「節税を頑張ってきたから、決算書の利益はほとんど残っていない。うちの会社は安くしか売れないのでは」——会社売却のご相談で、たびたびいただく心配です。結論からいえば、決算書の利益が小さいことは、そのまま低い評価を意味しません。M&Aの企業価値評価では、決算書の利益をそのまま使うのではなく、役員報酬や保険料などの影響を調整した実質利益(正常収益力)で会社の稼ぐ力を見るからです。本稿では、実質利益の考え方、代表的な調整項目、調整が認められるための条件までを、説明用の計算例とともに解説します。
実質利益(正常収益力)とは|決算書の利益と何が違うのか
実質利益(正常収益力)とは、事業が本来持っている、継続的に期待できる収益力を表すように、決算書上の利益に調整を加えたものです。「実態利益」「調整後利益」「正常化利益」など、呼び方は場面によってさまざまですが、発想は共通しています。
決算書の利益は、会計と税務のルールに従って計算された「事実」ですが、その水準は経営者の方針に大きく左右されています。役員報酬をいくら取るか、どのような保険に入るか、家族を役員にするか——同じ事業を営んでいても、これらの方針次第で営業利益は大きくも小さくもなります。買い手が知りたいのは「前の経営者の方針を反映した利益」ではなく、「自分がこの事業を引き継いだら、どれだけの利益が期待できるか」です。その問いに答えるために、経営者の方針による影響や一時的な損益を取り除く作業が、実質利益の算定です。
実質利益は、企業価値評価のあらゆる場面の土台になります。年買法で上乗せする利益も、マルチプル法で倍率を掛けるEBITDAも、決算書の数字そのままではなく、調整後の数値を使うのが実務の標準です。
なぜ調整が必要なのか|中小企業の決算書の特徴
上場企業の決算書が「投資家に業績を正確に伝える」ことを目的に作られるのに対し、中小企業の決算書は、税務申告を主な目的として作られているのが実情です。そのため、次のような特徴を持ちやすくなります。
- 利益を抑える方向の経理が行われやすい——法人税等の負担を抑えるため、役員報酬・保険・各種経費を活用して利益を圧縮する経営が広く行われています
- 経営者個人と会社の線引きが緩やか——車両・交際費・家賃など、事業と個人の両方に関わる支出が混在しがちです
- 一時的な損益が紛れ込む——資産の売却損益、災害や訴訟に伴う損失、スポットの大口取引など、毎年は発生しない損益が特定の年度の数字を歪めます
これらは違法でも異常でもなく、中小企業経営の現実です。だからこそM&Aの世界には、「決算書の利益と収益力は別物である」という共通理解があり、調整のプロセスが確立されています。売り手にとって重要なのは、この調整の仕組みを知らないまま、決算書の見た目だけで自社の価値を悲観しないことです。
代表的な調整項目|足し戻すもの・差し引くもの
実質利益の算定では、利益に「足し戻す」項目と、逆に「差し引く」項目の両方を検討します。代表的なものを整理します。
| 方向 | 調整項目の例 | 考え方 |
|---|---|---|
| 足し戻し(利益を増やす方向) | 役員報酬のうち標準的な水準を超える部分 | 経営者の裁量で高く設定されていた部分は、事業本来のコストではないとみなす |
| 節税目的の保険料 | 事業の運営に必須ではない支出として調整対象になる | |
| 実際には勤務していない親族への給与など | 売却後は発生しない費用として調整対象になる | |
| 一時的な損失(災害損失・スポットの費用など) | 毎年は発生しないため、平常時の収益力からは除外する | |
| 差し引き(利益を減らす方向) | 後任経営者・後任人員に必要な人件費 | 経営者が担っていた仕事は売却後も誰かが担うため、そのコストを見込む |
| 一時的な利益(資産売却益・スポットの大口取引など) | 継続しない収益は平常時の収益力に含めない | |
| 相場より低く抑えられていた費用の正常化(例:個人所有物件を無償・低額で使用していた場合の適正賃料) | 売却後に発生する実際のコスト水準に引き直す |
ここで見落とされがちなのが「差し引き」の側です。実質利益の議論は「足し戻してもらう交渉」と捉えられがちですが、買い手は同時に、継続しない利益や過小計上されていた費用を差し引く視点で決算書を見ています。調整は双方向で行われて初めて、フェアな収益力の姿になる——この前提を共有しておくと、交渉がすれ違いにくくなります。
説明用の計算例|調整で収益力の見え方はこう変わる
イメージをつかんでいただくため、簡単な計算例をお示しします。以下の数値はあくまで説明用の仮の数値であり、実際の水準や調整の可否を示すものではありません。
