「子どもの数が減っているのに、塾を買う会社などあるのか」——学習塾を経営される方から、しばしばこうしたお言葉をいただきます。結論から申し上げれば、買い手はいます。それどころか、少子化という前提があるからこそ、既存の塾を取得する動きは活発です。市場が縮小する局面では、新規に教室を出して生徒を一から集めるより、すでに生徒が通っている教室を取得するほうが合理的だからです。本稿では、少子化のなかで塾業界に何が起きているのかを整理したうえで、買い手が学習塾のどこに価値を見出すのか、そして教室・講師・ブランドという三つの資産をどう引き継ぐのかを、実務の観点からご説明します。

少子化のなかで、塾業界に起きていること

学齢期の人口が減少しているという事実は、塾業界にとって動かしがたい前提です。ただし、その影響の現れ方は一様ではありません。実務でお話を伺っていると、少なくとも三つの異なる力が同時に働いていることがわかります。

第一に、生徒一人あたりにかけられる教育費の水準です。子どもの数が減る一方で、一人にかける費用は必ずしも減っていません。むしろ、少人数指導や個別指導、オンラインとの併用など、単価の高いサービスを選ぶご家庭は一定の厚みを保っています。総数の減少を単価が部分的に補う構図があるということです。

第二に、地域差です。人口が集中する都市部と、学齢人口の減少が急速に進む地方とでは、状況がまったく異なります。同じ「学習塾」でも、立地によって将来の見通しは大きく分かれ、そのことがM&Aの評価にも直接反映されます。

第三に、教育内容の変化です。入試制度の変化、学校でのICT活用、プログラミングや英語といった領域の拡大、オンライン授業の一般化——塾に求められる中身は変わり続けています。これに対応するには、教材の刷新、講師の研修、システムの導入といった投資が要ります。個人経営の教室が単独で追い続けるには、負担が小さくありません。

こうした環境のなかで、長く地域に根ざしてきた塾の経営者様が「自分の代で畳むのは、通ってくれている生徒にも講師にも申し訳ない」とお考えになり、第三者への承継を選ばれるケースが増えています。帝国データバンクの2025年の調査によれば国内企業の後継者不在率は50.1%とされており、塾業界もその例外ではありません。

それでも買い手がいる理由|生徒基盤という時間の節約

買い手の視点に立つと、既存塾の取得は極めて効率的な選択です。新規に教室を開くとなれば、物件を探し、内装を整え、講師を採用し、チラシを撒き、体験授業を重ねて、ようやく最初の生徒が入ります。そこから損益が黒字に転じるまでには、相応の期間と広告費がかかります。

これに対しM&Aであれば、すでに生徒が通い、講師が働き、地域に名前が知られている状態を、そのまま引き継ぐことができます。買い手が対価を支払っているのは、教室の設備ではなく、そこに至るまでの「時間」です。

買い手の類型は、おおむね次のように分かれます。ひとつは、同一地域や隣接地域で塾を運営する事業者による、面としてのシェア拡大。教室網が密になれば、講師の融通、教材費の分散、広告の効率がすべて改善します。もうひとつは、大手教育グループや異なる領域の教育事業者による、生徒層・学年層の補完です。小学生向けに強い塾が中高生向けの塾を、集団指導の塾が個別指導の塾を取得するといった動きがこれにあたります。さらに、教育事業への参入を図る他業種の企業や、独立を目指す個人が買い手となる小規模な譲渡もあります。

いずれの買い手も、市場全体が縮小することは織り込んでいます。そのうえで、「縮小する市場のなかで生き残る側に立つ」ための手段としてM&Aを位置づけている、と理解しておくと交渉の見通しが立てやすくなります。

評価される数字と、評価されにくい数字

学習塾の価値評価では、直近期の利益額よりも、生徒基盤の質と継続性を示す数字が重視されます。買い手が確認する主な指標を整理します。

評価される項目買い手が見ているポイント
在籍生徒数の推移年度ごとの在籍数の変化。3年分程度の推移で基調を判断されます。
学年別の構成下の学年が厚いか。最上級学年に偏っていると、翌年に大きく減る前提で見られます。
継続率・進級時の残留率学年が上がるタイミングでどれだけ残るか。塾の満足度を最も端的に示す数字です。
生徒一人あたり単価月謝に加え、講習会費・教材費まで含めた年間の実額。
教室別の損益黒字教室と赤字教室の内訳。教室単位で採算が説明できるか。
集客経路紹介・口コミが中心か、広告依存か。広告依存度が高いほど費用の継続が前提になります。

なかでも継続率は、学習塾の評価における中核です。新規入塾がどれだけあっても、途中退塾が多ければ生徒数は積み上がりません。逆に、継続率が高い塾は広告費をかけずとも在籍が安定し、収益の予測が立てやすくなります。買い手にとっては、この予測可能性こそが価値です。

一方で、経営者様が誇りに思われていても評価に反映されにくい要素もあります。たとえば、経営者様ご自身が長年培ってこられた指導ノウハウや、生徒・保護者との個人的な信頼関係です。これらは事業の質を支える本質的な要素ですが、譲渡後に承継されるかどうかが不確かなため、買い手は慎重に評価します。教える技術が組織のなかで文書化・共有され、経営者様以外の講師も同じ水準の授業を提供できている——そう示せる状態にしておくことが、こうした無形の価値を価格に反映させる近道です。

教室・講師・ブランド|三つの資産をどう引き継ぐか

教室の賃貸借契約

塾の資産の実体は、多くの場合、賃借している教室です。ここで確認しておきたいのが、賃貸借契約の内容です。株式譲渡であれば法人が賃借人のまま変わらないため、契約はそのまま存続するのが一般的ですが、契約書に経営権の異動や株主の変更を賃貸人への通知事項・承諾事項とする条項が置かれていることがあります。一方、事業譲渡の場合は賃借人が交代するため、原則として賃貸人の承諾が必要になります。承諾を得られるか、名義変更料が求められるかは、実行の可否そのものに関わる論点です。契約書は早い段階でご確認ください。

また、教室が経営者様やその親族の所有物件である場合、譲渡後に賃貸借関係をどう整理するのかを決めておく必要があります。賃料の水準が周辺相場から乖離していると、譲渡後の損益が変わるため、価格交渉の論点になります。

講師の確保

塾の運営は、専任講師と学生アルバイト講師の組み合わせで成り立っていることが多く、この構成が譲渡後にどうなるかは買い手の大きな関心事です。とりわけ、特定の看板講師に生徒がついている場合、その講師の継続意思は評価を左右します。学生講師についても、卒業による入れ替わりを前提とした採用・研修の仕組みが回っているかどうかで、印象は変わります。

実務上の注意点として、講師の労務管理があります。授業時間のみを労働時間として扱い、準備時間や生徒対応の時間が管理から漏れていないか。ここはデューデリジェンスで確認されやすい項目です。

ブランドと合格実績

地域で長く親しまれた塾名と、蓄積された合格実績は、集客の基盤そのものです。譲渡後も屋号を維持するのか、買い手のブランドに統一するのかは、当事者間で明確に合意しておくべき事項です。屋号の維持を望まれる場合は、その意向を早い段階でお伝えください。商標が登録されているか、あるいは登録されていないかによっても、承継の実務は変わります。

フランチャイズ加盟教室を譲渡する場合の論点

学習塾業界では、フランチャイズに加盟して教室を運営されているケースが少なくありません。この場合、通常の譲渡とは異なる確認が必要になります。

まず、フランチャイズ契約の内容です。多くの契約では、加盟者の変更や経営権の異動について、本部の事前承諾を要する旨が定められています。株式譲渡であっても、支配株主の変更を承諾事項とする条項が置かれていることがあり、「法人格が変わらないから大丈夫」と即断はできません。契約書の該当条項を確認し、必要であれば本部との協議を、適切なタイミングで行う必要があります。

次に、譲渡先の適格性です。本部が加盟者に一定の要件を課している場合、買い手候補がその要件を満たすかどうかが実行の前提になります。競合する塾を運営する事業者への譲渡が認められないケースもあり、そうなると買い手候補の範囲そのものが絞られます。

さらに、契約の残存期間と更新条件、中途解約時の違約金、譲渡に伴う手数料の有無も確認が必要です。これらは譲渡後の収益や、実行時のコストに影響します。

フランチャイズ本部との協議は、情報管理の観点から進め方に注意を要します。相談のタイミングが早すぎると情報が広がるおそれがあり、遅すぎると実行直前で計画が崩れます。仲介会社と相談のうえ、契約条項に沿った適切な段取りを組むことをお勧めします。

まとめ|生徒が通っているうちが、最も価値のある時期

学習塾のM&Aは、市場が縮小しているからこそ成立している、といっても言い過ぎではありません。買い手は、生徒が通い、講師が働き、地域に名前が知られている状態そのものに対価を支払います。裏を返せば、在籍が減り始め、講師が去り、教室を縮小した後では、その対価は大きく目減りします。

「あと数年は自分でやってみて、それから考える」というお気持ちは自然なものです。ただ、学習塾の価値は在籍生徒数という形で毎年更新されていきます。判断の材料を得るという意味でも、生徒が集まっている段階で一度、現状の価値を把握しておかれることには意味があります。

当社プラチナパートナーズは、成功報酬型のもと、教育事業を含む中小企業の事業承継・会社売却をご支援しています。教室の賃貸借契約やフランチャイズ契約の確認を含めた初期の整理から、守秘義務を徹底のうえ対応いたします。

よくあるご質問

A.学年別の構成は必ず見られる指標です。最上級学年に偏っていると、翌年に大きく減る前提で見られますので、在籍数の総数だけでは実態を伝えきれません。下の学年が厚いか、学年が上がるタイミングでどれだけ残るか(継続率・進級時の残留率)まで示してください。なかでも継続率は学習塾の評価における中核で、新規入塾がどれだけあっても途中退塾が多ければ生徒数は積み上がりません。あわせて、集客が紹介・口コミ中心か広告依存かも整理してください。広告依存度が高いほど、費用の継続が前提として見られます。
A.そう即断はできません。多くのフランチャイズ契約では、加盟者の変更や経営権の異動について本部の事前承諾を要する旨が定められており、株式譲渡であっても支配株主の変更を承諾事項とする条項が置かれていることがあります。まず契約書の該当条項を確認してください。加えて、本部が加盟者に一定の要件を課している場合、買い手候補がその要件を満たすかが実行の前提になり、競合塾を運営する事業者への譲渡が認められないケースもあります。契約の残存期間、中途解約時の違約金、譲渡に伴う手数料の有無も併せてご確認ください。
A.両面があります。指導ノウハウや生徒・保護者との信頼関係は事業の質を支える本質的な要素ですが、譲渡後に承継されるかどうかが不確かなため、買い手は慎重に評価します。価格に反映させる近道は、教える技術が組織のなかで文書化・共有され、経営者様以外の講師も同じ水準の授業を提供できていると示せる状態にしておくことです。あわせて、専任講師と学生アルバイト講師の構成、卒業による入れ替わりを前提とした採用・研修の仕組みが回っているかも見られます。授業時間以外の準備時間や生徒対応の労務管理も確認されやすい項目です。
A.譲渡後に賃貸借関係をどう整理するのかを、あらかじめ決めておく必要があります。株式譲渡をしても建物はご自身の手元に残るため、譲渡後も賃貸人と賃借人の関係が続くことになるからです。ここで問題になりやすいのが賃料の水準で、周辺相場から乖離していると譲渡後の損益が変わるため、価格交渉の論点になります。契約期間と更新条件も含めて設計してください。賃借している教室がある場合は、経営権の異動や株主の変更を賃貸人への通知事項・承諾事項とする条項がないか、契約書を早い段階でご確認ください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら