ、帳簿と実物が一致しているか

ここで大切なのは、「動いていない在庫がある=悪い」ではないということです。長期保守を約束している製品の補修部品を意図的に保有しているのであれば、それは事業上の必要から生じた在庫であり、説明できれば買い手も理解します。問題になるのは、理由が説明されないまま金額だけが残っている状態です。

説明用の仮の数値による整理

考え方を具体化するために、あくまで説明用の仮の数値を置いてみます。棚卸資産の簿価が1,000あり、そのうち600は直近1年で出荷実績のある品目、300は補修部品として意図的に保有している品目、100は規格変更により販売見込みが立たなくなった品目だとします。

この場合、買い手の見方は「1,000のうち600は流動する在庫、300は理由のある保有、100は実質的な価値を再検討すべきもの」というように、金額を3つに分けて理解する形になります。同じ1,000でも、内訳が示されているかどうかで、買い手が抱く不確実性はまったく異なります。この数値はあくまで説明用の仮のものであり、実際の割合や評価は個社ごとに異なります。

棚卸資産の評価損の計上要否、評価方法、税務上の損金算入の可否は、会計基準および税法の定めに従って判断されます。本稿は一般的な考え方の説明であり、個別の判断は公認会計士・税理士等の専門家にご確認ください。

在庫は運転資本を通じても価値に影響する

在庫が企業価値に影響するもう一つの経路が、運転資本です。運転資本とは、事業を回すために必要な資金のことで、おおむね「売掛金+在庫−買掛金」という形で捉えられます。

買い手は、買収した会社を動かし続けるために、この運転資本を用意しなければなりません。在庫が厚い事業は、その分だけ手元に資金を置いておく必要があります。さらに、事業を成長させようとすれば在庫も増えるため、成長には追加の資金が要ります。

この視点は、買い手が支払える金額の判断に影響します。買収代金に加えて運転資本の手当てが必要であれば、投じられる総額のうち買収代金に回せる部分はその分だけ制約を受けるからです。買い手側の資金の考え方は「M&Aの買収資金はどう調達するか|自己資金と借入の考え方」で扱っています。

また、事業計画の中で在庫の増減をどう見込むかは、将来の資金の出入りに直結します。計画の立て方については「M&Aにおける事業計画の作り方|買い手に伝わる計画とは」もご参照ください。

事業の性質によって在庫の意味は変わる

在庫の適正さは、業種や事業モデルによって大きく異なります。同じ金額の在庫でも、意味するところは同じではありません。

事業の性質在庫について確認されやすい視点
受注生産型の製造仕掛品の進捗と原価の集計方法。受注残との対応関係
見込生産・量産型需要予測と実績の乖離。型式変更による陳腐化の有無
卸売・商社取扱品目数と回転の差。特定顧客向けの確保在庫の有無
小売季節性・流行性。値下げ販売の実績と粗利への影響
飲食・食品消費期限・賞味期限の管理。廃棄の発生状況
建設・工事未成工事支出金の内容と、対応する請負契約の状況

買い手は、その業界の一般的な感覚と照らして質問を組み立てます。したがって売り手側としては、自社の事業構造から見てなぜこの在庫水準なのかを説明できることが重要になります。業種ごとの一般的な水準や回転の目安を示すことは本稿では避けますが、それは業種内でも事業モデルによって適正水準が大きく異なり、目安を示すこと自体がかえって誤解を生むためです。

売り手として準備しておきたいこと

在庫について買い手の理解を得るために、譲渡を検討し始めた段階から準備できることがあります。

  • 在庫一覧の整備——品目ごとに数量・単価・金額・入庫時期がわかる形にする
  • 動きの記録——直近の出荷実績がいつか、品目単位でたどれるようにする
  • 保有理由の言語化——動きが少ない品目について、なぜ保有しているかを説明できるようにする
  • 実地棚卸の記録——棚卸をいつ、どのように行っているかを示せるようにする
  • 管理ルールの明文化——発注の基準、廃棄の基準、保管場所の管理方法など

これらは、買い手に説明するためだけの作業ではありません。在庫の実態を把握することは、資金繰りの改善にも直結します。売却前の準備という観点は「売却前の磨き上げとは|企業価値を高めるための実務」、逆に評価を下げてしまう要因は「企業価値を下げてしまう要因|M&A前に確認したいポイント」でも取り上げています。

なお、譲渡の直前になって在庫を大きく動かすことは、かえって買い手の疑問を招きます。整理が必要であれば、時間の余裕を持って、通常の事業判断として進めることが望ましいと考えます。

当社は成功報酬型でご支援しており、相談料・着手金・月額報酬はいただいておりません。在庫の見え方を含め、ご検討の初期段階からご相談いただけます。

よくあるご質問

A.在庫の量そのものが有利・不利を決めるわけではありません。買い手が確認するのは、その在庫が事業を回すために必要な水準なのか、それとも売れる見込みが乏しいまま残っているのかという中身です。受注生産や季節商材のように、事業の性質上まとまった在庫を持つことが合理的な場合もあります。必要な在庫であることを説明できれば、量の多さが直ちにマイナスに働くとは限りません。
A.主に2つの経路で影響します。1つは実態純資産への影響で、販売できる見込みが乏しい在庫は帳簿上の金額どおりの価値がないと判断され、資産としての評価が下がる方向に働きます。もう1つは運転資本への影響で、在庫に資金が滞留している状態は、買収後に事業を回すために必要な資金が大きいことを意味します。どちらも「在庫が悪い」という話ではなく、実態を数字に反映させるための調整です。具体的な評価方法は会計基準や税務上の取扱いに関わるため、公認会計士・税理士等にご確認ください。
A.在庫の一覧を、品目ごとに数量・単価・入庫時期がわかる形で整理しておくことが出発点です。そのうえで、長く動いていない品目については、なぜ残っているのか(補修部品として保有している、季節性がある、特定顧客向けに確保している等)を説明できるようにしておくと、買い手の理解が進みます。実地棚卸の記録や在庫管理の運用ルールを示せることも、管理の確かさを伝える材料になります。

Free Consultation

在庫の見え方も、実態から整理します。

相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意時の中間金と成功報酬については料金体系をご覧ください。譲渡をお決めになる前の段階からご相談いただけます。
メール(info@platinumpartners.jp)でも承ります。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら