買収では、買い手が相手を選ぶだけでなく、買い手も選ばれています。とくに後継者不在を理由とする譲渡では、売り手が「誰に託すか」を重く見ます。ところが、自社を説明する材料を用意している買い手は多くありません。本稿では、買い手が自社をどう伝えるべきかを、実務の順序で整理します。
情報を出さない買い手は、後回しになる
案件を紹介する側の立場で考えると分かりやすくなります。売り手に買い手候補を示すとき、事業の中身も、買収の目的も、資金の裏付けも分からない相手は、説明のしようがありません。結果として、紹介の順番が後ろになります。
秘密保持の観点から、自社の情報を出したくないという気持ちは理解できます。ただ、買い手が出す情報の多くは、会社案内や決算公告で公になっている範囲で足ります。出せない部分は出さないと決めたうえで、出せる範囲を整えておくことが大切です。
案件の集め方全般については「買収案件の情報をどう集めるか|仲介会社との付き合い方」で扱っています。本稿はその中でも、自社を伝える部分に絞って整理します。
最初に伝える4点
詳しい資料を作り込む前に、口頭でも伝えられる4点を固めます。この4点が言えれば、初期のやり取りはほぼ足ります。
| 項目 | 伝えること | 伝わらないとどうなるか |
|---|---|---|
| 自社の事業 | 何を、誰に、どう提供しているか。規模と拠点 | 対象会社との関係が描けず、紹介の対象から外れる |
| 買収の目的 | なぜ買うのか。自社のどの課題に効くのか | 投資目的か事業目的かが分からず、売り手が不安になる |
| 資金の裏付け | おおよその予算と、自己資金・借入の考え方 | 実行力を疑われ、条件の話に進めない |
| 意思決定の速さ | 誰が決めるか、どのくらいで結論が出るか | 他の候補が優先される |
4つ目の意思決定の速さは、意外に効きます。「役員会は毎月第2週。検討着手は担当役員の判断で進められる」といった具体性があると、相手は段取りを組めます。社内の決め方の設計は「買収を役員会にどう諮るか|社内の合意形成と決裁の設計」をご覧ください。
予算については、細かい数字まで示す必要はありません。どの規模帯を対象にしているかが分かれば、紹介する側は案件を選べます。枠の決め方は「買収の予算枠の決め方|一件あたりいくらまで出せるかを先に決める」で扱っています。
資料に載せるもの・載せないもの
買い手の紹介資料は、分量よりも構成です。A4で数枚に収まる形が扱いやすく、次の内容を入れます。
載せるもの
- 会社概要——設立、所在地、事業内容、従業員数、拠点
- 事業の説明——主力の商材やサービス、顧客層、強みとしている点
- 買収で実現したいこと——領域、規模、地域の希望
- 買収後の方針——経営体制、屋号や社名の扱い、従業員の処遇に対する考え方
- 過去に買収の経験があれば、その概要(相手方の了解が得られる範囲で)
載せないほうがよいもの
- 具体的すぎる財務の内訳——初期段階では不要で、後の交渉の材料にされることもある
- 実現の見通しが立っていない構想——後で説明と食い違う
- 他社との比較で自社を持ち上げる記述——売り手の関心とずれる
「載せないほうがよいもの」の3つ目は見落とされがちです。売り手が知りたいのは、他社との優劣ではなく、自分の会社がその買い手のもとでどうなるかです。
従業員と取引先への方針を、先に言葉にする
売り手が最も気にするのは、譲渡後に従業員と取引先がどうなるかです。ここへの考えが示せるかどうかで、印象は大きく変わります。
ただし、注意が要ります。この場面で過剰な約束をする買い手がいますが、守れない約束は後で必ず問題になります。統合の過程では、業務の見直しや配置の変更が必要になることもあります。最初に「一切変えません」と言ってしまうと、必要な変更ができなくなるか、約束を破ることになります。
実行できる言い方の例を挙げます。「現在の雇用条件を、譲渡を理由に引き下げることはしません」「体制を変える必要が生じた場合は、事前に理由を説明したうえで進めます」「社名と屋号は当面そのまま使います。変更を検討する場合は、旧オーナーにも相談します」。いずれも、範囲と条件が明確です。
屋号やブランドの扱いは、後々まで影響します。判断の観点は「ブランド・屋号の扱い|残す判断と統一する判断」をご参照ください。
仲介会社に渡す一枚をつくる
実務で最も効くのは、紹介する側が売り手にそのまま見せられる一枚です。詳しい資料とは別に、要約を用意しておきます。
一枚に入れるのは、会社概要、事業内容、買収したい領域と規模、地域の希望、買収後の方針、そして意思決定の体制。ここに、絶対に対象としない領域を明記しておくと、届く案件の精度が上がります。
更新の頻度を決める
一枚は作って終わりではありません。自社の業績や体制が変われば、条件も変わります。年に一度は見直し、更新した日付を入れておきます。古い資料が出回ったままだと、対象外の案件が届き続けます。
渡した先を記録する
複数の仲介会社やアドバイザーと付き合うなら、誰に何を渡したかを記録しておきます。同じ案件が複数経路から届いたときに、経緯を整理しやすくなります。仲介とFAの違いは「M&A仲介とFA(ファイナンシャル・アドバイザー)の違い」で整理しています。
まとめ|伝えることは、実行の約束になる
買い手が自社を伝えることは、案件を集めるための営業活動であると同時に、自分たちが何をするかを宣言することでもあります。だからこそ、実行できることだけを書くべきです。曖昧に良いことを並べた資料より、範囲を限って具体的に書いた資料のほうが、結局は信頼されます。
事業、目的、資金、意思決定——この4点を短く言えるようにし、A4数枚の資料と、相手にそのまま見せられる一枚を用意する。年に一度更新する。これだけで、届く案件の数と質が変わります。
当社では、買収をご検討の企業さまのご相談を成功報酬型で承っており、相談料・着手金・月額報酬はいただいておりません。買い手としての条件整理からご一緒できます。買い手の方向けのご案内は「買収をお考えの方へ」にまとめています。