「どの商品が儲かっているのか分からない」——買収した会社でよく聞く言葉です。決算書の売上総利益は分かっても、製品別・案件別・取引先別の採算が見えない状態では、値決めも、受注の選別も、撤退の判断もできません。本稿では、買収後に原価計算をどう作り直すかを、集計単位の設計から現場での運用までの順序で解説します。会計・税務上の処理方法は顧問税理士にご確認ください。
中小企業の原価計算に起きていること
原価計算が機能していない会社には、いくつかの共通した状態があります。
ひとつは、決算のためだけに存在している状態です。期末に棚卸資産を評価するために原価を計算しているだけで、月次では使われていません。この場合、計算の粒度は決算に必要な最小限にとどまり、製品別の採算は出てきません。
ふたつめは、配賦のルールが古いままの状態です。かつて設定した配賦基準が、設備の入替えや生産品目の変化を経ても見直されていない。結果として、実際には手間のかかっていない製品に多くの間接費が乗り、逆もまた起きています。
みっつめは、経営者の感覚が原価計算を代替している状態です。「この仕事はこのくらいの利益が出る」という長年の勘が、実際によく当たっている会社もあります。しかし譲渡によってその感覚が失われると、依るべき数字がありません。
買収後に原価計算を作り直す目的は、精緻な理論値を得ることではなく、前経営者の頭の中にあった採算感覚を、誰でも使える形に置き換えることにあります。この目的を見失うと、過剰に複雑な仕組みを作って使われずに終わります。
何を単位に採算を見るかを決める
最初に決めるのは、どの単位で利益を見たいかです。これが決まらないまま計算の仕組みを作ると、出てきた数字が意思決定に使えません。
- 製品・品目別——製造業で、品目ごとの採算を見たい場合
- 案件・工事別——受注生産や工事業で、個別の採算を見たい場合
- 顧客・取引先別——特定の取引先との採算を確認したい場合
- ライン・工程別——設備や工程ごとの効率を見たい場合
- 拠点・店舗別——複数拠点がある場合
複数の切り口を同時に実現しようとすると、集計の負荷が跳ね上がります。まずひとつに絞ることをおすすめします。経営判断として最も頻度が高いのは何か——値決めなのか、受注の選別なのか、設備投資なのか——から逆算して決めてください。
単位が決まったら、現在の会計システムや販売管理システムで、その単位の集計ができるかを確認します。できない場合、システムの設定変更で対応できるのか、当面は表計算で補うのかを判断します。システム統合を急がない方針であっても、集計の単位だけは早めに整える価値があります。
材料費・労務費・経費をどう捉えるか
原価は、直接的に把握できるものと、配賦によって割り当てるものに分かれます。実務では、直接把握できる範囲を広げることが精度向上の近道です。
材料費。製品ごとの使用量を把握できているかが出発点です。標準的な使用量(部品表)が整備されていない会社では、まずその作成から始めます。実際の使用量との差が、歩留まりやロスの実態を示します。在庫の記録が正確であることが前提になりますので、実地棚卸と入出庫の記録整備が土台です。
労務費。作業時間を製品や案件に紐づけられるかがポイントです。日報や作業実績の記録がなければ、把握できません。導入にあたっては、記録が現場の負担にならない粒度を選ぶことが重要です。分単位の記録を求めても続かないため、午前・午後の区分や、案件ごとの概算時間から始めるほうが定着します。
経費。電力、消耗品、減価償却費、外注費などです。このうち外注費は、案件に直接紐づけられることが多いため、直接費として扱えるか確認します。一方、設備の減価償却費や工場の共通経費は配賦が必要になります。
配賦基準の見直し|実態に合わせる
配賦とは、直接紐づけられない費用を一定の基準で割り当てることです。基準の選び方によって、製品ごとの原価は大きく変わります。
よく使われる基準には、直接作業時間、機械稼働時間、直接材料費、生産数量、売上高などがあります。どれが適切かは、その費用が何によって発生しているかで決まります。設備の減価償却費であれば機械稼働時間、現場管理者の人件費であれば作業時間、といった対応です。
中小企業でありがちなのは、すべての間接費を売上高や生産数量で一律に配賦しているケースです。この方法は簡単ですが、手間のかかる少量品の原価が過小に、量産品の原価が過大に出る傾向があります。結果として、実は赤字の小口受注を続けてしまうことになります。
見直しにあたっては、金額の大きい費用から手をつけます。すべてを精緻化する必要はなく、影響の大きいものだけ基準を改めれば、採算の見え方は大きく変わります。全体の8割を占める2割の費用に集中するのが実務的です。
なお、財務会計上の棚卸資産の評価方法を変更する場合は、会計・税務上の手続きが必要になることがあります。管理会計として内部で使う数字と、財務会計上の数字を分けて考え、処理方法は税理士にご確認ください。
差異を見て、原因を追う
原価計算の価値は、計算した数字そのものより、見込みと実績の差を追うことにあります。案件ごとに、見積時に想定した原価と、実際にかかった原価を並べる仕組みを作ってください。
差異が出たとき、原因は次のいずれかに分類できます。材料の使用量が想定より多かった(数量差異)、材料の単価が上がった(価格差異)、作業時間がかかった(作業時間の差異)、追加の外注が発生した、手直しや不良が生じた。分類することで、次の見積りに反映できる情報になります。
この仕組みは、値決めの根拠にもなります。原材料費や労務費の上昇を取引先に説明する際、実績の裏づけがあるかどうかで交渉の説得力は変わります。価格転嫁の協議を行う局面では、数字を示せることが前提になります。
また、差異の分析は現場の改善にもつながります。特定の製品や工程で恒常的に差異が出ているなら、そこに改善の余地があるということです。管理のための数字ではなく、現場の仕事を良くするための数字として使えると、協力が得られます。
現場が使える形に落とし込む
最後に、作った仕組みを定着させるための注意点を挙げます。
入力の負担を最小にする。原価計算の精度は、現場からの情報の質に依存します。しかし、記録の負担が重ければ必ず形骸化します。既存の帳票や作業記録を流用できないか、システムから自動で取得できないかを先に検討してください。
結果を現場に返す。数字を集めるだけで何も返ってこなければ、協力は続きません。月次で案件別・製品別の採算を現場と共有し、良かった点と課題を一緒に見る場をつくってください。定例会議の設計は「定例会議の設計」を参考にしてください。
完璧を目指さない。初年度は、主要な製品や案件だけを対象にする、配賦は簡便な方法で始める、といった割り切りが必要です。使われない精緻な仕組みより、荒くても毎月出てくる数字のほうが価値があります。
前経営者の知見を借りる。関与期間があるうちに、どの仕事が儲かり、どこにコストがかかるのかを聞き取っておくと、計算結果の妥当性を検証する物差しになります。計算した原価が経験と大きくずれる場合、どちらかに理由があります。関与期間の設計は「旧経営者の関与期間」をご覧ください。