| 項目 | 仮の数値 |
|---|---|
| 決算書上の営業利益 | 1,000万円 |
| (+)役員報酬のうち標準水準を超えると整理された部分 | +1,200万円 |
| (+)節税目的の保険料 | +300万円 |
| (−)後任経営体制に必要な人件費の見込み | −600万円 |
| (−)継続しない一時的な利益 | −200万円 |
| 実質利益(調整後) | 1,700万円 |
この例では、決算書上は1,000万円だった営業利益が、調整後には1,700万円の収益力として整理されました。評価手法の多くは利益に一定の係数や倍率を掛ける構造を持つため、ベースとなる利益の見え方が変われば、評価額の目安も大きく変わります。逆に、一時的な利益が大きかった年度を基準にすると、調整によって収益力が決算書より小さく整理されることもあります。
調整が認められるための条件|根拠資料と再現性
実質利益の調整は、売り手が主張すれば自動的に認められるものではありません。買い手のデューデリジェンス(買収監査)では、調整項目の一つひとつが資料で検証されます。調整が受け入れられやすくなる条件は、次のとおりです。
根拠資料で裏づけられること
役員報酬の内訳、保険契約の内容と目的、給与台帳、契約書など、調整の根拠が客観的な資料で示せることが大前提です。「実質的には個人的な支出だった」という説明だけで、資料の裏づけがない項目は、調整として認められにくくなります。
売却後に本当に発生しなくなること
足し戻しの本質は「売却後には発生しない費用かどうか」です。たとえば、経営者が実際に果たしていた営業・技術上の役割が大きいほど、後任コストとして差し引くべき金額も大きくなります。単純な「役員報酬の全額足し戻し」が通らないのはこのためです。
経理の透明性が保たれていること
調整項目が多く、経理と私費の混在が激しい会社ほど、買い手は数字全体への警戒を強めます。売却をお考えなら、早い段階から経理と私費の分離を進め、調整項目を最小限かつ説明可能な状態にしておくことが、評価にも交渉のスピードにも効いてきます(「磨き上げ」の記事もご参照ください)。
まとめ|「うちは利益が少ないから」と諦める前に
実質利益(正常収益力)について、要点を整理します。
- M&Aの評価は、決算書の利益ではなく、調整後の実質利益をベースに行われる
- 役員報酬・保険料・一時的な損益などが調整の対象。足し戻しと差し引きの双方向で検討される
- 役員報酬は全額足し戻しではなく、後任体制のコストを差し引いて考える
- 調整には根拠資料が不可欠。経理と私費の分離が早いほど有利
- ベースの利益が変われば評価の目安も大きく変わる。決算書の見た目だけで自社の価値を判断しない
節税に取り組んできた会社ほど、決算書と実質利益の差は大きくなりがちです。当社プラチナパートナーズでは、無料相談の段階で決算書を拝見し、実質利益の考え方に沿って貴社の収益力がどう見えるかをご説明しています。「利益が少ないから売れない」と諦める前に、一度ご相談ください。評価全体の枠組みは「会社売却の価格はどう決まる」でも解説しています。
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決算書の利益が小さいことは、そのまま低い評価を意味しません。M&Aの企業価値評価では、役員報酬や保険料などを調整した実質利益(正常収益力)で会社の稼ぐ力を見ます。足し戻しと差し引きの双方向、根拠資料の重要性を解説。詳しくはコラムへ。
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節税を頑張ってきたから、決算書の利益はほとんど残っていない。だから安くしか売れない。実は、その心配は要りません。
M&Aの評価は、決算書の利益ではなく、実質利益で見ます。説明用の例では、決算書で1,000万円だった営業利益が、調整後は1,700万円の収益力として整理されました。
役員報酬や、節税目的の保険料は、足し戻す。ただし一方向ではありません。社長の後任のコストや、継続しない利益は、差し引かれる。双方向で、フェアな姿になります。
調整は、主張すれば通るものではない。根拠資料で裏づけられること。売却後に本当に発生しない費用であること。そして、経理と私費が分かれていること。早めの整理が、評価に効きます。
決算書の奥にある、本当の収益力を見ます。
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