会社を譲渡した後、前の経営者はどのくらいの期間、どのような形で会社に関わるのか。この設計は、承継の成否を左右する重要な論点でありながら、価格の交渉の陰で後回しにされがちです。関与の期間が短すぎれば引き継ぎが終わらず、長すぎれば新しい体制が立ち上がりません。本稿では、関与期間の決め方と、顧問契約に何を定めるかを実務に即して整理します。PMI全体の考え方は「PMIとは何か」をご覧ください。
関与期間は「何を引き継ぐか」から逆算する
期間を先に決めてしまうと、必ず過不足が生じます。まず引き継ぐべき内容を洗い出し、そこから必要な期間を逆算してください。典型的な引き継ぎ項目は次のとおりです。
- 取引先との関係——主要顧客・仕入先への紹介と同行。相手の担当者と新体制がつながるまで
- 技術・ノウハウ——製造工程、見積の考え方、品質判断の基準など、文書化されていない知見
- 従業員との関係——キーパーソンの紹介、個々の事情の共有、新体制への橋渡し
- 金融機関との関係——取引経緯の説明、担当者への紹介、経営者保証の解除に関する調整
- 地域・業界との関係——組合、業界団体、地域の付き合い
- 過去の経緯——契約の背景、係争の履歴、特殊な取り決めの理由
これらを一覧にし、それぞれ「誰に引き継ぐか」「どうすれば完了と言えるか」を書き込みます。季節性のある業務(繁忙期、決算、更新時期のある契約)は、一巡させる必要があるため、最低でも一年を要することが多いでしょう。
期間の目安と、延長・短縮の考え方
実務では、半年から二年程度の範囲で設定されることが多く見られます。判断の材料を整理します。
| 短めでよい場合 | 長めが必要な場合 |
|---|---|
| 後継の経営幹部が社内に育っている | 経営を担える人材が社内におらず、買い手が派遣する |
| 取引が組織対組織で行われている | 取引が経営者個人の関係で成り立っている |
| 業務が標準化・文書化されている | 判断や技術が経営者に集中している |
| 買い手が同業で、事業内容を理解している | 買い手が異業種からの参入である |
| 買い手が常駐できる | 遠隔地で、買い手が頻繁に訪問できない |
実務上お勧めしたいのは、まず一年程度で設定し、延長・短縮を協議できる条項を入れておく方法です。引き継ぎの進み具合は、始めてみないと分かりません。半年経った時点で双方が状況を確認し、必要なら延長する——この柔軟性があると、双方が納得しやすくなります。
なお、譲渡対価の一部を将来の業績に連動させる仕組み(アーンアウト)を用いる場合は、関与期間との整合を取る必要があります(「アーンアウト条項とは」参照)。
役職と権限をどう整理するか
関与の形には、いくつかの選択肢があります。それぞれの特徴を整理します。
- 顧問——最も一般的。業務執行の権限を持たず、助言と引き継ぎに専念する。委任契約または業務委託契約で定める
- 非常勤の取締役——取締役会での議決権を持つ。一定の関与を続けたい場合や、対外的な信用の維持が必要な場合に選ばれる
- 代表取締役の続投——許認可や金融機関との関係で必要な場合を除き、新体制への移行を妨げるため、期間を限るのが一般的
- 従業員としての雇用——技術者としての関与を継続する場合など。労働法上の扱いが変わる点に注意
いずれを選ぶにせよ、決めておくべきは権限の範囲です。とくに次の三点を明確にしてください。
- 従業員に対して直接の業務指示を行うか、行わないか
- 取引先に対して、会社を代表して条件を約束できるか
- 支出・契約の決裁権を持つか
現場から見れば、長年の経営者の言葉は指示に聞こえます。権限の整理は、旧経営者のためではなく、従業員が混乱しないために必要です。会議での位置づけについては「定例会議の設計|旧経営陣との情報共有」をあわせてご覧ください。
顧問契約に定めておきたい事項
顧問契約は、書面で明確に定めておくことをお勧めします。含めたい事項は次のとおりです。
| 項目 | 定める内容 |
|---|---|
| 業務の内容 | 取引先への同行、技術指導、月次会議への出席など、具体的に列挙する |
| 稼働の頻度 | 週何日、月何回など。出社の要否と場所 |
| 期間 | 開始日と終了日。延長・短縮の協議の方法 |
| 報酬 | 金額、支払時期、支払方法。実費の扱い |
| 権限 | 業務指示の可否、決裁権の有無、対外的な代表権の有無 |
| 秘密保持 | 在任中および終了後の取り扱い |
| 解除 | いずれかの申し出により終了できる条件と予告期間 |
| 設備の利用 | 執務スペース、社用車、PC、メールアドレスの扱い |
とくに業務の内容と稼働の頻度は、具体的に書いておくべきです。ここが曖昧だと、「やることがない」「思っていたより拘束される」という不満が双方に生じます。四半期ごとに引き継ぎ項目の進捗を確認する運用を、契約に盛り込んでおくのも有効です。
報酬の考え方と、競業避止義務との関係
顧問報酬の水準は、稼働の頻度と業務の内容によって決まります。案件ごとの事情が大きいため一律の目安はありませんが、考え方の軸を挙げます。
- 稼働に見合った水準にする——譲渡対価の補填として報酬を設定すると、税務上の取り扱いや実態との整合で問題が生じ得ます
- 業務の実態を記録する——訪問先、面談内容、指導事項などを簡単に記録しておくと、実態を説明できます
- 税務上の取り扱いを確認する——役員としての関与か業務委託かで扱いが異なります。顧問税理士にご確認ください
あわせて整理が必要なのが、競業避止義務との関係です。譲渡契約には、売り手が一定期間、同種の事業を行わない旨の条項が置かれるのが通例です。顧問として関与している期間は当然にこの制約下にありますが、関与が終わった後の扱いを確認しておく必要があります。
- 競業避止の期間は、顧問契約の期間とは別に定められているか
- 禁止される行為の範囲(地域、事業内容、従業員の勧誘)はどこまでか
- 関与終了後に別の事業を始める予定がある場合、抵触しないか
これらは譲渡契約の交渉段階で確認すべき事項です。成立後に問題が顕在化することを避けるため、ご自身の今後の予定を早めに仲介者に伝えておくことをお勧めします。
関与を終えるときの引き継ぎ
関与の終了も、設計しておくべき工程です。何もしないまま契約期間が満了すると、引き継ぎ漏れが後から表面化します。
- 引き継ぎ項目の最終確認——当初作成した一覧に照らし、未了のものがないかを確認する
- 取引先への挨拶——退任を伝え、今後の窓口を改めて明示する。ここを省くと、取引先が「連絡がつかない」状態になります
- 従業員への説明——退任の時期と理由を、本人の言葉で伝える。突然いなくなる形は不安を残します
- アクセス権の整理——社内システム、メールアドレス、入退室の権限を停止する
- 私物と会社資産の整理——社用車、PC、携帯電話、鍵、印章の返却
- 残る関係の確認——不動産の賃貸借、経営者保証の解除状況、株式や貸付金の残高など
とくに経営者保証の解除は、関与の終了までに片づけておきたい事項です。金融庁の公表によれば、経営者保証に依存しない融資の割合は2024年度上期で52%とされており、解除の環境は整いつつあります。譲渡契約で解除の手当てがされている場合も、実際に解除されたことを書面で確認してください。
当社は、譲渡後の関与のあり方も含めて、承継の条件をご一緒に設計しています。引き継ぎ期間や顧問契約について不安がある方も、お気軽にご相談ください。なお、契約や税務の具体的な取り扱いについては、弁護士・税理士などの専門家にご確認ください。
よくあるご質問
Free Consultation
譲渡後の関わり方も、条件として設計できます。
引き継ぎ期間や関与の形についても、ご検討の段階から無料でご相談いただけます。守秘義務を徹底し、ご決断を急がせることはありません。
メール(info@platinumpartners.jp)でも承ります。