診療所の承継は、医療という公共性の高い事業であることに加えて、開設者個人の資格と信用に強く依存しているという特徴があります。そのため、一般の中小企業以上に「早めに考えておく」ことの価値が大きい領域です。本稿では、厚生労働省が公表している施設数と医師の年齢構成の統計を確認したうえで、令和8年度診療報酬改定が示した方向性、そして承継の選択肢を整理します。
施設数の推移|増えているのは無床診療所
厚生労働省「令和6(2024)年医療施設(動態)調査」によると、令和6年10月1日現在の全国の医療施設(活動中の施設)は179,645施設で、前年に比べ189施設減少しています。内訳をみると、病院は8,060施設で62施設の減少、一般診療所は105,207施設で313施設の増加、歯科診療所は66,378施設で440施設の減少でした。
一般診療所をさらに分解すると、変化の方向がはっきりします。有床診療所は5,415施設(一般診療所総数の5.1%)で前年に比べ226施設減少し、このうち療養病床を有する一般診療所は431施設で75施設(14.8%)の減少です。一方、無床診療所は99,792施設(同94.9%)で539施設増加しています。
つまり、診療所の総数はわずかに増えているものの、その中身は「有床から無床へ」という置き換えが進んでいるということです。病床を維持することの負担——夜間の人員配置、設備投資、医療安全の体制——が、経営判断として重くなっていることの表れと読めます。
この構造は、承継を考えるうえでも示唆的です。有床診療所は、承継の相手方が病床の運営体制まで引き受けられるかどうかという条件が加わるため、無床診療所に比べて相手を見つけるハードルが上がる傾向があります。
医師の年齢構成|診療所の平均年齢は60.1歳
厚生労働省「令和6年医師・歯科医師・薬剤師統計」(令和7年12月23日公表)によれば、令和6年12月31日現在の届出医師数は347,772人で、前回(令和4年)に比べ4,497人(1.3%)増加しました。医療施設に従事する人口10万人当たりの医師数は全国で267.4となり、前回から5.3増加しています。
承継の観点でとりわけ重要なのは、施設の種別ごとの年齢構成です。同統計によると、診療所に従事する医師は111,699人で、その平均年齢は60.1歳。年齢階級別では「60〜69歳」が31,845人(28.5%)と最も多く、「70歳以上」も26,614人(23.8%)にのぼります。つまり、診療所に従事する医師のおよそ半数が60歳以上ということになります。
これに対して、病院(医育機関附属の病院を除く)に従事する医師の平均年齢は47.9歳、医育機関附属の病院では39.7歳です。診療所と病院で、20歳前後の開きがあります。
この数字は、開業医の多くがすでに承継を考える年齢帯に入っていることを意味します。同時に、承継の相手方となりうる勤務医は病院側に厚く分布しているということでもあり、承継のマッチングそのものは構造的に成立しうる状況にあります。問題は、双方が出会う機会と、条件をすり合わせる時間があるかどうかです。
令和8年度診療報酬改定が示した方向性
令和8年度診療報酬改定は2026年6月に施行されました。改定率は、厚生労働大臣記者会見(令和7年12月24日)で示されたとおり、診療報酬本体がプラス3.09%(令和8年度・令和9年度の2年度平均)、薬価等がマイナス0.87%です。
厚生労働省が公表した令和8年度診療報酬改定の基本方針では、重点課題として「物価や賃金、人手不足等の医療機関等を取りまく環境の変化への対応」が掲げられ、具体的方向性として医療従事者の処遇改善、業務の効率化に資するICT・AI・IoT等の利活用の推進、タスク・シェアリング/タスク・シフティングとチーム医療の推進などが挙げられています。
また、「2040年頃を見据えた医療機関の機能の分化・連携と地域における医療の確保、地域包括ケアシステムの推進」という視点のもとで、かかりつけ医機能の評価、外来医療の機能分化と連携、質の高い在宅医療・訪問看護の確保、人口・医療資源の少ない地域への支援、医師の地域偏在対策の推進などが方向性として示されました。
診療所にとっては、「地域のなかでどの機能を担うのか」を明確にすることが、そのまま収益構造の設計になるという流れです。これは承継の場面でも同じで、その診療所が地域で果たしている役割を説明できるかどうかが、引き継ぐ側の判断材料になります。
診療報酬の算定要件・施設基準の詳細は、厚生労働省の告示・通知および所管の地方厚生局の運用によります。個別の適用については必ず所管窓口および専門家にご確認ください。
経営環境の変化|人件費・物価・医療DX
診療所の費用構造は、人件費と物件費が中心です。令和8年度改定が物価・賃金への対応を重点課題としたこと自体が、この二つの費用が上昇し、多くの医療機関の収支を圧迫している事実を裏づけています。
医療DXも大きな環境変化です。基本方針では「医療DXやICT連携を活用する医療機関・薬局の体制の評価」が繰り返し示されており、電子処方箋の活用なども方向性として挙げられています。これらは中長期的には業務効率の改善につながる一方、導入時には設備投資と運用の習熟という負担が生じます。開設者が高齢である診療所ほど、この投資判断を先送りしやすい傾向があります。
一方で、無床診療所が増え続けているという先の統計は、開業という選択がなお成立していることも示しています。新規に開業する医師にとって、患者基盤と設備、スタッフがそろっている既存の診療所を引き継ぐという選択肢は、ゼロから立ち上げるよりリスクが小さい場合があります。承継が成立しうる土壌は、この点にあります。
承継の選択肢と、それぞれの前提
診療所の承継には、大きく分けて親族内承継、勤務医等への承継、第三者への譲渡という選択肢があります。帝国データバンクの2025年の調査で国内企業の後継者不在率が50.1%とされているとおり、親族内で承継先が見つからないケースは全体として珍しくありません。
第三者への譲渡を検討する場合、開設主体によって進め方が変わります。医療法人であれば出資持分の譲渡と社員・理事の交代をあわせて行う方法が、個人開設であれば事業譲渡と新たな開設手続という流れが基本になります。持分の定めのある医療法人か、持分の定めのない医療法人かによっても取り扱いが異なるため、初期の段階で法人の類型を確認しておくことが欠かせません。
いずれの場合でも、引き継ぐ側が確認するのは次のような点です。
- 患者数・レセプト枚数の推移と、診療圏の人口動態
- 算定している施設基準と、承継後も維持できるかどうか
- 看護師・医療事務など従業員の人数、年齢構成、勤続年数
- 医療機器の導入時期とリース・借入の残高
- 建物の所有形態(自己所有か賃借か)と契約の残存期間
- 電子カルテ・レセプトコンピュータの種類と保守契約
スキームごとの違いについてはクリニック・医療法人のM&Aの記事で詳しく整理しています。また、従業員への伝え方は承継の成否を左右する要素ですので、会社売却を従業員にいつ・どう伝えるかもあわせてご確認ください。
まとめ|外来を続けられているうちに考える
診療所業界の現在地を統計で確認すると、一般診療所は105,207施設と微増しているものの、有床から無床への置き換えが進んでいます。そして、診療所に従事する医師の平均年齢は60.1歳、60歳以上が半数を超えています。承継という論点は、業界全体として先送りできない段階に入っているといえます。
診療所の価値の中心にあるのは、通ってこられる患者の方々と、日々の診療を支えるスタッフです。外来が続いているうちであれば、引き継ぐ相手にとってもその価値は明確です。反対に、体調の問題で診療日を減らし、患者が離れてからでは、伝えられる価値が目減りしてしまいます。
当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、医療機関を含む中小規模の事業承継をご支援しています。開設形態の確認や論点の整理といった初期段階から、守秘義務を徹底のうえ対応いたします。
本稿の記述は執筆時点(2026年9月)の公表資料に基づきます。最新の情報は各所管官庁の公表をご確認ください。