買収価格が対象会社の純資産を上回れば、その差額は「のれん」として扱われます。のれんは計上して終わりではなく、その後の決算に影響し続けます。利益が思ったより出ない、金融機関との約束した指標に届かない——こうした事態を避けるには、買う前に償却の影響を試算しておく必要があります。本稿では、のれんの償却が利益と資金繰りにどう効いてくるかを、買い手の実務目線で整理します。なお会計・税務の取扱いは個別の事情によりますので、必ず公認会計士・税理士にご確認ください。

のれんはどこに、どう現れるか

まず押さえたいのは、のれんがどの決算書に現れるかがスキームによって違うという点です。株式を取得して子会社にした場合、買い手の個別の決算書に計上されるのは「子会社株式」であり、のれんは出てきません。のれんが現れるのは、連結の決算を作ったときです。

一方、事業譲渡で資産や負債を直接引き受けた場合や、合併によって取り込んだ場合には、買い手自身の決算書に資産としてのれん(営業権)が計上されます。この場合は、個別の決算書の利益が直接影響を受けます。

この違いは実務上、大きな意味を持ちます。連結の決算を作っていない会社が株式取得で子会社を持った場合、個別決算の利益はのれん償却の影響を受けません。ただしそれは「影響がない」のではなく「決算書に表れない」だけであり、投資の回収が進んでいるかどうかは別に把握しておく必要があります。

のれんの基本的な意味については「のれん代とは|M&Aにおける営業権の意味と価格への影響」をご覧ください。本稿では、その後の利益への効き方に焦点を当てます。

会計上の償却|期間と金額の考え方

日本の会計基準では、のれんは資産として計上し、その効果が及ぶ期間にわたって規則的に償却するのが原則的な扱いです。償却の期間は、超える上限が定められており、その範囲で、買収による効果がどれくらいの期間続くと見込まれるかに応じて決めることになります。

期間を短くすれば、一年あたりの償却費は大きくなり、利益への影響も大きくなります。逆に長くすれば、一年あたりの負担は軽くなりますが、影響が長く続き、後年に減損が生じたときの金額も大きくなり得ます。どの期間が妥当かは、買収によって得た価値がどれくらい持続するかという実態に基づく判断であり、監査を受けている会社であれば、その根拠の説明が求められます。

買い手として試算しておきたいのは、単純な割り算です。のれんの金額を想定する償却期間で割れば、一年あたりの償却費が出ます。その金額を、買収後の想定営業利益から差し引いてみる。ここで利益がほとんど残らないようであれば、価格が高いか、償却期間の想定が短すぎるか、あるいは事業計画が楽観的すぎるということになります。

この試算は、意向表明の段階でも十分にできます。価格を提示する前に一度確認しておくと、後から「思ったより利益が出ない」と気づく事態を避けられます。

税務上の扱い|資産調整勘定との違い

会計上ののれん償却と、税務上の損金算入は、必ずしも一致しません。ここを混同すると、納税額の見込みが狂います。

株式譲渡によって子会社を取得した場合、買い手が計上するのは子会社株式であり、税務上、その取得価額を期間にわたって損金に算入するという扱いはありません。連結上ののれん償却費も、税務上の損金にはなりません。つまり、会計上は利益が減っても、納税額は減らないということです。

一方、事業譲渡や一定の組織再編によって資産を直接取得した場合には、税務上「資産調整勘定」として、一定期間にわたって損金に算入される扱いになることがあります。この場合は、課税所得が減り、納税額が抑えられる効果が生じます。

この差は、税引後のキャッシュフローに直結します。同じ会社を同じ価格で買っても、スキームによって手元に残る現金が変わるということです。したがって、スキームの選択にあたっては、税務上の取扱いを含めて検討する必要があります。適用の可否や要件は個別の事情によって判断が分かれますので、必ず税理士にご確認ください。スキームの比較は「株式譲渡と事業譲渡どちらで買うか|買い手から見た比較」もご参照ください。

利益への影響を、どこまで許容するか

のれん償却によって連結の利益が薄くなること自体は、必ずしも悪いことではありません。現金は出ていかないからです。問題になるのは、利益の水準が何かの判断や約束に結びついている場合です。

