M&Aの譲渡価格が、決算書に載っている純資産の額をはるかに上回る——。会社の売却をご検討中の経営者様が、最初に「なぜそうなるのか」と不思議に思われるポイントです。その差額を生んでいるのが、実務で「のれん代」あるいは「営業権」と呼ばれる価値です。帳簿のどこにも書かれていないにもかかわらず、中小企業のM&Aでは譲渡価格の相当部分を占めることも珍しくありません。本稿では、のれんとは何か、どこから生まれるのか、会計・税務ではどう扱われるのか、そして中小M&Aの現場でどのように金額が決まっていくのかを、順を追ってご説明します。

のれん代とは|純資産を超えて支払われる価値

のれん代とは、M&Aの譲渡価格のうち、対象会社の時価純資産(資産と負債を時価に引き直したうえでの差額)を超える部分を指します。式で表すと、次のとおり非常にシンプルです。

のれん代(営業権) = 譲渡価格 - 時価純資産

たとえば時価純資産が1億円の会社が1億8,000万円で譲渡されたとすれば、差額の8,000万円がのれん代にあたります。買い手は、貸借対照表に載っている資産の価値だけを見て1億円を払っているのではなく、「この会社が今後も利益を生み続ける仕組みそのもの」に8,000万円の上乗せをしているわけです。

会社は、机や車や在庫といった資産の寄せ集めではありません。長年かけて築いた取引関係、現場に蓄積された段取り、指名で仕事が来る職人、地域での評判——こうした要素が組み合わさって、はじめて継続的に利益が生まれます。買い手が事業をゼロから立ち上げようとすれば、同じ状態に到達するまでに何年もの時間と多額の投資、そして失敗のリスクを負うことになります。のれん代とは、突き詰めれば「時間を買う対価」であり、「ゼロから作らずに済むことへの対価」なのです。

なお「のれん」という語は、①会計基準上の勘定科目としてのれん、②税務上の資産調整勘定、③中小M&Aの価格交渉で使われる営業権——という三つの文脈で、少しずつ意味を変えながら使われています。混乱しやすいところですので、以下で順に整理していきます。

のれんはどこから生まれるのか|4つの源泉

のれんの正体は、貸借対照表に計上されていない無形の経営資源です。中小企業のM&Aで実際に評価されやすいものを、大きく四つに整理してご紹介します。

1. ブランド・信用

社名を出せば話が通る、見積りが通りやすい、採用の応募が集まる。創業からの年数、無事故・無災害の実績、地域での知名度といった要素は、いずれも数字にはなりませんが、事業の立ち上がりの速さに直結します。

2. 顧客基盤・取引関係

安定した取引先、継続率の高い契約、上位取引先に偏りすぎていない売上構成。買い手が最も重視する要素のひとつです。「毎月一定の売上が読める」という状態は、それ自体が大きな価値を持ちます。逆に、特定の1社に売上の大半を依存している場合、その取引が続く保証がない分だけ、のれんの評価は慎重になります。

3. 技術・ノウハウ・許認可

特殊な加工技術、独自の業務フロー、長年の試行錯誤で得た歩留まりの改善知見。加えて、建設業許可や各種の免許・登録のように、取得に年数や実務経験の要件が課されるものは、買い手が「買わなければ手に入らないもの」として明確に価値を認めます。

4. 人材・組織

熟練した技術者、現場を回せる管理職、定着率の高い従業員。人手不足が慢性化した業種では、「人ごと引き継げること」自体がM&Aの主目的になる例も少なくありません。従業員の雇用維持を条件に交渉が進むのは、売り手の情の問題であると同時に、買い手にとっての合理性でもあるのです。

これら四つに共通するのは、いずれも貸借対照表に金額として現れないという点です。だからこそ、決算書だけを眺めていても自社の本当の価値は見えてきません。

会計上ののれんと税務上の資産調整勘定

のれんは、買い手側では最終的に会計・税務の処理に落とし込まれます。売り手の経営者様が細部まで把握する必要はありませんが、買い手が価格交渉で何を気にしているのかを理解するうえで、概略を知っておくと役に立ちます。

会計上ののれん(買い手側の資産計上と償却)

買い手が会社を取得し、支払った対価が受け入れた純資産の時価を上回った場合、その差額は「のれん」として無形固定資産に計上されます。日本の会計基準では、計上したのれんはその効果の及ぶ期間にわたって規則的に償却する(最長20年以内)のが原則で、償却額は毎期の費用となります。一方、国際会計基準(IFRS)では定期償却を行わず、代わりに毎期の減損テストによって価値の目減りを判定する扱いとされています。

この違いは、買い手の姿勢に影響します。のれんを償却する基準を採用している買い手にとって、のれんが大きいほど買収後の利益が圧迫されます。そのため「支払える上限」を検討する際に、償却負担を織り込んで慎重になる傾向があるのです。また、買収後に想定した収益が上がらなければ、のれんの減損損失を計上せざるを得なくなります。買い手が事業計画の実現可能性を丁寧に確認してくるのは、こうした背景があるためです。

税務上の資産調整勘定

税務の世界では、会計上ののれんとは別に「資産調整勘定」という概念が用意されています。これは事業譲渡や非適格の組織再編など、資産・負債を個別に引き継ぐ形態の取引において、支払対価が受け入れた資産・負債の純額を上回る場合に生じるもので、一定期間にわたって損金に算入していく取扱いが定められています。

ここで重要なのは、取引の形態によって扱いが変わるという点です。株式譲渡(オーナーが株式を売る形)では、会社そのものは存続し資産・負債は動きませんので、買い手の個別財務諸表に資産調整勘定は生じません。これに対し事業譲渡の形をとれば、買い手側で資産調整勘定が生じ、税務上のメリットを享受できる可能性があります。買い手がスキーム(取引の形)にこだわる場面では、この違いが背景にあることがあります。株式譲渡と事業譲渡の違いについては「株式譲渡と事業譲渡の違い」もあわせてご覧ください。

本稿の会計・税務に関する記述は、一般的な考え方を分かりやすくご説明することを目的とした概説です。実際の取扱いは取引形態・適用する会計基準・個別の事情によって異なりますので、具体的な処理については税理士・公認会計士にご確認ください。
呼び方場面ポイント
会計上の「のれん」買い手の連結・企業結合の会計処理無形固定資産に計上。日本基準では効果の及ぶ期間にわたり規則的に償却(最長20年以内)
税務上の「資産調整勘定」事業譲渡・非適格組織再編など一定期間にわたり損金算入。株式譲渡では原則として生じない
実務でいう「営業権」中小M&Aの価格交渉時価純資産に上乗せする金額そのもの。営業利益の数年分として話し合われることが多い

中小M&Aでは「営業利益の数年分」として交渉される

会計基準や税法の話とは別に、中小企業のM&Aの現場でのれん(営業権)がどう決まるかというと、実務上は「営業利益の数年分」という、きわめて分かりやすい形で話し合われることがほとんどです。時価純資産に営業利益の数年分を加算する、いわゆる年買法(年倍法)の考え方です。

株式価値 = 時価純資産 + 営業利益 × 数年分

この「数年分」が何年になるかは、案件によって大きく異なります。実務では2〜5年程度を目安として語られることが多いものの、業種の安定性、成長性、買い手にとってのシナジーの大きさによって幅があり、一律の相場があるわけではありません。数字の根拠として重視されるのは、おおむね次のような点です。

  • 利益の再現性:単年度のスポット案件による利益か、複数年にわたって安定的に出ている利益か
  • 経営者への依存度:社長個人の人脈・営業力・技術に売上が紐づいていないか。社長が退いた後も同じ利益が出るか
  • 取引先の分散:特定の取引先への依存が高くないか。契約は書面で交わされているか
  • 人材の定着:キーパーソンが残る見込みがあるか。技術やノウハウが個人でなく組織に蓄積されているか
  • 買い手にとってのシナジー:許認可・拠点・顧客網など、買い手が喉から手が出るほど欲しい資源を持っているか
  • 競合候補の有無:複数の買い手候補が関心を示しているか

ここで、考え方をご理解いただくための計算例を挙げます。以下の数値は、計算の考え方をご理解いただくために置いた説明のための仮定の数値です。実際の評価額を示すものではありません。

時価純資産1億5,000万円、役員報酬などを補正した後の正常な営業利益が3,000万円の会社について、営業利益の3年分をのれんとして加算すると、1億5,000万円+3,000万円×3年=2億4,000万円となり、このうち9,000万円がのれん代にあたります。もし同じ会社で、経営者への依存が強く利益の継続性に不安があると判断されれば、加算年数は短く見積もられるでしょう。逆に、買い手が強く欲しがる許認可や技術を持っていれば、より長い年数が認められることもあります。

なお、「営業利益」といっても決算書の数字をそのまま使うわけではありません。オーナー企業では、役員報酬の水準、経営者個人に関わる保険料や車両費、家賃などが実態と乖離していることが多いため、これらを補正した「正常収益力」で見るのが実務の作法です。この考え方は「EBITDAとは|M&Aで重視される利益指標の考え方と計算方法」で詳しくご説明しています。また、土台となる時価純資産の算定については「時価純資産とは|簿価との違いとM&A価格への反映のされ方」をご参照ください。

のれんを高めるために、売り手ができること

のれんは無形の価値ですが、だからこそ「見える形にする」ことで評価が変わります。譲渡を検討し始めてから実際の成約までには通常1年前後、あるいはそれ以上の時間がかかりますので、その間にできる準備は少なくありません。

  • 経営者依存を薄める:主要取引先との関係を後継幹部にも引き継ぐ、社長が判断していた業務を仕組み化する
  • 契約を書面にする:口約束で続いている取引を基本契約書として整える。これは買い手のデューデリジェンスでも必ず見られます
  • 数字の説明力を高める:部門別・取引先別の採算を把握し、「なぜ利益が出ているのか」を言葉で説明できるようにする
  • ノウハウを形式知にする:作業手順、見積りの考え方、品質基準などを文書化し、属人性を下げる
  • 簿外の負債要因を整理する:未払残業代、名義株、個人資産と会社資産の混在など、後で減額要因になりうる論点を先に片づける

これらはいずれも、企業価値そのものを高めると同時に、買い手が抱く不確実性を減らす効果があります。買い手が支払う金額は、突き詰めれば「将来の利益に対する確信の度合い」で決まります。確信が持てるほど、のれんは厚くなるのです。

まずは現在地を知るところから始めるのが近道です。当社の企業価値算定シミュレーターでは、売上高・利益・純資産など数項目のご入力で、M&A実務の評価手法に基づいた概算の企業価値レンジを無料・匿名でご確認いただけます。純資産といまの収益力から、どの程度ののれんが見込めるのか、目安を把握する出発点としてご活用ください。

まとめ|のれんは「これまで」への評価であり「これから」への期待

のれん代とは、譲渡価格が時価純資産を上回る部分であり、ブランド・顧客基盤・技術・人材といった、帳簿に載らない経営資源への対価です。会計上は買い手が無形固定資産として計上し、日本基準では効果の及ぶ期間にわたって償却します。税務上は取引形態によって資産調整勘定という別の枠組みが用意されており、扱いは一様ではありません。そして中小M&Aの実務では、これらとは別に「営業利益の数年分」という形で、売り手と買い手の話し合いのなかで具体的な金額が決まっていきます。

のれんとは、経営者様がこれまで積み上げてこられたものへの評価であると同時に、買い手がこれから先に寄せる期待でもあります。その期待を確かなものにできるかどうかは、日々の経営と、譲渡に向けた準備にかかっています。当社では、初回のご相談からのれんの見立てと磨き上げのご提案までを無料で承っております。ご検討の初期段階でも、どうぞお気軽にお声がけください。

Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら

よくあるご質問

A.純資産の厚みとのれんは別の話です。のれんは、ブランドや信用、顧客基盤、技術・ノウハウ・許認可、人材と組織といった帳簿に載らない経営資源への対価であり、買い手にとっては「ゼロから作らずに済むことへの対価」です。実務では時価純資産に営業利益の数年分を加算する形で話し合われ、その年数は利益の再現性、経営者への依存度、取引先の分散、人材の定着、買い手にとってのシナジーなどによって変わります。資産の少ないサービス業やIT関連では、のれんの比重が大きくなる傾向があります。
A.買い手が支払う金額は、突き詰めれば将来の利益に対する確信の度合いで決まります。確信を高める打ち手として、主要取引先との関係を後継幹部にも引き継いで経営者依存を薄めること、口約束で続いている取引を基本契約書として整えること、部門別・取引先別の採算を把握して「なぜ利益が出ているのか」を説明できるようにすること、作業手順や品質基準を文書化して属人性を下げること。あわせて、未払残業代や名義株といった後の減額要因を先に片づけておくことです。
A.背景のひとつに、のれんの税務上の扱いの違いがあります。株式譲渡では会社そのものが存続し資産・負債が動かないため、買い手の個別財務諸表に資産調整勘定は生じません。一方、事業譲渡のように資産・負債を個別に引き継ぐ形態では、支払対価が受け入れた資産・負債の純額を上回る部分について資産調整勘定が生じ、一定期間にわたって損金に算入していく取扱いが定められています。実際の扱いは取引形態や個別の事情によって異なりますので、税理士・公認会計士にご確認ください。

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