案件情報に赤字と書かれているだけで検討から外す買い手は少なくありません。しかし、赤字にはいくつもの種類があり、なかには手を入れれば黒字に戻るものも、そもそも決算上そう見えているだけのものもあります。逆に、表面上は小さな赤字でも、構造的に立て直しが難しいものもあります。判断を分けるのは、赤字の大きさではなく原因です。本稿では、買い手の立場から赤字会社をどう見極めるかを整理します。売り手側の視点は「赤字企業でも売却できる?買い手が評価する「見えない資産」」をご覧ください。
まず「本当に赤字か」を確かめる
中小企業の決算書は、税務上の都合や経営者個人の事情を反映していることが多く、表面の損益がそのまま事業の実力を表しているとは限りません。次の調整を行ってから判断します。
- 役員報酬——経営者や親族の報酬が事業規模に比して過大でないか。買収後の適正水準に置き換える
- 経営者個人に関わる費用——保険、車両、交際費など、事業に必要でないもの
- 一時的な損失——資産の除却損、災害対応、訴訟費用、特別な退職金など
- 減価償却の状況——償却を見送っている、あるいは過去に集中している
- 親族の在籍——実態のない勤務に対する給与が含まれていないか
これらを調整して黒字になる会社は珍しくありません。詳しくは「実質利益(正常収益力)とは|役員報酬の足し戻しで評価が変わる理由」をご覧ください。
逆に、隠れた赤字もある
表面が黒字でも、必要な支出を先送りしているだけということがあります。修繕や設備更新の見送り、必要な人員の不採用、未払残業の放置、システムの更新停止——これらは買収後に自社が負担することになります。実質的な収益力を見るとは、足し戻すことと差し引くことの両方を行うことです。
赤字の原因を分解する
調整後もなお赤字であれば、原因を分解します。原因によって、手を打てるかどうかが決まります。
| 原因の型 | 典型的な状態 | 買い手からみた見通し |
|---|---|---|
| 一時的な要因 | 大口取引の一時的な喪失、災害、設備の入替期 | 回復の道筋が説明できれば、手を打ちやすい |
| 価格設定 | 長年値上げしておらず、原価上昇を転嫁できていない | 顧客との関係次第。転嫁の余地を確かめる |
| 固定費の過大 | 売上規模に対して人員や拠点が多い | 調整には時間と費用がかかる。雇用への配慮が必要 |
| 管理の不在 | 原価が把握できていない、案件ごとの採算が見えない | 買い手が管理を持ち込める場合、改善余地が大きい |
| 営業力の低下 | 経営者の高齢化で新規開拓が止まっている | 自社の営業体制を投入できるなら打ち手になる |
| 市場の縮小 | 需要そのものが継続的に減っている | 努力では戻らない。転換の絵が必要 |
| 競争力の喪失 | 設備や技術が陳腐化し、追いつくには大きな投資が要る | 投資額と回収の見通しを厳しく試算する |
| 信用の毀損 | 品質問題、法令違反、支払遅延の常態化 | 回復には時間がかかる。取引先の離反が進んでいることも |
上から4つは、買い手が持ち込める打ち手と噛み合いやすい類型です。下の3つは、努力の量ではなく前提が変わっているため、慎重な判断が要ります。
自社の打ち手と噛み合うか
赤字会社の買収で問われるのは、「この赤字は直せるか」ではなく「自社が直せるか」です。同じ会社でも、買い手によって答えが変わります。
噛み合わせを確かめる3つの問い
- 打ち手は具体的か——「営業を強化する」ではなく、誰が、どの顧客に、いつから動くのか
- 実行する人がいるか——本業から人を出せるか。出したあと、本業は回るか
- 効果が出るまで持ちこたえられるか——改善までの期間、赤字を吸収できる資金があるか
時間の見積もりは長めに置く
買収前に描いた改善の計画は、実際には想定より時間がかかることがほとんどです。従業員の理解を得る時間、取引先との調整、システムや管理の整備——これらは思うようには進みません。計画が「すべてうまくいけば」成り立つ水準であれば、前提が厳しすぎます。
資金繰りを最優先で確かめる
赤字会社では、損益より先に資金繰りが問題になります。次を必ず確認してください。
- 直近の資金繰りの実績と、今後数か月の見込み
- 借入の返済条件、条件変更(リスケジュール)の履歴
- 取引先への支払の遅れの有無
- 税金・社会保険料の納付の遅れの有無
- 買収後に必要となる追加の運転資金
税金や社会保険料の滞納は、事業継続に直結する重い論点です。金額と分納の状況、差押えの有無を確認してください。買収後の資金繰りの考え方は「買収後の資金繰り|運転資本と借入の引き継ぎで想定外を防ぐ」をご覧ください。
手を出すべきでない赤字と、進める場合の設計
見送りを検討すべき状態
- 負担の全容が把握できない——簿外の債務や係争の規模に見当がつかない
- 資金繰りが破綻寸前——買収後すぐに大きな資金の投入が必要で、その額が見通せない
- キーマンが既に去っている——事業を回してきた人が抜けた後で、残された仕組みがない
- 市場が縮小し、転換の絵が描けない——需要そのものが戻らない
- 説明と事実が食い違う——業績悪化の理由について、資料と説明が整合しない
- 本業に人を出せない——立て直しには人手が要る。出せないなら計画は成立しない
進める場合の設計
赤字会社を引き受ける場合、通常の案件以上に契約と実行の設計が重要になります。
- スキームの選択——過去の負担を切り離す必要があるなら、事業譲渡や会社分割を検討する
- 調査の重点——資金繰り、簿外の債務、労務、税金・社会保険料の納付状況に厚く配分する
- 価格と支払方法——一括ではなく分割や成果連動を組み合わせ、実行時の負担を抑える
- 投入する資金の枠——買収代金とは別に、立て直しに投じる上限額を先に決めておく
- 撤退の基準——いつまでに何が達成できなければ方針を変えるかを、あらかじめ決める
スキームの比較は「株式譲渡と事業譲渡どちらで買うか」に関する解説を、経営不振の会社を扱う枠組みは「再生型M&Aとは|経営不振でも会社と雇用を残す選択肢」をご覧ください。
繰越欠損金への期待は控えめに
赤字会社の買収では、繰越欠損金の活用に関心が向くことがあります。ただし、組織再編や株主の変更に伴う繰越欠損金の利用については、税法上さまざまな制限が設けられています。制度の適用可否は個別の事情によって判断が分かれますので、必ず税理士にご確認ください。税務上の利点を主たる目的に据えた買収は、事業としての合理性を欠きやすい点にも注意が必要です。
まとめ|直せるかではなく、自社が直せるか
赤字会社の判断は、三つの順序で進みます。第一に、本当に赤字なのかを調整後の数値で確かめる。第二に、赤字の原因を分解し、努力で戻る類型か前提が変わった類型かを見分ける。第三に、自社が持ち込める打ち手と噛み合うか、実行する人と資金があるかを確かめる。
そして、この三つを通過しても、資金繰りに余裕がなく、投じる上限額と撤退の基準を決められないのであれば、見送るのが賢明です。赤字会社の買収は、判断を誤ったときの影響が黒字案件より大きくなります。
一方で、原因が明確で、自社の打ち手と噛み合い、時間を確保できるのであれば、価格面での機会が生まれることもあります。避けるべきは、赤字だから安いという理由だけで進めることです。
当社では、買収をご検討の企業さまのご相談を成功報酬型で承っており、相談料・着手金・月額報酬はいただいておりません。案件の見立てからご一緒します。買い手の方向けの案内は「買収をお考えの方へ」にまとめています。