従業員への説明と並んで重要なのが、取引先への対応です。相手によって関心事が違い、伝える順番も変わります。実務の型を整理します。
相手によって関心事が違う
取引先を一括りにしないでください。立場によって心配することが違います。
販売先(お客様)。品質は保たれるか。担当者は変わるか。価格は上がらないか。
仕入先。取引は続くか。支払いは滞らないか。買い手が既存の仕入先に切り替えないか。
外注先・協力会社。発注量は維持されるか。単価は据え置かれるか。
それぞれに合わせた説明を用意してください。同じ文面を配るだけでは、肝心のところが伝わりません。
順番を決める
全社に同時に伝えることはできません。順番が必要です。
基本は、売上・仕入の大きい順、そして関係が深い順です。売上の上位数社、主要な仕入先、長年の協力会社。ここは個別に訪問します。
それ以外は、書面での通知で構いません。
大事なのは、重要な取引先が人づてに知る事態を避けることです。「他社から聞いた」という状況になると、それだけで関係に傷がつきます。タイミングを詰めて、短期間で回りきってください。
誰と行くか
原則は、前経営者と買い手が一緒に行くことです。
前経営者だけでは、相手は買い手を知らないままになります。買い手だけでは、「乗っ取られた」という印象になりかねません。
二人で行き、前経営者が経緯を説明し、買い手が今後を話す。この形がもっとも受け入れられます。
ここで買い手側が意識すべきは、前経営者を立てることです。取引先にとって、信頼の対象は前経営者です。その人が「この会社に任せる」と言うことに意味があります。
何を言い、何を言わないか
伝えるのは、取引が継続すること、窓口が誰になるか、条件は当面変わらないことです。
言わないのは、譲渡価格と買い手の詳細な経営戦略です。聞かれても、価格は答える必要がありません。
譲渡の理由は、簡潔に伝えます。「後継者の問題で、事業を続けるために」で十分です。
そして、条件について確約できないことは言わない。「これまでどおりで」と言った半年後に単価を見直せば、その時点で信頼は失われます。
条件の見直しを求められたら
譲渡をきっかけに、取引条件の見直しを申し入れられることがあります。
販売先から「この機会に単価を」、仕入先から「支払いサイトを短く」といった形です。
相手にも相応の理由があります。与信の判断が変わった、今なら通ると考えた、どちらもあり得ます。
対応としては、即答しないこと。「持ち帰って検討します」で構いません。そして、その場の勢いで譲らないこと。一社に譲ると、他社にも伝わります。買い手の側で、対応の方針を先に決めておいてください。
与信を見られていることを忘れない
取引先の関心には、もう一つの側面があります。与信です。
相手の経理部門や与信管理の担当者は、資本構成が変わったことを信用情報として扱います.調査会社から照会が入ることもあります。
したがって、買い手の概要を、与信の判断材料として出せる形で用意してください。商号、資本金、事業内容、従業員規模。決算内容を開示するかは買い手の判断ですが、「どういう会社に引き継がれたか」が分かる資料があると、相手の社内手続きが進みます。
逆に情報が出てこないと、取引限度額を下げられることがあります。仕入で与信枠を使っている会社では、これが資金繰りに直結します。
契約書の条項を事前に確認する
実務上、必ず行うべき確認です。
取引基本契約書に、株主や経営者の変更に関する条項が入っていることがあります。事前の承諾を要する、通知を要する、あるいは解除事由とされている場合もあります。
これはデューデリジェンスで洗い出す対象ですが、売り手側でも事前に確認しておいてください。重要な取引先の契約に解除条項があれば、買い手の評価が変わります。
条項がある場合、いつ、どういう形で承諾を得るかを設計します。クロージング前の承諾取得が条件になることもあります。
同業の買い手の場合
買い手が同業の場合、取引先の反応が変わることがあります。
販売先が競合関係になるケースです。自社の情報が競合に渡ることを嫌い、取引を細らせることがあります。
仕入先が買い手の既存取引先と重なるケースもあります。買い手が仕入を集約すれば、従来の仕入先は取引を失います。
これらは買収前に想定できることです。主要取引先と買い手の関係を、事前に整理してください。売上の何割がそのリスクにさらされるのかを把握したうえで判断すべき論点です。
挨拶は一度で終わらない
最後に。発表時の挨拶で終わりにしないでください。
取引先が本当に評価するのは、その後の数か月の実際です。納期は守られているか。品質は落ちていないか。連絡は取りやすいか。
体制が変わった直後は、細かいミスが出やすい時期です。ここでの対応が、その後の関係を決めます。
3か月後、半年後に改めて訪問し、「何かご不便はありませんか」と聞いてください。言葉より、続けていることが信頼になります。