調剤薬局は、制度によって収入の構造が定まる事業です。したがって業界の動向を読むうえで最も重要なのは、公表されている統計と、告示・通知で確定した報酬改定の中身です。本稿では、薬局数や薬剤師数といった基礎的な統計を確認したうえで、2026年6月施行の令和8年度診療報酬改定が薬局経営に何を求めているのかを整理し、事業承継の観点でどこが論点になるのかを順に見ていきます。
薬局数と薬剤師数|数字でみる業界の現在地
厚生労働省「令和6年度衛生行政報告例」によれば、令和6(2024)年度末現在の薬局数は63,203施設で、前年度に比べ375施設(0.6%)増加しています。人口10万人あたりの薬局数は51.1で、都道府県別にみると佐賀県が65.1と最も多く、沖縄県が39.4と最も少なくなっています。全国の薬局数は、減少ではなく緩やかな増加が続いているというのが、統計上の事実です。
薬剤師の側はどうでしょうか。厚生労働省「令和6年医師・歯科医師・薬剤師統計」(令和7年12月23日公表)によると、令和6(2024)年12月31日現在の届出薬剤師数は329,045人で、前回(令和4年)に比べ5,355人(1.7%)増加しました。うち女性は203,979人で、総数の62.0%を占めます。人口10万人あたりの薬剤師数は265.8で、前回から6.7増加しています。
施設数も有資格者数もそろって増えている一方で、報酬の側は後述のとおり「どこに立地し、どのような業務をしているか」で評価を大きく分ける方向に動いています。数が増えている業界で、評価の基準だけが厳しくなる。これが、いま多くの薬局経営者が感じておられる息苦しさの正体だと考えられます。
なお、公表されている統計は施設数・人数といったマクロの数字であり、個々の薬局の収益状況を示すものではありません。地域や処方元との関係によって実態は大きく異なりますので、自社の位置づけは個別に確認する必要があります。
令和8年度診療報酬改定|立地依存からの転換が制度に明記された
令和8年度診療報酬改定は、2026年6月に施行されました。改定率は、厚生労働大臣記者会見(令和7年12月24日)で示されたとおり、診療報酬本体がプラス3.09%(令和8年度・令和9年度の2年度平均。令和8年度はプラス2.41%、令和9年度はプラス3.77%)、薬価等はマイナス0.87%です。
薬局にとって重要なのは、率よりも中身です。厚生労働省保険局医療課「令和8年度診療報酬改定の概要【調剤】」(令和8年3月5日版)によれば、今回の改定では「門前薬局等立地依存減算」が新設され、「地域支援体制加算」は「地域支援・医薬品供給対応体制加算」へ改称されたうえで評価が見直されました。あわせて後発医薬品調剤体制加算は撤廃されています。
この方向性の背景として、同資料は次の事実を挙げています。『患者のための薬局ビジョン』(平成27年10月23日)の策定から約10年が経過したものの、処方箋集中率が95%以上の薬局の割合は2015年の14.0%から2024年には17.3%へ、85%以上の薬局の割合は32.5%から39.3%へと、むしろ増加したという点です。制度が意図した「門前」から「地域」への移行が進まなかったことが、減算という形での対応につながったと読み取れます。
さらに、面分業を促進する観点から一部の調剤基本料は引き上げられる一方、都市部で処方箋受付回数が少なく処方箋集中率が高い新規開設薬局や、薬局過密地域での新規開設については評価が引き下げられました。医療モール関係の薬局についても、同一建物内・同一敷地内にある複数医療機関に係る処方箋集中率の計算方法が見直されています。
個々の薬局にどの区分が適用されるかは、処方箋の受付回数・集中率・グループ店舗数・立地などの条件によって異なります。算定要件と施設基準の詳細は、厚生労働省が発出する告示・通知および所管の地方厚生局にご確認ください。
対人業務への評価シフトと、かかりつけ機能の見直し
令和8年度診療報酬改定のもうひとつの柱は、対人業務の評価です。厚生労働省が示した令和8年度診療報酬改定の基本方針では、具体的方向性のひとつとして「地域の医薬品供給拠点としての薬局に求められる機能に応じた適切な評価、薬局・薬剤師業務の対人業務の充実化」が明記されています。
具体的な見直しとしては、かかりつけ薬剤師指導料およびかかりつけ薬剤師包括管理料が廃止され、代わりに電話等による患者フォローアップ、残薬調整に係る患家訪問、服薬状況等に係る総合的な管理・評価といった実務そのものを評価する仕組みに転換されました。包括的な評価から実績重視の評価への転換、というのが厚生労働省資料の整理です。
在宅医療についても、医師と薬剤師が患家へ同時訪問した場合の評価が新設され、在宅患者訪問薬剤管理指導料の算定間隔が「中6日以上」から「週1回」へ見直されるなど、訪問を前提とした体制が評価される方向が強まりました。在宅薬学総合体制加算は要件が強化されたうえで評価が引き上げられています。
調剤という業務の内側でみれば、薬を取りそろえて渡すこと自体の相対的な比重は下がり、患者の服薬状況を継続的に把握し、必要に応じて処方元へ働きかける業務の比重が上がっています。この変化は、必要な薬剤師の人数と、その薬剤師に求められる経験の質の両方に影響します。
経営環境の変化|人件費・医薬品供給・在宅対応
制度以外の環境変化も、薬局経営に重くのしかかっています。第一に人件費です。令和8年度改定では物価高および賃上げに対応するための評価が新設され、調剤ベースアップ評価料・調剤物価対応料が置かれましたが、これは裏を返せば、賃上げ原資の確保が業界共通の課題であることを制度側が認めているということでもあります。
第二に、医薬品の供給です。「地域支援・医薬品供給対応体制加算」という名称そのものが示すとおり、地域における医薬品提供体制を維持できるかどうかが評価の軸に据えられました。後発医薬品調剤体制加算が撤廃され、その要素が新加算に組み込まれた形になっています。
第三に、在宅対応です。前述のとおり在宅関連の評価は拡充されており、訪問に人員を割ける体制があるかどうかが、収益構造の差になりつつあります。一方で、少人数で運営している薬局にとっては、店舗を開けながら訪問に出るという体制の構築自体が容易ではありません。
これらは、いずれも「規模」と「人員の厚み」がある薬局のほうが対応しやすい変化です。1店舗・薬剤師数名という規模で長く堅実に運営してこられた薬局ほど、制度変更のたびに対応負担が相対的に大きくなる。この構造が、承継を検討するきっかけになっているケースが目立ちます。
事業承継の観点で何が論点になるか
帝国データバンクの2025年の調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%とされています。薬局は薬剤師である開設者が経営者を兼ねていることが多く、後継者を探す母集団がそもそも限られるという事情があります。ご子息が薬剤師でない、あるいは薬剤師であっても別の道を選ばれている、という状況は珍しくありません。
承継を検討する際、まず整理していただきたいのが次の点です。
- 処方元の構成(どの医療機関からの処方箋が何割か)と、その医療機関の継続見込み
- 現在算定している調剤基本料の区分と加算、令和8年度改定後の適用見込み
- 薬剤師の人数・年齢構成・勤続年数と、承継後も在籍する見込み
- 在宅対応の実績(件数・体制)と、その継続可能性
- 薬局の開設許可、保険薬局の指定、賃貸借契約の内容と残存期間
とりわけ処方元の状況は、譲渡を検討するタイミングそのものを左右します。門前の医療機関の医師が高齢であるにもかかわらず後継者が決まっていない場合、その閉院は薬局の売上の大半を失うことを意味します。医療機関側の承継の動きは、こちらから見えにくいものです。だからこそ、処方元の状況が変わる前に選択肢を整理しておくことが重要になります。
許認可の取り扱いは、株式譲渡と事業譲渡で大きく異なります。一般に、株式譲渡では法人が持つ許可・指定がそのまま維持される一方、事業譲渡では譲受側があらためて手続を行うことが前提になります。この違いは許認可事業のM&Aの記事で整理していますので、あわせてご覧ください。
まとめ|制度が動いているうちに選択肢を整理する
調剤薬局業界の現在地を統計で確認すると、薬局数(63,203施設)も薬剤師数(329,045人)も増加傾向にあります。一方で、令和8年度診療報酬改定は立地依存型の薬局に対する減算を新設し、評価の軸を対人業務と地域の医薬品供給体制へ移しました。数が増える市場で、評価の基準が厳しくなる——この二つが同時に起きているのが、いまの調剤薬局です。
こうした局面では、判断を先送りするほど選択肢が狭まります。業界再編の背景と売却の実務は調剤薬局のM&A動向の記事でも整理しています。処方元が健在で、薬剤師が在籍し、加算を算定できている状態であれば、承継の相手を探す余地は十分にあります。反対に、処方箋枚数が細り、薬剤師の補充ができなくなってからでは、打てる手は限られます。
当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、調剤薬局を含む中小企業の事業承継・会社売却をご支援しています。制度の確認と自社の位置づけの整理という初期の作業から、守秘義務を徹底のうえ対応いたします。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。