経理を妻が見ている、夫が現場に出ている。中小企業では当たり前の形ですが、譲渡の場面では整理が要ります。立場と生活の両方を設計する話になります。
買い手がまず確認すること
買い手の関心は3点です。
① 実際に働いているか。出勤の実態、担当している業務。名前だけの役員なら、報酬は調整の対象になります。
② 譲渡後も残るのか。残るなら、どういう立場と条件で。
③ 代わりがいるか。経理をすべて見ている場合、抜けた後に誰がやるのか。
とくに③は重要です。「奥様が全部やっていたので、引き継ぎ資料がない」という状態は、買い手にとって大きな不安になります。
実際に働いている場合
この場合、その業務が引き継げるかが論点です。
経理、給与計算、請求、入金の管理、取引先との連絡。長年一人で回してきた業務は、手順が文書化されていないことが多い。
譲渡の前にやるべきは、業務の棚卸しと文書化です。月次・年次の作業カレンダー、取引先ごとの取り決め、システムの操作手順。
これがあるかどうかで、評価も引き継ぎの負担も変わります。
また、譲渡後も一定期間残ってもらうという設計も現実的です。期間と条件を、契約で決めてください。
名前だけの役員の場合
正直に整理しましょう。実態がないまま報酬を支払っているケースがあります。
この場合、その報酬は正常収益力の算定で調整されます。買い手は、その分を利益に戻して評価します。
つまり、会社の実力はもっと高いということでもあります。隠す必要はありません。
ただし、税務上の論点が別にあります。実態のない役員への報酬は、損金性が問題になり得ます。過去の申告に影響する可能性があるため、税理士にご確認ください。
譲渡の前に、実態に合わせて整理しておくのが望ましい形です。
退任の時期をどう決めるか
実務的な論点です。いつ退くか。
クロージングと同時に退く。簡明ですが、引き継ぎが済んでいなければ現場が困ります。
一定期間残る。3か月、6か月、1年。期間を契約で明示してください。
社長と同じ時期に退く。夫婦で同時に退くと、会社から二人が同時に抜けます。引き継ぎの負担が大きくなります。
実務では、時期をずらすことがあります。社長が先に退き、経理を見ている配偶者が数か月遅れて退く、といった形です。
退職金の扱い
役員であれば、役員退職金の支給を検討することになります。
注意点は、相当性です。役員退職金のうち不相当に高額な部分は損金に算入されません。
判断要素として、業務に従事した期間、退職の事情、同規模・同業種の法人の支給状況などが挙げられています。
実態のない役員に高額な退職金を支給すれば、当然に問題になります。
従業員であれば、就業規則の退職金規程に従います。規程がない場合、支給するかどうかは会社の判断です。
いずれも、税理士にご確認ください。
社会保険と扶養の整理
生活に直結する論点です。退任後、健康保険と年金がどうなるか。
会社の健康保険に加入していた場合、退職により資格を失います。選択肢は、任意継続(退職後一定期間内の申請)、国民健康保険、家族の被扶養者になるの3つです。
夫婦で同時に退くと、二人とも同時に切り替えが必要になります。
また、譲渡益が出た年の翌年は、国民健康保険料が上がります。前年の所得で算定されるためです。
この点を含めて、税理士・社会保険労務士にご確認ください。
配偶者が株主でもある場合
中小企業では、配偶者が株式の一部を持っていることが珍しくありません。
この場合、譲渡には配偶者の同意が必要です。全株を売るなら、配偶者も売主になります。
したがって、譲渡代金は配偶者にも入ります。それぞれが譲渡所得として申告します。
注意すべきは、名義だけで実質は社長のものという場合です。名義株の論点があり、代金の帰属と課税が問題になり得ます。
実質的な所有者が誰かを、譲渡の前に整理してください。税理士と弁護士の双方に確認すべき論点です。
夫婦で意見が違う場合
実務でよくある局面です。一方が売りたく、他方が反対している。
反対の理由を分けて考えてください。
感情。会社への愛着、先代から継いだものという意識。
生活の不安。収入がなくなること、その後の暮らし。
体面。周囲からどう見られるか。
情報不足。何が起きるのか分からない。
4つ目であれば、説明で解決します。面談に同席してもらう、資料を一緒に読む。
説得しようとせず、同じ情報を共有してください。判断が分かれるのは、多くの場合、見えているものが違うからです。
順番として、まず夫婦で話す
最後に、進め方の順序です。
仲介会社に相談する前に、配偶者と話してください。
理由は2つ。株主であれば、同意なしには進められない。そして、後から知ると、感情の問題が生じます。
話す内容は、なぜ考えているのか、いつごろを想定しているのか、その後の生活をどうするか。
結論を出す必要はありません。「検討したい」という段階を共有するだけで構いません。
当社では、ご夫婦でのご相談も承っています。最初から二人で聞いていただくほうが、後の整理が楽になります。