進めてみたが、やはりやめたい。この判断は、段階によって重みが違います。どこまでなら引けるのか、どこからが難しいのかを整理します。
相談・準備の段階
いつでもやめられます。何の拘束もありません。
仲介契約を結んでいる場合、その契約の解約手続きは要りますが、譲渡そのものを中止することに制約はありません。
費用については、着手金や月額報酬を支払っていれば、返還されないのが通常です。当社は相談料・着手金・月額報酬をいただいておりません。
この段階でやめる方は、実際に多くいらっしゃいます。「考えてみたが、まだ早い」という結論も、正当な判断です。
打診・面談の段階
候補先に打診し、面談を始めた段階です。
法的な拘束はまだありません。秘密保持契約は結んでいますが、これは情報の取り扱いに関するもので、取引を義務づけるものではありません。
ただし、相手の時間を使っています。面談に来てもらい、質問に答えてもらった。
やめるなら、理由を簡潔に伝え、早く連絡してください。受け取った資料があれば返却・破棄します。
丁寧に断れば、関係は残ります。数年後に再開することもあります。
意向表明・基本合意の段階
ここから重みが変わります。
基本合意書には、法的拘束力を持つ条項と持たない条項が混在するのが通常です。
価格や条件についての合意は拘束力を持たせないことが多い一方、独占交渉権、秘密保持、費用の負担については拘束力を持たせるのが一般的です。
したがって、基本合意の後に中止すること自体は可能ですが、独占交渉の期間中に他の相手と交渉すれば、契約違反になり得ます。
締結前に、どの条項に拘束力があるかを必ず確認してください。
中間金の問題
費用の面で、ここが分岐点です。
多くの仲介会社では、基本合意の時点で中間金が発生します。
当社の場合、中間金は成功報酬額の10%で、成功報酬から全額を差し引きますが、基本合意後に不成立となった場合、返金はいたしません。
これは依頼者にとって不利な条件であり、契約前に必ずご説明しています。
つまり、基本合意に進むかどうかが、費用の面での実質的な判断点です。迷いがあるなら、署名の前に整理してください。
デューデリジェンスの段階
買い手が費用をかけて調査している段階です。
この時点での中止は、相手に実害を与えます。専門家への報酬が既に発生しているためです。
基本合意で費用の負担について定めていれば、それに従います。定めが無ければ、各自負担が原則です。
ただし、調査で問題が見つかって中止するのは正当です。むしろ、そのための調査です。
売り手側の事情で一方的に中止する場合は、相手の費用について話し合いになることがあります。
最終契約の直前・後
最終契約に署名すれば、法的な拘束力が生じます。
一方的な撤回は、債務不履行となり、損害賠償の問題になり得ます。
契約に違約金の定めがあれば、それに従います。
署名後にクロージングまで期間がある場合、クロージング条件が満たされなければ実行しないという形で終了することはあります。ただし、これは契約に定めた条件による終了です。
「気が変わった」を理由に実行を拒むことはできません。
なぜ気が変わるのか
実務で見てきた理由を挙げます。
従業員の顔が浮かぶ。説明の場面を想像して、決心が鈍る。
家族の反対。とくに配偶者や後継候補だった子。
業績が回復した。売る理由が薄れる。
相手が気に入らない。面談で違和感を持つ。
価格が想定と違う。
喪失感。いざ現実になると、手放すことへの抵抗が出る。
どれも、おかしなことではありません。ただし、理由によって対処が違います。
進める前に決めておくこと
迷いを減らす方法があります。始める前に、次を書き出してください。
なぜ譲渡するのか。後継者がいない、体力の問題、事業の将来性。
譲れない条件は何か。雇用、価格、社名、引き継ぎ期間。1つか2つに絞る。
やめる基準は何か。「この条件を満たさなければ進めない」という線。
これを紙に書いて、迷ったときに読み返してください。
その場の感情ではなく、最初に決めた基準で判断する。これが、後悔を減らす方法です。
やめた後、再開できるか
できます。ただし、条件があります。
仲介契約のテール条項を確認してください。契約終了後、一定期間内にその会社が紹介した相手と成約した場合、報酬が発生する定めです。
中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月)は、テール期間を最長でも2年〜3年以内を目安とし、対象を実際に紹介した相手先に限定することを求めています。
また、一度断った相手に再度打診する場合、経緯の説明が必要です。
やめること自体は、何も悪いことではありません。ただし、やめ方が次に影響します。丁寧に終えてください。