事業譲渡は、会社そのものではなく、事業を構成する資産・負債・契約を個別に引き受ける取引です。買い手にとっては、必要なものだけを選び、簿外の債務を引き継ぐ危険を抑えられるという大きな利点があります。一方で、移すもの一つひとつに手続きが必要になり、契約の相手方や従業員の同意を得る作業が発生します。「選べる代わりに、手間がかかる」——これが事業譲渡の本質です。本稿では、買い手の立場から実務の要点を整理します。株式譲渡との比較は「株式譲渡と事業譲渡どちらで買うか」に関する解説もご参照ください。
何を引き受けるかを特定する
事業譲渡では、譲り受ける範囲を契約で特定します。特定が曖昧だと、実行後に「これは含まれていたのか」という争いが起きます。
資産
- 棚卸資産——実地棚卸を行い、数量と評価を確定させる。滞留品の扱いを決める
- 設備・車両——個別に特定する。リース物件はリース会社の承諾が要る
- 不動産——所有権移転登記が必要。担保が設定されている場合は解除の段取りを組む
- 売掛金——引き継ぐ場合は債権譲渡の手続きと相手方への通知が必要になる
- 知的財産——商標、特許、著作権。登録があるものは移転登録を行う
- 顧客情報——個人情報を含む場合、取得と利用の適法性を確認する
負債
買い手が引き受ける負債を明示します。買掛金や未払金を引き継ぐか、譲渡会社に残すかは設計次第です。引き継ぐ場合、債権者の同意が必要になる場面があります(免責的債務引受)。
引き受けないもの
「引き受けないもの」を明記することも同じくらい重要です。過去の税務上の負担、係争中の事件、退職済み従業員に関する債務など、譲渡会社に残す事項を列挙しておきます。
契約をどう移すか
事業譲渡で最も手間がかかるのが契約の移転です。契約上の地位は自動では移らず、原則として相手方の同意が必要になります。
対象となる契約の棚卸し
- 顧客との取引基本契約、継続的な役務提供契約
- 仕入先・外注先との契約
- 事務所・店舗・工場の賃貸借契約
- リース契約、割賦販売契約
- ライセンス契約、フランチャイズ契約
- 保険契約、保守契約、通信・システムの契約
同意を取る順序と伝え方
同意取得は、実行前に完了させたいものと、実行後で足りるものに分けます。事業の継続に不可欠な契約(主要顧客、賃貸借、基幹システムなど)は、実行の前提条件に置くことを検討します。
伝え方も重要です。取引先にとっては、突然の相手方の変更は不安材料です。譲渡会社の経営者と買い手が揃って説明に伺う、当面の担当者や取引条件を変えないことを明示するといった配慮が、同意の取得を左右します。買収後の取引先対応は「M&A後の取引先対応|挨拶・契約巻き直し・与信の再構築」も参考になります。
同意が得られない場合
主要な契約について同意が見込めない場合、事業譲渡というスキーム自体を見直す必要があります。株式譲渡であれば契約の当事者は変わりませんが、支配株主の変更を理由に相手方が解除できる条項が置かれていることもあります。この論点は「チェンジオブコントロール(COC)条項とは|契約引き継ぎの落とし穴」で扱っています。
従業員をどう引き受けるか
事業譲渡では、従業員の雇用契約も自動的には移りません。譲渡会社を退職し、買い手側で新たに雇用契約を結ぶ形(または転籍に同意してもらう形)をとるのが一般的です。
手順の基本
- 1. 説明——事業を引き継ぐ経緯、今後の体制、勤務地や業務内容の見通しを伝える
- 2. 労働条件の提示——賃金、勤務時間、休日、退職金の取扱いなどを書面で示す
- 3. 個別の同意——本人の意思で雇用契約を結ぶ。強制はできない
- 4. 手続き——社会保険・雇用保険の資格取得、就業規則の適用、有給休暇や勤続年数の扱いを確定させる
買い手が決めておくこと
勤続年数を通算するか、退職金の算定をどうするか、有給休暇の残日数を引き継ぐか——これらは従業員の関心が高い事項です。方針を決めずに説明の場に臨むと、不安を招きます。取扱いは労働法令や就業規則の内容によって変わりますので、社会保険労務士や弁護士に確認したうえで臨んでください。
同意しない人が出た場合
雇用契約の承継には本人の同意が必要ですので、同意しない従業員が出る可能性があります。事業の継続に不可欠な人については、条件の提示と説明を丁寧に行い、それでも見込みが立たない場合は、その前提で事業計画を見直す必要があります。引き留めの実務は「買収した会社の人材流出を防ぐ|キーマン引き留めの実務」をご覧ください。
許認可・税務・実行日の段取り
許認可は原則として引き継げない
事業譲渡では、許認可は原則として承継されず、買い手が新たに取得する必要があります。業種によっては、取得までに一定の期間や、有資格者の配置、施設の基準の充足が求められます。取得の見込みが立たないまま実行すると、事業を継続できません。次の順序で確認します。
- その事業に必要な許認可・登録・届出をすべて洗い出す
- 買い手側で新規取得できるか、要件を満たせるかを確認する
- 取得までに要する期間を確認し、実行日を設計する
- 取得完了を実行の前提条件に置くかを検討する
消費税の負担
事業譲渡は資産の譲渡等に該当し、対象資産のうち課税対象となるものについては消費税(標準税率10%)が課されます。実行時に対価と併せて支払う必要があるため、資金計画に織り込んでおきます。仕入税額控除の取扱いや、資産の区分ごとの課税関係は案件によって異なりますので、税理士にご確認ください。
のれんの扱い
事業譲渡では、支払った対価と受け入れた純資産との差額がのれんとして計上され、税務上も一定の取扱いが定められています。株式譲渡の場合と会計・税務の影響が異なるため、スキームの選択にあたって確認が必要です。のれんの基本は「のれん代とは|M&Aにおける営業権の意味と価格への影響」をご覧ください。
実行日に向けた一覧をつくる
事業譲渡は、同じ日に多くの手続きが動きます。資産の引渡し、契約の切り替え、従業員の入社、許認可の効力発生、口座やシステムの切り替え、取引先への案内——誰が何をいつまでに行うかを一覧にし、関係者で共有してください。株主総会の特別決議が必要になる場合や、競争法上の届出が必要になる場合もありますので、手続の要否は事前に確認します。
まとめ|選べる代わりに、段取りで決まる
事業譲渡は、引き受けるものを選べるという点で買い手に有利な面があります。簿外の債務や過去の税務上の問題を切り離しやすいことは、小規模案件では特に大きな意味を持ちます。
その代わり、資産の特定、契約の同意取得、従業員の再雇用、許認可の取得という四つの作業が発生します。どれも相手方のあることで、こちらの都合だけでは進みません。したがって、事業譲渡の成否は交渉力よりも段取りで決まります。何を、誰から、いつまでに取り付ける必要があるのかを早い段階で一覧化することが、最も効果のある準備です。
当社では、買収をご検討の企業さまのご相談を成功報酬型で承っており、相談料・着手金・月額報酬はいただいておりません。スキームの選択から実行の段取りまでご一緒します。買い手の方向けの案内は「買収をお考えの方へ」にまとめています。