本社ビルや工場、倉庫、賃貸アパート——中小企業には、事業とともに不動産を保有している会社が数多くあります。不動産を持つ会社の売却では、「不動産の価値はどう評価に反映されるのか」「不動産まで含めて売るべきか、切り離すべきか」という、不動産のない会社にはない論点が加わります。本稿では、評価の基本的な考え方と、実務で検討される選択肢(不動産ごと売る/切り離して売る/経営者個人の不動産の整理)を、それぞれの特徴と留意点とともに解説します。なお、不動産の評価や税務の取り扱いは個別性が非常に高いため、実際のご検討にあたっては不動産鑑定士・税理士等の専門家に必ずご確認ください。
不動産を持つ会社の売却で何が論点になるのか
不動産を保有する会社の売却で特有の論点が生まれる理由は、大きく三つあります。
- 帳簿価額と時価が乖離しやすい——不動産は取得から年月が経っていることが多く、帳簿上の金額と現在の価値の差(含み益・含み損)が大きくなりがちです。評価では、この乖離をどう反映するかが問われます
- 買い手が欲しいものと一致するとは限らない——買い手の関心は多くの場合「事業」にあります。事業に使っていない不動産まで含まれていると、買収総額が膨らみ、買い手側の資金調達の負担が増します
- 売り手の意向が分かれる——「不動産も一緒に手放して現金化したい」という方もいれば、「不動産は手元に残して賃料収入を得たい」という方もいます。どちらを選ぶかで取引の設計が変わります
つまり不動産は、評価の問題であると同時に、取引の組み立て(ストラクチャー)の問題でもあります。この二つを分けて考えることが、議論を整理する第一歩です。
評価の考え方|含み損益の反映と「事業用・非事業用」の区別
時価への評価替えが出発点
中小M&Aの評価で広く使われる時価純資産をベースにした方法(時価純資産法)では、不動産は帳簿価額ではなく時価で評価し直します。含み益があれば純資産は帳簿より大きく、含み損があれば小さく修正されます。このとき、含み益に対応する将来の税負担を考慮して調整する考え方もあり、どこまで反映するかは評価の設計によります。時価の把握には、固定資産税評価額や路線価、近隣の取引事例、不動産鑑定士による鑑定評価などが手がかりになりますが、どの水準を採るかで結果が変わるため、重要な物件ほど専門家による評価が望まれます。
「事業用」か「非事業用」かで意味が変わる
同じ不動産でも、評価上の意味は用途によって異なります。
| 区分 | 例 | 評価・取引上の位置づけ |
|---|---|---|
| 事業用不動産 | 本社・工場・店舗・倉庫など事業の継続に必要な物件 | 事業と一体の資産。事業の収益力の前提として評価に織り込まれる |
| 非事業用不動産 | 賃貸アパート・遊休地・保養所など事業と直接関係のない物件 | 事業とは別の財産。時価で加算される一方、買い手によっては「不要な資産」となり、切り離しの検討対象になる |
「不動産があるから会社が高く売れる」と単純にはいえないのは、この区別があるからです。非事業用不動産は確かに財産価値として評価に乗りますが、その分だけ買収総額が大きくなるため、事業だけを買いたい買い手にとってはかえって障害になることがあります。買い手候補の幅を広げるという観点から、切り離しが検討されるのです。
選択肢1|不動産ごと会社を売る
最もシンプルなのは、不動産を保有したまま株式を譲渡する方法です。
- 手続がシンプル——切り離しのための組織再編や個別の売買が不要で、準備期間を短くできる
- すべてを一度に手放せる——経営から退くと同時に、不動産の管理からも解放される
- 事業用不動産なら買い手の安心材料にもなる——事業拠点を自社保有していることは、事業継続の安定性として評価される場合がある
