M&Aの最終契約が近づくと、実務上ふと問題になるのが「この契約書に収入印紙は貼るのか」という論点です。金額そのものは取引全体から見れば大きくないことが多いのですが、貼るべきものを貼っていなければ過怠税の対象になり得ますし、逆に貼らなくてよいものに貼っても戻ってくるとは限りません。地味ですが、確実に押さえておきたい実務論点です。

結論から申し上げると、株式譲渡契約書は一般に印紙税の課税文書に当たらないとされる一方、事業譲渡契約書は記載内容によって課税文書に該当し得る——というのが基本的な整理です。同じ「会社を譲り渡す契約」でも、スキームによって扱いが分かれます。

本稿では、なぜこのような差が生じるのかを、印紙税という税の仕組みに立ち返って整理します。なお、具体的な税額の水準については本稿では触れません。金額は文書の区分と記載金額によって定められており、また改正され得るものだからです。実際の判断と金額は、必ず税務署または税理士にご確認ください。

本記事は一般的な情報提供であり、個別の税務・法務は税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。印紙税の課否および税額は、文書の記載内容全体に基づいて個別に判断されます。実際の契約書については所轄の税務署または税理士にご確認ください。

印紙税とはどういう税金か|文書に課される税

印紙税を理解するうえでの出発点は、これが「取引」ではなく「文書」に課される税であるという点です。所得税や法人税が経済的な利益に課されるのに対し、印紙税は特定の種類の文書を作成した、という事実そのものに課されます。

そして重要なのが、課される文書は法律で限定列挙されているという点です。印紙税法には課税物件表という一覧が定められており、そこに掲げられた類型の文書だけが課税対象になります。逆に言えば、この表に掲げられていない文書は、どれほど重要な契約書であっても印紙税はかからないということです。

この「限定列挙」という性質から、実務上の原則が二つ導かれます。

  • 文書のタイトルではなく、記載されている内容で判断する。「覚書」と題していても実質が課税事項を定める契約書であれば課税文書に当たり得ますし、「契約書」と題していても課税物件表の類型に当たらなければ課税されません
  • 一つの文書に複数の事項が書かれていれば、その全体を見て判断する。主たる部分が非課税でも、他の課税事項が併記されていれば扱いが変わり得ます

この二つの原則は、本稿で扱うすべての論点の土台になります。「株式譲渡契約書だから印紙は不要」と機械的に処理してよい話ではない——という慎重さの根拠でもあります。

株式譲渡契約書は一般に課税文書に当たらないとされる

中小企業のM&Aで最も多く用いられるのが、株式譲渡のスキームです。売り手の株主が保有株式を買い手に譲り渡し、会社そのものが買い手のもとへ移る——というシンプルな構造です(詳しくは「株式譲渡と事業譲渡の違い」をご覧ください)。

この株式譲渡を目的とする契約書、いわゆる株式譲渡契約書(SPA)は、一般に印紙税法上の課税文書には当たらないとされています。理由はシンプルで、株式の売買が課税物件表に掲げられた類型に含まれていないからです。

不動産の譲渡に関する契約書や、請負に関する契約書は課税物件表に掲げられています。しかし株式(有価証券)の譲渡そのものは、そこに掲げられていません。したがって、株式の譲渡だけを内容とする契約書であれば、課税されないという整理になります。

ただし、前節で述べた原則を思い出してください。判断は文書の記載内容全体を見て行われます。実務上は次のような点に注意が必要です。

  • 同じ書面のなかに、課税物件表に掲げられた別の事項が併せて記載されていないか
  • 代金の受領を証する記載が同一文書に含まれていないか
  • 株式譲渡に付随して、不動産や他の財産の移転を定める条項が入っていないか

つまり、「株式譲渡契約書だから一律に不要」ではなく、「この契約書の記載内容を見たうえで、課税文書に当たらないと判断できるか」という順序で確認するのが正しい実務です。最終契約の内容については「基本合意書(LOI)と最終契約書(SPA)」でも解説しています。

