買収が期待どおりにならないとき、原因は買収の後ではなく買収の前に埋まっていることが大半です。典型的な型を挙げます。どれも事前に手当てができるものです。

型1: キーマンが辞める

最も多い型です。譲渡の発表後、半年から1年の間に、事業を支えていた人が辞めます。

営業の大半を一人で持っていた、技術を一人で担っていた、取引先との関係が個人に紐づいていた。その人が抜ければ、買収した事業の中身が変わります。

前兆は、デューデリジェンスの段階で見えます。特定の個人に売上が集中しているその人の処遇が不明確前経営者との個人的な関係で会社に残っている

手当ては、キーマンを早期に特定し、条件を提示して残る意思を確認することです。買収後に慌てて話しても遅い場合があります。

型2: 想定した数字が出ない

買収前の計画と、実際の業績が乖離する型です。

原因は二つに分かれます。①もともとの数字が実態と違った。役員報酬や地代家賃の調整を過大に見ていた、一時的な特需を継続すると見ていた、といったものです。

②買収によって数字が落ちた。前経営者の営業力が失われた、従業員の士気が下がった、値決めの裁量を本社に上げたことで受注が減った。

前者はデューデリジェンスの精度の問題です。後者は統合の設計の問題です。どちらの原因かを早く見極めないと、対策を誤ります。

型3: 取引先が離れる

中小企業の取引には、個人の信頼に基づくものが多く含まれます。

「先代の社長だから続けていた」という取引は、実際に存在します。資本が変わったことをきっかけに、見直しが入ります。

また、買い手が同業の場合、取引先が競合関係になることがあります。相手から見て、自社の情報が競合に渡ることを嫌がります。

手当ては、主要取引先への挨拶を、前経営者と一緒に、早い段階で行うことです。そして、契約にチェンジ・オブ・コントロール条項がないかを事前に確認してください。

型4: やり方を急に変える

買い手として、良かれと思って行うことが裏目に出る型です。

会計システムを本社に統一する。稟議のルールを揃える。営業日報を導入する。いずれも管理の観点では正しいのですが、一度にやると現場が止まります。

従業員から見れば、昨日までのやり方が全部否定されたように映ります。

手当ては、変える順番を決めることです。まず、変えないものを明言する。次に、安全や法令に関わるものから変える。効率化は後回しでよいのが実際です。最初の数か月は、聞くことに時間を使ってください。

型5: 統合を放置する

型4の逆です。「今までどおりでいいですよ」と言ったまま、何もしない型です。

買い手としては配慮のつもりですが、これも問題を生みます。月次の数字が出ない、経費の使い方が把握できない、リスクが見えない。

何年か経ってから「実は大きな問題があった」と分かる、という展開になります。

手当ては、管理の最低ラインだけは初期に入れることです。月次決算を翌月に出す、一定額以上の支出は本社の承認を要する、重要な契約は事前に報告する。この3つだけでも、見えるものが大きく変わります。

型6: 前経営者との関係が壊れる

引き継ぎ期間中に、前経営者と買い手が対立する型です。

原因はたいてい、権限の曖昧さです。前経営者は「まだ自分が見るべき」と考え、買い手は「もう自分たちの会社」と考える。従業員は板挟みになります。

また、買収前の説明と実際の運営が違うと、前経営者は裏切られたと感じます。「社名は残す」「従業員の処遇は変えない」と言っていたのに、半年で変えた、というような場合です。

手当ては、権限の範囲と期間を書面にすること、そして言ったことを守ることです。守れない約束は、最初からしないでください。

財務上の帰結

これらが積み重なると、財務にも表れます。

買収価格が対象会社の純資産を上回る場合、その差額はのれんとして計上されます。日本の会計基準では、のれんは20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって規則的に償却します。

そして、当初想定した収益が見込めなくなった場合、減損の検討が必要になります。減損損失を計上すれば、その期の損益に大きく響きます。

つまり、統合の失敗は数年後に決算書へ出てきます。具体的な会計処理は、必ず会計士・税理士にご確認ください。

防ぐために、買収前にできること

整理します。挙げた型のほとんどは、買収前に手が打てます。

キーマンを特定し、処遇を決めておく。数字の中身を、調整項目まで分解して確認する。主要取引先の契約条項を確認する。統合の担当者と、変える順番を決めておく。前経営者の権限と期間を書面にする。

いずれも、デューデリジェンスから最終契約までの間にできることです。

「買ってから考える」が、最も費用の高い選択になります。PMIの担当者を誰にするかも併せてご覧ください。

※ 本稿は一般的な考え方をご紹介するものであり、個別の法務・税務アドバイスではありません。実際の取り扱いは会社の状況や契約の定めによって異なります。専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.キーマンの離職です。譲渡の発表後、半年から1年の間に事業を支えていた人が辞めることがあります。デューデリジェンスの段階で特定の個人への売上集中や処遇の不明確さとして前兆が見えます。
A.もともとの数字が実態と違った(調整項目の過大評価、一時的な特需)のか、買収によって落ちた(前経営者の営業力の喪失、士気の低下、裁量の引き上げ)のかを見極めてください。原因が違えば対策も変わります。
A.一度に変えると現場が止まります。まず変えないものを明言し、安全や法令に関わるものから変えてください。効率化は後回しで構いません。最初の数か月は聞くことに時間を使ってください。
A.管理の最低ラインは初期に入れてください。月次決算を翌月に出す、一定額以上の支出は本社承認を要する、重要な契約は事前報告する。この3つだけでも見えるものが大きく変わります。
A.買収価格が純資産を上回る差額はのれんとして計上され、日本の会計基準では20年以内のその効果の及ぶ期間にわたって規則的に償却します。当初想定した収益が見込めなくなれば減損の検討が必要になります。具体的な処理は会計士・税理士にご確認ください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら