条件は悪くないはずなのに、話が進まない。売り手は価格だけで買い手を選んでいるわけではありません。断られる側の理由を、売り手と仲介の両方を見てきた立場から整理します。
売り手が最初に見るのは「誰か」
中小企業の譲渡で、売り手のオーナーが最初に気にするのは相手がどういう会社かです。価格はその次に来ます。
何をしている会社か、どこにあるか、規模はどれくらいか、誰が経営しているか。ここが分からないと、検討の土俵に乗りません。
意向表明に価格と条件だけを書いて、自社の説明が数行——という買い手は実際にいます。これは損をしています。
自社の説明を、売り手が読んで安心できる形で用意してください。
従業員をどうするかが最大の関心
繰り返しになりますが、ここが最も重く見られます。
長年一緒に働いてきた人たちがどうなるのか。これを曖昧にする買い手は、価格が高くても選ばれないことがあります。
具体的に書けることを挙げます。雇用を継続する期間、労働条件を不利益に変更しない期間、勤務地を変えないこと、幹部の処遇。
すべてを約束できないなら、できることだけを正確に書いてください。「善処します」は、何も言っていないのと同じです。
返事が遅い
実務で最も多い失点がこれです。
資料を受け取って2週間連絡がない、質問への回答に1か月かかる、面談の日程調整が進まない。売り手は「熱意がない」と受け取ります。
社内の決裁に時間がかかるのは事実でしょう。ただ、「いつまでに返事をします」という連絡は、その日のうちにできます。
進捗が無いことを伝えるのも連絡です。沈黙が一番悪い。仲介会社から見ても、動きの読めない買い手は優先度が下がります。
条件が後から変わる
意向表明で書いた条件を、デューデリジェンスの後に大きく下げる。これは強く嫌われます。
調査で問題が見つかれば価格が動くのは当然です。問題は、下げる理由を説明できないときです。
防ぐ方法は、意向表明に前提条件を書いておくことです。「直近3期の利益水準が継続することを前提」「簿外債務が無いことを前提」。前提が崩れたから下げる、という説明ができます。
前提を書かずに高い数字を出して後から下げる——この進め方は、業界内で記憶されます。
過去の買収での振る舞い
買い手が意識しにくい点です。前に買った会社をどう扱ったかは、伝わっています。
大幅な人員整理をした、社名をすぐ消した、前経営者との約束を守らなかった。こうした話は、仲介会社にも売り手にも届きます。
逆に、買収先を大切に運営している買い手には、案件が回ってきます。仲介会社が売り手に勧めやすいからです。
ネームクリアで書いたとおり、社名を知る前の段階で外されることがあります。その場合、断られたことにすら気づけません。
資金の裏付けが見えない
売り手が最も恐れるのは、最後の最後で実行できないことです。
したがって、資金をどう用意するのかは早い段階で示してください。自己資金の範囲か、融資を使うのか。融資なら、金融機関との話がどこまで進んでいるか。
関心表明書や融資の内諾を添えられれば強いのですが、無くても「◯◯銀行と協議中で、◯月には内諾が得られる見込み」と具体的に書くだけで違います。
「資金は問題ありません」だけでは、判断材料になりません。
仲介会社との関係
案件は、仲介会社を経由して来ます。仲介会社から見て動きやすい買い手であることは、実利があります。
買収ニーズを具体的に伝えてあるか。業種・エリア・規模・投資額の上限・統合の方針。「良い会社があれば」では、リストに載りません。
そして、断るときも丁寧に。理由を簡潔に伝え、資料を返却・破棄し、早く連絡する。
丁寧に断る買い手には、次が回ってきます。逆に、放置する買い手には回りません。これは実務の事実です。
価格を上げても解決しない場合
断られたとき、価格を上げれば通ると考えがちですが、そうでない類型があります。
同業で、取引先が重なる場合。売り手の取引先から見て、買い手が競合になる。取引を失う懸念があります。
売り手の従業員が買い手に強い抵抗を持っている場合。過去の経緯があることもあります。
買い手の財務内容に不安がある場合。譲渡後に会社が傾けば、従業員が困ります。
これらは金額では動きません。理由を確認せずに価格だけ上げると、高値で買ったうえに断られます。
理由を聞く
最後に、実務として最も役に立つことを。断られたら、理由を聞いてください。
仲介会社は売り手の意向を尊重する立場なので、詳細は話せないことが多いのですが、「価格でしたか、条件でしたか」程度は教えてもらえます。
価格なら、次は水準を見直す。条件なら、提示の仕方を変える。相手が決まっていたのなら、それは仕方がない。
断られた理由を集めると、自社が市場でどう見られているかが分かります。これは、案件を重ねるほど効いてきます。