事業譲渡契約書は課税文書に該当し得る

一方、事業譲渡のスキームでは扱いが変わります。事業譲渡は、会社の株式ではなく、事業を構成する個々の資産・負債・契約関係を個別に譲り渡す取引です。

ここが分かれ目です。事業譲渡契約書には、譲渡の対象として不動産や営業権(のれん)といった財産が記載されることがあります。そしてこれらの財産の譲渡に関する契約書は、課税物件表に掲げられた類型に該当し得ます。その結果、事業譲渡契約書は課税文書として印紙税の対象になることがあります。

スキーム契約の対象印紙税の基本的な整理
株式譲渡株式(有価証券)株式の譲渡は課税物件表の類型に含まれないため、一般に課税文書に当たらないとされる
事業譲渡事業を構成する個々の資産・負債等不動産や営業権など、課税物件表に掲げられた財産の譲渡が含まれると課税文書に該当し得る

同じ「会社を譲る」取引でも、法律上の構造が違えば文書の性格も変わる。印紙税はその構造の違いをそのまま反映する税である、と理解しておくと腑に落ちやすいと思います。

なお、事業譲渡には印紙税以外にも、株式譲渡とは異なる税務上の論点があります。代表的なのが消費税です。事業譲渡では、譲渡する資産のうち課税対象となるものについて消費税(標準税率10%)が課されます。株式の譲渡自体には消費税は課されませんので、この点も両スキームの違いのひとつです。印紙税だけを見てスキームを選ぶことはありませんが、税負担全体を比較する際の一項目として押さえておく価値はあります。

また、譲渡対象を契約書にどう記載するかによっても判断が変わり得ます。対象資産の一覧を別紙にする場合の扱いなど、細部の論点は少なくありません。契約書の案文が固まった段階で、記載内容を前提に税理士に確認を依頼するのが確実な進め方です。

周辺の書面にも目を配る|基本合意書・覚書・領収書

M&Aのプロセスでは、最終契約書以外にも多くの書面が作られます。印紙税の観点では、これらにも一応の目配りが必要です。

基本合意書・意向表明書

デューデリジェンスに進む前に締結する基本合意書(LOI/MOU)や、買い手が提出する意向表明書。これらは、法的拘束力を持たない確認的な内容であれば課税文書に当たらないと整理されることが多い書面です。ただし前述のとおり、判断はタイトルではなく記載内容に基づきます。実質的に課税事項を約する内容が含まれていれば、扱いは変わり得ます。

秘密保持契約書(NDA)

秘密情報の取扱いを定めるだけの契約書は、課税物件表の類型に該当しないのが通常です。もっとも、他の事項を併記している場合には個別の確認が必要になります。

覚書・変更契約書

締結済みの契約の内容を変更・補充する書面についても、変更する内容によっては課税文書に当たり得ます。「覚書だから不要」という思い込みは避けてください。

領収書

金銭の受取りを証する書面は、課税物件表に掲げられた類型のひとつです。譲渡代金の授受にあたって領収書を作成する場合には、その扱いを確認しておく必要があります。営業に関しないものについては非課税とされる区分もあり、個人株主が受け取る場合の扱いなど、判断を要する場面があります。

いずれについても言えるのは、「タイトルで判断しない、記載内容で判断する」という原則を貫くことです。M&Aの実務では弁護士が契約書の作成・レビューに関与しますので、その過程で印紙の要否も確認事項として整理しておくとよいでしょう。

実務での確認手順|判断は税務署・税理士へ

では、実際にどう進めればよいのでしょうか。当社が推奨する手順は次のとおりです。

  • 1. 契約書の案文が固まってから確認する。印紙税の判断は記載内容に基づくため、条項が動いている段階で確定的な判断はできません
  • 2. 契約書一式を洗い出す。最終契約書だけでなく、同時に締結する覚書、別紙、領収書まで含めてリスト化します
  • 3. 税理士に案文を示して確認を依頼する。「株式譲渡だから不要のはず」という前提を置かず、案文を見てもらったうえで判断を仰ぎます
  • 4. 判断が難しい書面は所轄の税務署に照会する。印紙税は最終的に税務署の判断が基準になります。迷う場合は照会しておくのが確実です
  • 5. 誰が負担するかを契約で決めておく。印紙税の納付義務は文書の作成者にありますが、当事者間でどう分担するかは契約書に定めておくのが実務です

この5番目は見落とされがちですが、実務では地味に効きます。契約書を何通作成するか、どちらが原本を保有するかによって負担も変わりますので、最終契約の交渉のなかで整理しておくべき事項です。近年は電子契約の活用も進んでおり、書面の作り方によって扱いが変わる場面もあります。この点も含めて、弁護士・税理士に確認しておくとよいでしょう。

あらためて強調します。印紙税の課否と金額は、文書の記載内容に基づいて個別に判断されるものです。本稿で述べた「株式譲渡契約書は一般に課税文書に当たらないとされる」「事業譲渡契約書は課税文書に該当し得る」という整理は、あくまで出発点となる一般論です。実際の契約書については、必ず税務署または税理士にご確認ください。

まとめ|スキーム選択の一要素として押さえる

本稿の要点を整理します。

  • 印紙税は「取引」ではなく「文書」に課される税であり、課税対象となる文書は印紙税法の課税物件表に限定列挙されている
  • 判断は文書のタイトルではなく記載内容に基づいて行われる
  • 株式譲渡契約書は、一般に課税文書に当たらないとされる。株式の譲渡が課税物件表の類型に含まれないため
  • 事業譲渡契約書は、不動産や営業権などが含まれる場合に課税文書に該当し得る
  • 基本合意書・覚書・領収書など周辺の書面にも個別の確認が必要
  • 案文が固まった段階で税理士に確認し、判断に迷えば税務署に照会する。負担の分担は契約で定めておく

印紙税は、M&A全体の税負担のなかでは大きな比重を占めるものではありません。スキームを印紙税で決めることもありません。しかし、株式譲渡と事業譲渡ではこうした細部の扱いまで異なるということ自体が、両スキームが法律上まったく別の構造を持つことを物語っています。譲渡益にかかる課税の違い(個人株主の株式譲渡益は申告分離課税で20.315%、内訳は所得税15%+復興特別所得税0.315%+住民税5%)なども含め、税務面の全体像は「M&Aと税務の全体像」でご確認ください。

当社は、契約実務については弁護士・税理士との連携を前提に進めます。売り手側・買い手側それぞれの顧問専門家の関与を歓迎しており、契約書のリーガルチェックや税務面の検証に専門家が加わることは、取引の質を高める心強い協力だと考えています。手続きの全体像や進め方についてご不明な点があれば、無料相談でお聞かせください。

よくあるご質問

A.株式の譲渡そのものを目的とする契約書は、一般に印紙税法上の課税文書には当たらないとされています。印紙税は課税物件表に掲げられた文書にのみ課される税であり、株式の売買はそこに掲げられた類型に含まれないためです。ただし、同じ書面に他の課税事項が記載されていれば別の判断になり得ます。最終的な判断は文書の記載内容全体を見て行われるため、実際の契約書については税務署または税理士にご確認ください。
A.事業譲渡契約書は、譲渡する資産の中に不動産や営業権などが含まれる場合、その内容に応じて課税文書に該当し得ます。株式譲渡契約書と異なり、対象財産の内容によって扱いが変わるという点が特徴です。契約書に記載する対象資産の範囲や記載の仕方によっても判断が変わり得ますので、契約書の案文が固まった段階で税理士または税務署にご確認ください。
A.書面のタイトルではなく、記載されている内容によって判断されます。法的拘束力を持たない確認的な書面であれば課税文書に当たらないと整理されることが多い一方、実質的に課税事項を約する内容が含まれていれば該当し得ます。印紙税は文書の名称ではなく実質で判断される税である、という原則を踏まえ、判断に迷う書面は個別に税務署または税理士にご確認ください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら