M&Aの後、全社説明会だけで組織の状態を把握することはできません。その場で手を挙げる人はほとんどおらず、本当の懸念は個別の場でしか出てこないためです。とりわけ事業の要となる人材との個別面談は、統合の初期に最も多くの情報が得られる場であり、同時に最もやり方を誤りやすい場でもあります。本稿では、面談の時期、担当者、質問の組み立て、面談後の対応までを整理します。従業員の定着については「M&A後に従業員が辞めないために」もご参照ください。
誰をキーマンと考えるか
キーマンというと、役職の高い人を思い浮かべがちですが、実務では役職と重要度が一致しないことが多くあります。面談の対象を選ぶときは、その人が抜けたときに何が止まるかという観点で考えてください。
- 取引先との窓口——長年の担当で、相手方が個人を信頼している
- 技術・技能の中核——製造や施工の判断がその人の経験に依存している
- 業務の要——受注から納品までの段取りを一人で回している
- 情報の結節点——役職はなくても、社内の相談が集まる
- 管理系の単独担当——経理や総務を一人で担ってきた
最後の二つは見落とされやすい類型です。特に経理を一人で担ってきた方は、月次の締め、支払、金融機関との連絡、給与計算のすべてを把握していることがあり、離職の影響が極めて大きくなります。
対象者の特定は、デューデリジェンスの段階で前経営者からの聞き取りを通じて進めておくのが効率的です。組織図では分からないため、必ず言葉で確認してください。
面談の時期と、誰が行うか
面談の時期は、全社への開示から1週間以内を目安にしてください。時間が空くほど、本人の中で不安が固まり、他社への相談が始まります。同時に、開示の当日に行うのも早すぎます。情報を受け止める時間が必要です。
担当者は、原則として買い手側の経営者または統合責任者です。人事担当者だけが面談すると、「手続き上の確認」という色が強くなり、率直な話が出にくくなります。加えて、本人にとっては新しい経営陣が自分に時間を割いたという事実自体が意味を持ちます。
同席者は最小限にしてください。二対一の構図は圧迫感を生みます。記録は必要ですが、その場で細かくメモを取り続けると本人は話しにくくなります。要点だけを控え、詳細は面談後にまとめるのが実務的です。
場所も配慮の余地があります。社長室に呼び出す形は、内容にかかわらず緊張を高めます。会議室や、場合によっては社外の落ち着いた場所を選ぶほうが、話が出やすくなります。
何を聞くか|三つの順序
面談の構成は、聞く順序が重要です。実務では次の順が落ち着きます。
第一に、本人の仕事の話を聞く。担当している業務、日々の判断、困っていること。ここから始めると、本人は答えやすく、同時に買い手にとっては業務の実態を知る貴重な情報が得られます。いきなり「残ってほしい」と切り出すより、はるかに多くのことが分かります。
第二に、会社について聞く。この会社の強みは何か、改善すべき点は何か、これまで言っても変わらなかったことは何か。三つ目の質問は特に有効です。長年抱えてきた問題意識が出てきますし、買い手にとっては早期に手を付けられる課題が見つかります。
第三に、本人の今後について聞く。不安に感じていること、これからやってみたいこと。この段階まで来ると、処遇に関する懸念も率直に語られます。
逆に、初回の面談で聞くべきでないこともあります。他の従業員の評価、前経営者への不満、社内の人間関係の詮索。これらは本人を難しい立場に置き、後で「誰が何を言ったか」という問題を生みます。
面談でしてはいけないこと
面談は信頼を作る場である一方、進め方を誤ると逆の効果を生みます。実務で問題になりやすい点を挙げます。
- その場で処遇を約束する——制度全体の整理前に個別の約束をすると、後で矛盾が生じます
- 他の従業員と比較する——「あなたは特別だ」という言い方は、伝わった先で不公平感を生みます
- 前経営者のやり方を否定する——本人が長年従ってきた方針を否定されることになります
- 買い手の方針を一方的に説明して終える——面談ではなく説明会になってしまいます
- 聞いたことを本人の同意なく共有する——一度でも起きると、以後は誰も話しません
最初の項目については補足が必要です。本人から処遇について尋ねられた場合、曖昧に濁すのではなく「現時点で決まっていること」と「これから決めること、その時期」を分けて答えてください。約束はできなくても、見通しを示すことはできます。
また、引き留めを目的にした特別な処遇(リテンションのための手当など)を検討する場合は、制度としての設計と、他の従業員への影響を併せて考える必要があります。個別交渉として進めると、後の人事制度の統合が難しくなります。
面談で得た情報をどう扱うか
面談の価値は、その場で終わらせないことにあります。得られた情報は、次の三つに仕分けて扱ってください。
| 仕分け | 扱い |
|---|---|
| すぐ対応できる要望 | 期日を決めて実行し、実行したことを本人に伝える |
| 統合計画に組み込むべき課題 | タスクとして計画に追加し、進捗を共有する |
| 今は対応できないこと | 対応できない理由と、いつ再検討するかを伝える |
最も効果があるのは一つ目です。長年放置されてきた小さな不便——備品の不足、書式の煩雑さ、設備の不具合——のうち一つでも早期に解決すると、「今度の経営陣は言えば動く」という認識が広がります。この認識は、その後のあらゆる統合施策の受け入れやすさに影響します。
三つ目を省略しないことも大切です。要望が何も返ってこないと、本人は「聞かれただけだった」と感じます。対応できない場合でも、理由を添えて返すことが、次の率直な発言につながります。
面談は一度で終わらせない
初回の面談で、すべてが語られることはありません。本人も相手を見極めている段階であり、当たり障りのない話に終始することも珍しくありません。面談は継続して行う前提で設計してください。
実務では、初回から1〜2か月後に二回目、その後は四半期ごとといった形が扱いやすいでしょう。二回目で初めて本題が出てくることは、非常によくあります。初回に出なかったからといって、問題がないわけではありません。
継続の過程で確認したいのは、前回話したことがどう変化したかです。不安が薄れているか、新しい懸念が生じていないか、統合の施策をどう受け止めているか。この定点観測が、組織の状態を測る最も確実な手段になります。士気の測り方は「現場の士気をどう測るか」でも扱っています。
なお、売り手の立場からも、譲渡の前にキーマンとなる方々の状況を把握しておくことには意味があります。誰が要となっているかを整理し、引き継ぎの計画に反映しておけば、譲渡後の混乱を小さくできます。