  • 金融機関との財務制限条項——一定の利益や自己資本の水準を維持する約束がある場合
  • 取引先や外部への説明——決算の見え方が信用に影響する場合
  • 社内の評価制度——買収した事業の責任者の評価に償却費を含めるかどうか
  • 次の資金調達——利益水準が調達余力の判断材料になる場合

三つ目は見落とされがちですが、統合の現場に影響します。のれん償却費を買収先の損益に負わせると、その事業がどれだけ改善しても数字上は赤字が続く、という状況になり得ます。現場の意欲を削がないよう、事業としての実力を測る数字と、投資の回収を測る数字を分けて管理するのが実務的です。

また、のれんは償却するだけでなく、収益力が想定を下回った場合に減損の対象になります。減損は一度に大きな損失を計上することになるため、影響は償却より大きくなります。仕組みと予防については「のれんの減損とは|買収後に損失が出る仕組みと防ぎ方」をご覧ください。

買う前に確かめておく四つのこと

のれんに関して、買収の判断をする前に確認しておきたい点を整理します。

  • のれんの想定額——買収価格と、実態に直した純資産の差はいくらか
  • 償却期間の想定——買収によって得た価値は、どれくらいの期間続くと見込むか
  • スキームによる税務上の差——損金算入の有無で、税引後の手元資金がどう変わるか
  • 償却後の利益水準——それでも事業として成り立つか、約束した指標を満たせるか

一つ目については、DDによって実態純資産が修正されると、のれんの金額も変わります。DD前の試算はあくまで暫定であり、結果を踏まえて引き直す必要があります。

二つ目の判断は、買収の目的とも結びつきます。顧客基盤を得るための買収で、その顧客との関係が長く続くと見込めるなら、長めの期間に相応の根拠があります。一方、技術や商材のように陳腐化が早いものが対象であれば、短めの期間を想定すべきでしょう。

四つ目が最も実務的な問いです。償却後の利益で見て、この投資は回収できるのか。ここに納得できる答えが出せなければ、価格の見直しか、見送りの判断が必要になります。価格の考え方は「買収価格をどう決めるか|投資回収の考え方」もあわせてご覧ください。

まとめ|償却は「価格の後払い」だと考える

のれんの償却は、支払った買収価格のうち純資産を超える部分を、その後の期間に費用として配分していく手続きです。言い換えれば、価格の高さが、買った後の決算に長く効き続けるということです。高く買えば償却も重くなり、利益は出にくくなります。

現金が出ていかないという意味では、償却費は資金繰りを直接圧迫しません。しかし、財務制限条項や社内の評価制度を通じて、経営の自由度に影響することがあります。買う前に試算し、影響の大きさを把握しておくことが大切です。

そして、会計上の扱いと税務上の扱いが異なる場合があることは、必ず押さえてください。スキームによって税引後の手元資金が変わり、それは返済余力にも直結します。

本稿は一般的な整理です。償却期間の設定、資産調整勘定の適用可否、減損の判定はいずれも個別の判断を伴いますので、公認会計士・税理士にご確認ください。当社プラチナパートナーズでは、買い手企業様のスキーム検討と価格の組み立てについてご相談を承っています。

よくあるご質問

A.株式取得で子会社とした場合、買い手の個別決算に計上されるのは子会社株式であり、のれんは連結の決算で現れます。連結決算を作成していない会社では決算書上に表れませんが、投資の回収が進んでいるかどうかは別途把握しておく必要があります。事業譲渡や合併で資産を直接取得した場合は、個別決算にのれんが計上されます。
A.スキームによって扱いが異なります。株式取得による子会社化では、連結上ののれん償却費は税務上の損金になりません。一方、事業譲渡や一定の組織再編で資産を直接取得した場合、税務上の資産調整勘定として一定期間にわたり損金に算入される扱いになることがあります。適用可否は個別の事情によりますので、税理士にご確認ください。
A.買収によって得た価値がどれくらいの期間にわたって効果を及ぼすかという実態に基づいて判断します。定められた上限の範囲内で設定することになり、監査を受けている会社であれば根拠の説明が求められます。期間を短くすれば一年あたりの負担が重くなり、長くすれば影響が長く続きます。公認会計士にご相談ください。

Free Consultation

買う前に、償却後の利益まで試算しておきましょう

スキームの選択と価格の組み立てについて、専門家のご紹介を含めてご相談を承ります。
買い手企業様のご相談は無料です。

無料相談を申し込む

Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら