M&Aの検討で、経営者様が最初に署名する契約書が秘密保持契約(NDA:Non-Disclosure Agreement)です。仲介会社との間で結ぶものと、関心を示した買い手候補との間で結ぶものがあり、いずれも「これから開示する情報を、どこまで・いつまで・どのように守るか」を取り決めるものです。分量は数ページと短く、つい流し読みで署名してしまいがちですが、その後に開示する情報の重みを考えれば、ここでの確認は決して省略できません。本稿では、売り手の立場でNDAのどこを見るべきかを、条項ごとに整理します。なお、契約書の具体的な内容や修正の要否については、必ず弁護士にご確認ください。
NDAはいつ・誰と結ぶのか
売り手がNDAを結ぶ場面は、大きく二つあります。一つは、M&A仲介会社やアドバイザーに相談を始める段階です。決算書や株主構成、取引先の状況といった情報を渡す前に、仲介会社との間で秘密保持を確認します。もう一つは、社名を伏せた匿名資料(ノンネームシート)を見て関心を示した買い手候補に、企業概要書(IM)など社名入りの詳細情報を開示する段階です。
この二段構えになっているのは、M&Aの情報が「誰に渡ったか」で被害の大きさが変わるためです。仲介会社は職業上の守秘義務を負って多数の案件を扱いますが、買い手候補は同業者や取引先である場合もあり、情報が競争上の材料になり得ます。したがって、買い手候補と結ぶNDAは、仲介会社と結ぶものよりも慎重に条件を詰めるのが通例です。匿名資料と企業概要書の役割分担については「ノンネームシートと企業概要書(IM)の違い」もあわせてご覧ください。
売り手がまず確認したい5つの基本条項
NDAの構成は会社によって多少違いますが、確認すべき骨格は共通しています。
| 条項 | 売り手が見るポイント |
|---|---|
| 秘密情報の定義 | 書面だけでなく口頭・電子データで伝えた内容も含まれるか。「本件M&Aの検討を行っている事実」そのものが秘密情報に含まれているか |
| 目的の限定 | 「本件取引の検討及び実行のため」といった形で、使ってよい目的が具体的に限定されているか |
| 開示できる相手の範囲 | 相手方社内の誰まで、外部の弁護士・会計士等にどこまで見せてよいか。再開示先にも同等の義務を負わせる建て付けか |
| 有効期間 | 契約期間と、交渉が終了した後も義務が続く期間。短すぎないか |
| 返還・破棄 | 交渉打切り時に資料の返還または破棄を求められるか。電子データの取扱いまで書かれているか |
特に見落とされやすいのが、一つ目の「検討している事実自体が秘密情報か」という点です。資料の中身は守られても、「あの会社が売却を検討しているらしい」という事実が漏れれば、従業員の動揺や取引先の警戒を招きます。中小企業のM&Aでは、この一行があるかどうかが実務上とても大きな意味を持ちます。
見落とされやすい条項|目的外使用・引き抜き・残存効
基本条項に加えて、売り手として意識しておきたい規定がいくつかあります。
目的外使用の禁止
「秘密を漏らさない」ことと「受け取った情報を自社のために使わない」ことは別の約束です。開示した顧客リストや原価情報が、交渉決裂後に相手の営業活動に使われては困ります。守秘義務とは別立てで、目的外使用を明確に禁じているかを確認します。
従業員・取引先への接触制限
買い手候補が、交渉の過程で知った従業員に直接接触したり、採用の打診をしたりすることを制限する条項です。あわせて、取引先へ売り手を通さずに接触しない旨を入れておくと安心です。中小企業では特定の技術者や営業担当が事業の要であることも多く、ここは実質的な防御になります。
契約終了後も残る義務(残存条項)
NDAの有効期間が終わっても、守秘義務・目的外使用禁止・返還破棄義務などは一定期間残るのが一般的です。どの条項が、いつまで残るのかを確認します。期間は案件や情報の性質によって異なり、一律の正解はありません。
損害賠償・差止め
違反があった場合の救済について定める条項です。実際に損害額を立証するのは容易ではありませんが、差止請求ができる旨が書かれていることには抑止力があります。この条項の設計は法的な判断を伴いますので、具体的な内容は弁護士にご確認ください。
買い手候補と結ぶNDAで特に気をつけたい点
買い手候補との間で結ぶNDAでは、次の点を意識してください。
- 相手が同業者・取引先の場合、開示できる相手の範囲をより狭く設定できないか
- 相手が法人の場合、グループ会社への共有まで認めるのか、認めるならその範囲を明記できているか
- 買い手が投資ファンド等の場合、出資者や提携先への情報共有がどこまで想定されているか
- 相手方だけが義務を負う片務型か、双方が義務を負う双務型か(通常のM&Aでは買い手も自社の検討情報を出すため双務型が多い)
- 準拠法・管轄裁判所が、争いになったときに不利にならないか
相手から提示されたひな形にそのまま署名する必要はありません。修正の申し入れは通常の商慣行であり、それによって心証を悪くすることはまずありません。仲介会社が間に入っている場合は、修正案の整理と相手方への打診を任せることができます。
NDAを結んでも情報は一度に出さない
ここが実務上、最も大切な考え方です。NDAは万能の盾ではありません。契約に違反されても、漏れてしまった情報は元に戻らないからです。したがって、契約による法的な備えと同時に、そもそも渡す情報を段階的に絞るという運用面の備えが必要になります。
一般的な進め方は、次のような順序です。
- 第一段階:社名や所在地を伏せた匿名資料(業種・地域・規模の概要のみ)
- 第二段階:NDA締結後、社名入りの企業概要書(事業内容・財務概要・譲渡理由)
- 第三段階:トップ面談を経て関心が具体化した相手にのみ、詳細な財務資料
- 第四段階:基本合意後のデューデリジェンスで、契約書・名簿類まで開示
顧客の実名リスト、単価表、レシピや図面といった中核情報は、なるべく後ろの段階まで開示を控える、あるいは加工した形で示すのが定石です。どの情報をいつ出すかの設計は、仲介会社と最初に相談しておくとよいでしょう。デューデリジェンス段階の開示については「デューデリジェンス(DD)とは|調査項目と売り手の準備」で詳しく解説しています。
まとめ|署名前の30分が、その後の1年を守る
秘密保持契約は、M&Aの入口にある短い書面ですが、そこで定めた範囲が、その後半年から1年以上に及ぶ検討期間の情報管理の土台になります。秘密情報の定義に「検討している事実」が入っているか、目的外使用が禁じられているか、従業員への接触が制限されているか、契約終了後も義務が残るか。この4点だけでも確認しておくと、リスクの大半は見通せます。
当社プラチナパートナーズでは、初回のご相談の時点で秘密保持を徹底し、買い手候補への打診も社名を伏せた匿名資料から開始しています。NDAの内容についても、売り手側の立場で確認すべき点をご説明したうえで進めますので、はじめての方もご安心ください。情報管理の全体像は「M&Aの秘密保持」を、当社の支援の流れはM&Aの流れ(サービスのご案内)をご覧ください。