「先代からの付き合いで、契約書は交わしていません」——中小企業の譲渡では、よく伺うお話です。信頼関係で長年続いてきた取引には、それ自体の価値があります。ただ、譲り受ける側から見ると、書面のない取引は条件も期間も確認できないものになります。本稿では、契約書がないことがM&Aの局面で何を引き起こすのか、どの取引から書面化すべきか、そして今から締結することに意味があるのかを整理します。

書面がないと、何が確認できないのか

買い手が取引の書面を見るのは、形式を確かめるためではありません。次のような、事業の前提に関わる情報を得るためです。

  • 取引がいつまで続くのか(期間の定め、更新の仕組み)
  • 価格がどう決まり、どう改定されるのか
  • どんな場合に打ち切られるのか(解約の条項)
  • 不具合が生じたときに、どこまで責任を負うのか
  • 支配権が変わったときに影響があるか

書面がなければ、これらはすべて「分からない」になります。分からないことはリスクとして扱われ、将来の収益の見積りが保守的になります。

とくに影響が大きいのが、最後の項目です。株式譲渡では会社が契約当事者のまま変わらないため、契約は原則として継続します。しかし書面がない場合、そもそも何が継続するのかを示せません。継続性を示す資料としての契約書の役割は、思われている以上に大きいのです。

どの取引から書面化するか

すべての取引先と契約書を交わすのは現実的ではありません。優先順位は、金額と代替の難しさで決めます。

第一に、売上上位の取引先。売上の大きな部分を占める先との書面がないと、収益の継続性の説明が弱くなります。取引先の集中度が高い会社ほど、この優先度は上がります(特定取引先への依存)。

第二に、代替が難しい仕入先・外注先。供給が止まると事業が止まる相手との取引条件は、書面で確認できる状態にしておきたいところです。

第三に、継続的・反復的な取引。スポットの取引より、毎月発生している取引のほうが、将来の見積りに直結します。

逆に、少額で一回限りの取引まで整備する必要はありません。限られた時間と労力をどこに使うかの判断が重要です。

今から締結しても意味はあるのか

「何十年も書面なしでやってきて、今さら契約書を出したら相手に不審に思われないか」というご心配をいただきます。二つの点でお答えしています。

ひとつは、締結時期が直近であっても意味はあるということです。買い手が知りたいのは取引条件であり、それが明文化されていること自体が情報になります。長年の実績は取引の履歴で示せますので、契約書と履歴の両方で継続性を説明できます。

もうひとつは、書面化の申し入れ自体は不自然ではないということです。取引条件の明確化、コンプライアンスの観点からの整備、担当者が代わっても条件が分かるようにする——いずれも通常の経営判断として説明できます。M&Aに触れる必要はありません(秘密保持の重要性)。

ただし、相手方が条件の見直しを求めてくる可能性はあります。現状の条件が自社に有利な場合は、その点も考慮して進め方を判断してください。

契約書に入れておきたい基本的な項目

取引基本契約に一般的に含まれる項目を挙げます。実際の条項は取引の内容によって異なりますので、作成にあたっては弁護士など専門家にご確認ください。

  • 取引の対象、個別契約の成立方法(注文書・注文請書の扱い)
  • 価格と支払条件、価格改定の手続き
  • 納入・検収の方法、所有権と危険負担の移転時期
  • 契約不適合があった場合の責任の範囲と期間
  • 秘密保持、知的財産の帰属
  • 契約期間、更新、解除の事由
  • 反社会的勢力の排除に関する条項

最後の項目は、近年ほぼ必須とされています。買い手側のコンプライアンス基準で確認されることが多く、入っていない契約は指摘の対象になります。

また、自社が不利な条項を含む契約を結んでしまうと、それが評価に響くこともあります。書面化を急ぐあまり相手方の雛形をそのまま受け入れる、という進め方は避けたいところです。

契約書以外で継続性を示す材料

相手方の事情で書面化が難しい取引もあります。その場合は、別の材料で継続性を説明します。

  • 取引先別・月別の売上推移(3〜5期分)
  • 取引開始からの年数、取引が途切れた期間の有無
  • 発注書・注文請書の綴り、見積書と受注の対応関係
  • 先方の担当者・決裁者の体制と、自社側の窓口
  • 品質評価や表彰など、関係の質を示すもの

これらを揃えれば、契約書がなくても「実態として継続している取引」であることは示せます。受注残や継続契約の考え方は「受注残と継続契約は価値になるか」でも扱っています。

重要なのは、書面がないことを黙っておくのではなく、代わりの材料を用意して説明することです。

契約の整備は守りの準備|まとめ

契約書を整えたから価格が上がる、という単純な関係ではありません。しかし、書面がないことによる不確実性が減れば、その分の割引はなくなります。守りの準備として、着実に効く項目です。

加えて、契約の整備は会社の日常にも効きます。担当者が代わっても条件が分かる、トラブルが起きたときの拠りどころがある。これは売却の有無にかかわらず価値があることです。

当社では、売上構成をお伺いしたうえで、どの取引先から着手すべきかの優先順位づけをお手伝いしています。相談料・着手金・月額報酬は0円ですので、検討の初期段階でもご相談ください。契約書の内容そのものについては、弁護士など専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.売れないということはありません。取引先別の売上推移や発注書の綴りなど、実態としての継続性を示す材料があれば説明はできます。ただし、書面があるほうが条件が明確になり、買い手の見積りが保守的になりにくくなります。
A.評価されます。買い手が知りたいのは取引条件であり、明文化されていること自体が情報になります。長年の実績は取引の履歴で示せますので、契約書と履歴を組み合わせて継続性を説明できます。
A.業界団体の雛形などもありますが、取引の内容によって必要な条項は異なります。自社に不利な条項を含んだまま締結すると評価に影響することもあるため、弁護士など専門家にご確認のうえ作成されることをおすすめします。

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相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意時の中間金と成功報酬については料金体系をご覧ください。売上構成から優先順位をご提案します。
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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら