買収資金を借入で賄うと、その日から返済が始まります。返済は利益からではなく、現金から出ていきます。ところが事業計画を利益ベースだけで組んでいると、帳簿上は黒字なのに返済資金が足りない、という事態が起こり得ます。本稿では、返済計画をキャッシュフローで組み立てる考え方、減価償却と運転資本の扱い、期間設定の考え方、そして計画が狂ったときの備えを整理します。

返済原資は利益ではなくキャッシュフロー

返済原資を考えるときの出発点は、損益計算書の利益ではありません。返済に使えるのは、実際に手元に残る現金です。ごく単純化すれば、税引後利益に減価償却費を足し戻し、そこから運転資本の増加分と、事業を続けるために必要な設備投資を差し引いた額が、返済に回せる原資になります。

減価償却費を足し戻すのは、これが現金の支出を伴わない費用だからです。過去に支払った設備の代金を、期間に分けて費用に計上しているだけですので、その年に現金が出ていくわけではありません。したがって、減価償却の大きい会社は、利益の見た目より返済余力があることになります。

逆に、運転資本の増加は現金を食います。売上が伸びれば売掛金と在庫が増え、その分だけ現金が寝ます。成長している会社ほど、利益が出ていても現金が足りなくなるのはこのためです。買収後に売上を伸ばす計画を立てているなら、この点を必ず織り込んでください。

設備投資も見落とせません。減価償却費を足し戻したのに、実際には同額かそれ以上の設備更新が毎年必要な事業であれば、その分は返済に回せません。「減価償却費≒必要な設備投資」という関係にある事業では、足し戻しの効果は実質的に小さくなります。

対象会社の数字を実態に直す

返済計画の土台は、対象会社が現に生み出しているキャッシュフローです。ただし、中小企業の決算書をそのまま使うことはできません。実態に直す調整が要ります。代表的な調整項目を挙げます。

  • 役員報酬——オーナーの報酬水準を、買収後に想定する経営体制の人件費に置き換える
  • オーナー個人に関する費用——生命保険料、車両費、交際費などのうち、買収後は発生しないもの
  • 一時的な損益——資産の売却損益、特別な補助金、一過性の大口案件
  • 関係会社との取引——賃料や仕入価格が市場水準と乖離している場合の調整
  • 必要な費用の未計上——未払残業代、必要な設備更新の先送り、社会保険の未加入など

最後の項目はとくに注意が必要です。本来かかるはずの費用を計上していない結果として利益が大きく見えている場合、買収後にその費用が現実化します。労務の未整備は、買収後の是正によって人件費が増える形で効いてきますので、DDの段階で金額の見当をつけておく必要があります。

また、買収後に増える費用も織り込みます。管理部門の負担、システムの導入、監査や税務の費用、グループとしての報告体制の整備。これらは対象会社の過去の決算書には出てきませんが、買収後には確実に発生します。

決算書の読み方については「買い手は決算書のどこを見るか|3期分から読み取られること」もあわせてご覧ください。

返済期間をどう設定するか

返済期間は、月々の負担を決める最も大きな要素です。同じ借入額でも、期間が長ければ負担は軽くなり、手元の余力は厚くなります。ただし利息の総額は増えますし、長期にわたって財務が拘束されます。

期間を考える手がかりの一つが、債務償還年数という見方です。借入の残高が、年間に生み出すキャッシュフローの何年分にあたるか——という単純な指標ですが、返済の重さを直感的に把握できます。この年数が長くなるほど、返済に余裕がないということになります。

もう一つの手がかりは、事業の設備更新の周期です。返済期間中に大きな設備投資が必要になるなら、その時期に返済と投資が重なります。あらかじめ想定しておき、返済のスケジュールを設備投資の時期とずらすか、据置期間の設定を相談するといった工夫が考えられます。

買収先のキャッシュフローだけで返済を組むのか、自社の既存事業の利益も含めて組むのかによっても、無理のない期間は変わります。買収先単体で返せる計画になっていれば、想定が外れたときの影響は限定されます。逆に、自社の利益を織り込んで初めて成り立つ計画は、本業が不調になったときに二重の負担を抱えます。

のれんの償却と税務上の扱いに注意する

買収によって、会計上は「のれん」が計上されることがあります。のれんの償却費は費用として利益を押し下げますが、現金の支出を伴いません。したがってキャッシュフローの観点では、減価償却費と同じく足し戻して考えることになります。

ここで注意したいのは、会計上の扱いと税務上の扱いが一致しないことがある点です。株式譲渡で子会社として取得した場合、親会社の個別決算にのれんは計上されず、連結決算でのみ現れます。一方、事業譲渡や合併などで資産を直接取得した場合は、税務上の資産調整勘定として一定期間にわたり損金に算入される扱いになることがあります。

この違いは、納税額を通じて手元に残る現金に影響します。どちらのスキームで取得するかによって税負担が変わり、結果として返済余力も変わるということです。したがって、スキームの検討段階で税務上の取扱いを確認し、税引後のキャッシュフローで返済計画を組む必要があります。

また、2026年4月以後に開始する事業年度からは防衛特別法人税が導入されます。法人実効税率の目安は約30%とされていますので、税引後の数字を見積もる際には、こうした制度も踏まえてください。税制の適用は個別の事情によって異なりますので、必ず税理士にご確認ください。のれんの会計上の扱いについては「のれん代とは|M&Aにおける営業権の意味と価格への影響」もご参照ください。

計画が狂ったときの備えを先に用意する

返済計画で最も大切なのは、計画どおりに進んだ場合の数字ではなく、進まなかった場合の備えです。買収後の業績が想定を下回ることは珍しくありません。そのときに何ができるかを、資金を借りる前に考えておきます。

  • 手元流動性——何か月分の支払いに耐えられる現預金を残しているか
  • 本業の余力——買収先が赤字でも、本業の利益で返済を支えられるか
  • コストの可変性——業績が落ちたときに、減らせる費用がどれだけあるか
  • 資産の売却余地——遊休不動産や不要な設備など、換金できるものがあるか
  • 金融機関との関係——早い段階で相談できる関係が築けているか

最後の点は軽視されがちですが、実務上は決定的です。返済が苦しくなってから初めて相談に行くのと、兆候の段階で状況を共有しているのとでは、金融機関の対応がまったく違います。買収後は、月次の業績を定期的に報告する関係を作っておくことをおすすめします。

また、買収先の月次の数字が早く出る体制を整えることが、そもそもの前提になります。決算を待たなければ実態が分からない状態では、手を打つ時期を逃します。買収直後の管理体制の整備は、返済計画を守るための仕事でもあります。

まとめ|保守的に組み、余裕を残す

返済計画は、利益ではなくキャッシュフローで組むこと。減価償却費は足し戻すが、実際に必要な設備投資は差し引くこと。売上が伸びれば運転資本も増えることを織り込むこと。そして、対象会社の数字は実態に直したうえで、買収後に増える費用も加えること——これが基本の手順です。

そのうえで、計画は保守的に組むことをおすすめします。シナジーは織り込まず、既存のキャッシュフローだけで返済が成り立つ設計にしておけば、想定が外れても持ちこたえられます。シナジーが実現すれば、それは繰上返済や次の投資に回せる余剰になります。

本稿は一般的な考え方の整理です。会計・税務上の取扱いや融資条件は案件ごとに異なりますので、公認会計士・税理士および金融機関にご確認ください。

当社プラチナパートナーズでは、買い手企業様の資金計画と返済計画の整理、対象会社の数字の読み解きについてご支援しています。ご相談は無料です。

よくあるご質問

A.減価償却費は現金の支出を伴わない費用ですので、キャッシュフローを考えるうえでは足し戻します。ただし、事業を続けるために毎年同程度の設備更新が必要な事業では、その投資額を差し引く必要があります。足し戻しの効果が実質的に小さくなる事業もありますので、設備の更新周期を確認してください。
A.期間が長ければ月々の負担は軽くなり手元の余力は厚くなりますが、利息の総額は増え、長期にわたって財務が拘束されます。返済期間中に大きな設備投資が必要かどうか、買収先単体のキャッシュフローで返せる計画になっているかといった点を踏まえて、金融機関とご相談ください。
A.織り込まない設計をおすすめします。シナジーは実現の時期も金額も不確実で、統合が想定より長引くことも珍しくありません。既存のキャッシュフローだけで返済が成り立つ計画にしておけば、想定が外れても持ちこたえられ、シナジーが実現すればそれは繰上返済や次の投資に回せる余剰になります。

Free Consultation

返済計画は、キャッシュフローで組み立てましょう

対象会社の数字の実態調整から返済計画の整理まで、案件に即してご支援します。
買い手企業様のご相談は無料です。

無料相談を申し込む

Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら