保育園・認定こども園は、子どもたちの育ちと保護者の生活を支える、地域に欠かせないインフラです。だからこそ、運営者が事業の続け方に悩んだとき、「閉園」という選択は最後まで避けたいと考える方がほとんどです。経営者様の高齢化や、一法人一園という単独運営の負担の重さを背景に、信頼できる引き受け手へ運営を引き継ぐM&A・事業承継が、保育業界でも選択肢として意識されるようになっています。本稿では、運営主体の類型によって異なる承継の形、認可の扱い、保護者・職員への配慮まで、保育事業ならではの論点を整理してご説明します。

保育業界で高まる事業承継のニーズ

保育業界では、一般論として次のような経営環境の変化が承継ニーズの背景にあるとされています。

  • 創業者・理事長・園長の高齢化と、後継者となる人材の不足
  • 保育士の採用・定着競争の激化と、処遇改善への対応負担
  • 地域によっては定員充足の変動があり、単独運営では経営の見通しを立てにくいこと
  • ICT化・安全対策・行政報告など、運営に求められる事務負担の増加

帝国データバンクの2025年調査では、国内企業の後継者不在率は50.1%とされており、これは保育に限らず日本の中小事業者に共通する課題です。一法人で一園、あるいは数園を運営する規模では、園長の後任確保、本部機能の維持、突発的な人員不足への対応をすべて自前で担わなければならず、この負担の重さが、複数園を運営する法人グループへの承継を検討するきっかけになることが多いようです。廃業(閉園)と比べたとき、M&Aによる承継は、子どもたちの保育環境と職員の雇用をそのまま守れる点で大きな意味を持ちます。事業承継の選択肢全体については事業承継・後継者不在の方へのページもご覧ください。

需給の数字は、方向が一度変わっています。こども家庭庁「保育所等関連状況取りまとめ(令和8年4月1日)」(2026年公表)によると、保育所等の利用定員は302万人(前年比1.3万人の減少)、利用児童数は265万人(同3.2万人の減少)で、どちらも減っています。一方で待機児童数は2,435人と前年より181人の増加で、待機児童のいる市区町村は189と前年から22減りました。全体では縮み、残っているところには偏って残るという形です。承継を考えるときに見るのは全国の数字ではなく、その園が立つ市区町村の需給になります。

運営主体の類型で異なる承継の形

保育園のM&Aを考えるうえで最初に整理すべきなのは、「運営主体がどの法人類型か」です。認可保育所の運営主体には社会福祉法人・株式会社等があり、類型によって承継の形が大きく異なります。

運営主体承継の一般的な形
株式会社株式譲渡により経営権を移転する形が基本。運営法人自体は存続するため、事業の枠組みは維持されやすいとされています
社会福祉法人持分の概念がないため株式譲渡はできず、理事・評議員の交代による経営参画や、法人間の合併・事業譲渡といった形が検討されます。所轄庁の関与のもとで進むのが一般的です
その他(学校法人・NPO法人等)法人類型ごとの法制度に沿った手続きが必要で、個別の検討を要します

株式会社が運営する園であれば、一般的な中小企業のM&Aと同様に株式譲渡を軸に検討できますが、社会福祉法人の場合は「株式を売買する」という概念自体がなく、ガバナンスの承継という性格が強くなります。どの類型でも、対価の設計や役員退任の時期など、検討すべき事項は多岐にわたります。株式譲渡と事業譲渡の一般的な違いは「株式譲渡と事業譲渡の違い」で解説しています。

認可の扱い|スキームと自治体調整

保育園のM&Aを他業種と分ける最大の論点が、認可の扱いです。認可保育所の運営には自治体の認可が必要であり、承継のスキームによってその扱いが変わります。

運営法人が存続するスキームの場合

株式譲渡のように運営法人がそのまま存続する形では、認可を受けた法人自体は変わらないため、事業の枠組みは維持されやすいとされています。ただし、経営者や役員の変更に伴う届出・報告が求められることがあり、自治体によって運用が異なるため、事前の確認が欠かせません。

事業譲渡など運営主体が変わるスキームの場合

事業譲渡のように運営主体そのものが変わる場合は、認可の再取得や自治体との調整が必要になるのが一般的とされています。新たな運営者の体制・実績の審査、引き継ぎ計画の説明など、時間を要するプロセスが想定されるため、スケジュールには十分な余裕を持たせる必要があります。

自治体への事前相談がすべての起点

いずれのスキームでも、認可・確認に関する具体的な手続きは自治体ごとに運用が異なります。承継の方向性が固まる前の早い段階で、守秘に配慮しながら自治体の担当部署へ事前相談を行い、必要な手続きと想定スケジュールを確認しておくことが、保育園M&Aの成否を分ける実務の要諦です。仲介会社・行政書士・弁護士等の専門家と連携し、相談の進め方から設計することをおすすめします。