一方で、非事業用不動産を多く含む場合には、前述のとおり買収総額が膨らんで買い手候補が限られる可能性があります。また、賃貸事業などを含む場合、買い手側にその運営の意思があるかどうかも論点になります。「不動産も含めて引き継ぎたい」という買い手と出会えるかが鍵となるため、相手探しの戦略と一体で考える必要があります。
選択肢2|不動産を切り離してから売る
事業と不動産を分け、事業会社だけを譲渡する方法です。実務では主に次のような手法が検討されます。
会社分割による切り離し
会社分割という組織再編の手続を使い、不動産(または事業)を別会社に移したうえで、事業会社の株式を譲渡する方法です。不動産は売り手側に残る会社が保有し続けるため、売却後も賃料収入を得る資産として活用できます。事業会社が不動産を使い続ける場合は、両社の間で賃貸借契約を結びます。
個別の売買による切り離し
対象の不動産を、経営者個人や経営者の資産管理会社などが会社から買い取る方法です。手続は会社分割より単純ですが、時価での売買が前提となり、買い取る側に資金が必要です。
いずれの方法にも、共通する留意点があります。
- 税務上の影響が必ず生じる——不動産の移転に伴う法人側の譲渡損益への課税、不動産取得税・登録免許税、会社分割の場合は組織再編税制の適用要件など、検討すべき税務論点が多岐にわたります
- 時間がかかる——手続と関係者調整を含め、切り離しには相応の期間を見込む必要があります。売却スケジュールから逆算した早めの着手が不可欠です
- 買い手への説明が必要——売却直前の資産移動はデューデリジェンスで必ず確認されます。目的と経緯を明確に説明できる、適正な手続・適正な価格での実行が大前提です
経営者個人が不動産を持っている場合の整理
逆のパターンとして、本社や工場の土地建物を経営者個人(またはその親族・資産管理会社)が所有し、会社に貸しているケースも中小企業では一般的です。この場合、会社売却にあたって扱いを決めておく必要があります。
会社(または買い手)に売却して一体化する
事業継続に不可欠な不動産であれば、会社または買い手に売却して事業と一体化する方法があります。買い手にとっては拠点の安定確保というメリットがある一方、買収総額は大きくなります。個人側には譲渡所得への課税が生じるため、税負担を含めた比較検討が必要です。
賃貸借を継続する
個人所有のまま、買収後の会社に貸し続ける方法です。経営者は退任後も賃料収入を得られ、買い手は取得資金を抑えられます。ただし買い手の立場では、「退任した前オーナーが大家である」状態が続くため、賃料が適正水準か、契約期間・更新・修繕負担などの条件が明確かが重要な確認事項になります。口頭や曖昧な条件で貸してきた場合は、売却プロセスの前に、適正条件の賃貸借契約書を整えておくことをおすすめします。
どちらを選ぶにしても、個人所有の不動産の存在は、交渉の初期段階で買い手に開示し、方針をすり合わせておくべき事項です。後出しになるほど、交渉は複雑になります。
まとめ|「事業に必要か」で分け、早めに専門家と設計する
不動産を持つ会社の売却について、要点を整理します。
- 不動産は時価で評価し直され、含み損益が純資産の評価に反映される
- 「事業用か・非事業用か」で位置づけが変わる。非事業用は財産価値になる一方、買い手候補を狭める要因にもなりうる
- 選択肢は大きく「不動産ごと売る」「切り離して売る」の二つ。切り離しには会社分割や個別売買があり、税務影響と時間を要する
- 経営者個人所有の事業用不動産は、一体化するか賃貸借を続けるかを早めに決め、契約を書面で整える
- いずれの道も、評価・税務は個別性が高い。不動産鑑定士・税理士等の専門家との連携が前提
不動産の扱いは、売却スケジュールの後半で持ち上がると打てる手が限られてしまう論点です。当社プラチナパートナーズでは、無料相談の段階で不動産の状況をお伺いし、貴社に合った進め方の選択肢を、専門家との連携も含めてご一緒に整理いたします。会社全体の評価の考え方は「会社売却の価格はどう決まる」も参考にしてください。