保護者・職員への配慮|開示のタイミングと保育の継続性

保育園の承継は、契約書に調印して終わりではありません。保護者と職員という、園を支える方々への丁寧な説明があってはじめて完了します。

情報開示のタイミング

検討段階で情報が広がると、職員の不安や退職、保護者の動揺につながりかねません。一般的には、最終契約の締結など確定的な段階まで情報を厳格に管理し、開示の際は、まず園長・主任などの幹部職員、次いで全職員、そして保護者という順序で、説明の内容と時期を買い手と綿密に設計します。従業員への伝え方の一般論は「会社売却を従業員にいつ・どう伝えるか」が参考になります。

保育の継続性を具体的に伝える

保護者が最も知りたいのは、「子どもの日々が変わらないか」です。担任の先生や行事、保育方針が維持されること、変更がある場合はその内容と時期を、具体的に伝えることが安心につながります。承継後の一定期間、前運営者が引き継ぎに関与する体制をとる例も多く、こうした設計は交渉段階から買い手と話し合っておくべきテーマです。

買手の視点|どこが買い、何を確かめ、どう探すか

買手になるのは、どういう法人か

保育園の買手として実際に想定されるのは、いずれも「園を続けられる体制をすでに持っている」相手です。代表的なのは次の類型です。

  • 複数の園を運営する社会福祉法人・学校法人——同じ制度の中で運営してきた経験があり、職員の配置や行政対応の勘所を共有できます。
  • 保育事業を展開する株式会社——本部機能(採用・研修・経理・システム)を持っており、単独園の負担の重さを引き受けやすい立場にあります。
  • 児童発達支援・放課後児童クラブなど隣接領域の事業者——子どもと保護者に向き合う事業の延長として、地域での受け皿を広げる形になります。
  • 介護・医療・教育など、人材基盤を共有できる事業者——保育士の採用と定着に自社の仕組みを使える点を評価して検討に入ることがあります。

どの類型が相手になるかで、取れるスキームが変わります。運営主体が社会福祉法人か株式会社かによって承継の形が異なることは、「運営主体の類型で異なる承継の形」で述べたとおりです。相手探しの段階から、自園の運営主体とスキームの見通しを合わせて考える必要があります。

買手が確かめること

保育事業の買い手候補としては、複数園を運営する保育事業者や、教育・福祉分野の事業会社などが想定されます。買い手が重視するのは、一般に次のような点です。

  • 定員に対する充足状況と、その推移
  • 行政監査・指導での指摘の有無と改善状況
  • 保育士など職員の定着状況(定着は保育の質と受け入れ体制の裏づけと見られます)
  • 園舎・園庭の状況(自己所有か賃借か、賃貸借契約の条件)
  • 地域・保護者との関係、園の評判

とりわけ職員の定着は、承継後も園を安定して運営できるかを判断する中心的な材料です。日頃からの働きやすい職場づくり、処遇改善への取り組み、研修体制の整備は、保育の質を高めると同時に、承継の場面でも園の価値を裏づけることになります。

相手をどう探すか|匿名での打診と、自治体への事前相談

保育園の相手探しには、他の業種にはない二つの制約があります。

ひとつは秘密保持の重さです。園は地域の中で特定されやすく、定員・所在市区町村・設立年といった情報を組み合わせるだけで園名が推測されてしまいます。検討している事実が保護者や職員に伝われば、退園や職員の離職につながり、保育そのものが揺らぎます。相手への打診は社名を伏せた資料(ノンネーム資料)から始め、記載する情報の粒度そのものを調整することが欠かせません。情報管理の考え方は「M&Aの情報漏洩対策」でも整理しています。

もうひとつは自治体との関係です。認可の扱いはスキームによって変わり、自治体の判断が関わります。買手候補を絞る段階から、どの形なら認可を維持できるのかの見通しを持っておかないと、条件が固まってから前提が崩れることになります。相手が決まってから相談するのではなく、進め方の設計に自治体への事前相談を組み込んでおくことをお勧めします。

買手側から見た懸念も、あらかじめ想定しておくと交渉が進めやすくなります。認可の再取得が必要なスキームでは開園の継続性に不確実性が残ること、職員がまとまって退職した場合に配置基準を満たせなくなること、園舎が賃借で貸主の承諾が必要な場合にその見通しが立つかどうか——このあたりは、ほぼ必ず確認されます。

買う側として検討する場合|順番と、つまずきやすい点

ここまでは譲る側から見た買手像ですが、買う側に立つと、確かめる順番が変わります。保育は認可と公的な給付の上に成り立つ事業なので、価格や収益の見立てよりも先に、その園を自社の名義で続けられるのかを確かめることになります。

一つめは、認可が買い方によって扱いを変えることです。運営法人の経営権そのものを引き継ぐ形(株式譲渡など)では事業主体が変わらないため、認可の枠組みは維持されやすい一方、園だけを切り出して別法人へ移す形(事業譲渡)では事業主体が変わるため、自治体との協議と認可の手続が必要になるのが一般的とされています。詳しくは「認可の扱い|スキームと自治体調整」と「株式譲渡と事業譲渡の違い」をご覧ください。同じ園でも、買い方を変えると必要な手続きが変わります。

二つめは、日程を自治体の審査に合わせることです。認可は自治体の権限で、運営主体が変わるときには審査が入ります。他の地域で複数の園を運営していても、その自治体での審査は別に行われます。契約の条件を固めてから相談に行くと、前提が崩れて戻ることになります。買う側の検討では、自治体への事前相談を工程表の最初に置くのが実務的です。

三つめは、収入の作られ方です。認可保育所の収入は、利用者が負担する保育料だけで決まるものではなく、自治体を通じて入る給付(施設型給付・委託費)が中心で、その単価は国が定める公定価格に基づきます。価格を自社で決められる事業ではないため、見るべきは定員に対する充足の状況と、職員の配置に寄ります。業界全体の局面(待機児童から定員割れへ)と公定価格の動きは、出典つきで「保育業界の動向|待機児童の状況と定員充足率」に整理しています。

四つめは、人が残るかどうかです。配置基準を満たせなければ、園は定員どおりに子どもを受け入れられません。買う側にとって、職員の定着は「評価の一項目」ではなく事業が続く前提条件です。処遇・勤務体制・役職の扱いを承継後にどうするのかは、条件を詰める段階で具体的に決めておくことになります。従業員の処遇の考え方は「M&Aで従業員の雇用はどうなるか」でも述べています。

五つめは、園舎です。自己所有であれば評価の対象になりますが、賃借の場合は貸主の承諾が必要になることがあり、ここが整わないと取引そのものが進みません。建物の用途・耐震・設備の基準も、園として使い続けられるかに直結します。

なお、保育園の案件が公開の場に並ぶことはほとんどありません。園は地域の中で特定されやすく、検討している事実が漏れるだけで保育が揺らぐためです。買う側は「探して見つける」よりも、希望する条件をあらかじめ預けておく形になります。当社も案件情報は秘密保持の観点から公開しておらず、ご希望の条件をお預かりして個別にご案内しています。買収をお考えの場合は「買い手企業の皆様へ」をご覧ください。

早期準備と専門家連携のすすめ

ここまで見てきたとおり、保育園のM&Aは、認可という行政の枠組み、法人類型ごとの制度、保護者・職員への配慮という三層の論点が重なる、時間のかかるプロセスです。だからこそ、「まだ数年先のこと」と思う段階からの早期準備が有効です。運営資料(認可関係書類・監査記録・職員名簿・収支資料)の整理、園の強みの言語化、そして信頼できる専門家との連携体制づくりを、余裕のあるうちに始めておきましょう。

仲介会社を選ぶ際は、中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版・令和6年8月)が求める手数料・利益相反の説明が契約前に書面で示されるかをご確認ください。当社プラチナパートナーズは、相談料・着手金・月額報酬0円の成功報酬型(中間金は基本合意時に成功報酬額の10%、成功報酬から全額差引・不成立でも返金なし/成功報酬は移動総資産レーマン方式(基準額=株式価値+負債総額)・最低2,000万円(税別))で、保育事業の承継を初回のご相談から成約まで一気通貫でご支援します。秘密保持を徹底のうえ承りますので、まずは無料相談からお聞かせください。

本稿の許認可・法務に関する記載は2026年9月時点の制度に基づく一般的な解説です。個別の手続きについては、必ず行政庁・弁護士等の専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.認可保育所の運営には自治体の認可が必要であり、承継のスキームによって扱いが異なります。株式譲渡のように運営法人がそのまま存続する形では事業の枠組みは維持されやすい一方、事業譲渡の場合は認可の再取得や自治体との調整が必要になるのが一般的とされています。いずれの場合も自治体への早期の事前相談が欠かせません。
A.情報管理の観点から、検討段階での開示は避け、最終契約の締結など確定的な段階で、職員(まず園長・主任などの幹部から)、次いで保護者の順に説明するのが一般的です。保育の継続性、担任や行事が変わらないことなど、子どもへの影響がないことを具体的に伝えることが安心につながります。
A.定員に対する充足状況や運営実績、行政監査での指摘の有無といった運営の健全性に加え、保育士など職員の定着状況を重視するのが一般的です。職員の定着は保育の質と受け入れ体制の裏づけであり、承継後も園を安定して運営できるかを判断する中心的な材料になります。
A.買い方によって変わります。運営法人の経営権を引き継ぐ形(株式譲渡など)では事業主体が変わらないため認可の枠組みは維持されやすく、園だけを別法人へ移す形(事業譲渡)では事業主体が変わるため自治体との協議と認可の手続が必要になるのが一般的とされています。いずれの形でも認可は自治体の権限であり、他の地域での運営実績があってもその自治体での審査は別に行われます。契約条件を固める前に、自治体への事前相談を工程表の最初に置くことをお勧めします。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役副社長。中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら