損益計算書が1年間の流れを示すのに対し、貸借対照表は決算日という一点の姿を示します。しかし買い手は、この「一点の姿」から、はるかに長い時間の情報を読み取ろうとします。貸借対照表に並ぶ金額は、何年にもわたる経営判断が積み重なった結果だからです。本稿では、買い手が貸借対照表のどこから何を読み取るのかを、譲渡をご検討中の経営者様の視点で整理します。

貸借対照表は「積み重なった判断の記録」

損益計算書は毎期リセットされます。前期の売上は今期の損益計算書には出てきません。ところが貸借対照表は違います。10年前に取得した資産は、償却が進んでいても今も残っています。過去に発生した売掛金が回収されていなければ、そのまま計上され続けます。

つまり貸借対照表は、会社が過去に下してきた判断の記録が堆積した場所です。買い手はここから、決算書の一期分だけでは見えない経営の傾向を読み取ろうとします。

読み取られるのは、必ずしも良し悪しではありません。「この会社はこういう判断をする傾向がある」という癖のようなものです。設備投資に積極的か慎重か、資金繰りをどう回してきたか、回収の管理にどれだけ手をかけてきたか。こうした傾向は、数字の並びに表れます。

そして重要なのは、癖そのものより、その癖を経営者様ご自身が自覚しており、説明できるかどうかです。

資産の側に表れる癖

資産の部で目を向けられやすい項目を整理します。

仮払金・立替金が残り続けている場合——本来は一時的な勘定であり、期をまたいで残高が動かないのは、精算が行われていないことを示します。金額が小さくても、管理の姿勢として受け止められます。

役員貸付金がある場合——経営者個人への資金の流れがあることを意味します。金額が大きい、あるいは増え続けている場合は、返済の見通しが確認されます。多くの案件では、譲渡までに解消しておくことが求められます。

長期前払費用や前渡金が積み上がっている場合——支払済みだが役務の提供を受けていない状態です。相手先と契約内容が確認されます。

使われていない固定資産が残っている場合——償却は進んでいるものの稼働していない設備、事業に使っていない土地建物などです。これらは事業価値とは切り離して評価されます。「事業に使っていない資産の扱い|遊休資産・保険・車両を売却前にどう整理するか」をご覧ください。

負債の側に表れる癖

負債の部からも、資金繰りの構造が読み取られます。

短期借入金の借換えを繰り返している場合——手形貸付などを期限ごとに更新して実質的に長期資金として使っている状態です。金融機関との関係が良好であれば問題なく回りますが、買い手は借換えが継続する前提を確認します。返済スケジュールと金融機関との取引状況が、確認の対象になります。

役員借入金がある場合——経営者が会社に資金を貸している状態です。実質的には資本に近い性格をもつことが多く、譲渡にあたってどう処理するかが論点になります。返済を受けるのか、債権放棄をするのか、譲渡対価に織り込むのか。税務上の取扱いも伴うため、顧問税理士等の専門家にご確認ください。

未払金・未払費用が膨らんでいる場合——支払いの繰延べによって資金を回している可能性が見られます。季節的な要因であれば説明で解消しますが、恒常的に増えている場合は資金繰りの余裕が確認されます。

引当金が計上されていない場合——退職金規程があるのに引当金がない、賞与の支給が決まっているのに未計上、といったケースです。これらは簿外の債務として、評価の際に差し引かれることがあります。

本稿は一般的な考え方の説明です。会計・税務・法務上の取扱いは個別の事情によって判断が分かれるため、具体的な適用にあたっては公認会計士・税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。

純資産の推移から読まれること

純資産の部は、会社が積み上げてきた成果の記録です。買い手は、この推移から会社の歩みを読み取ります。

利益剰余金が順調に積み上がっている会社は、長年にわたって黒字を重ねてきたことがわかります。逆に、剰余金が減っている期があれば、その時期に何があったのかを尋ねられます。

また、資本金や資本剰余金の変動、自己株式の取得の履歴なども確認されます。過去に株主構成が変わっている場合は、その経緯と現在の株主名簿の整合性が問われます。株式の所在が確認できないことは、取引の障害になり得ます。

純資産がマイナス、すなわち債務超過の状態であっても、直ちに譲渡ができなくなるわけではありません。事業として収益を生んでいれば、成立する余地はあります。この論点は「債務超過の会社は売却できるか|純資産マイナスでも成立するM&A」で扱っています。

癖そのものより、説明できるかどうか

ここまで見てきた項目は、どれも「あってはならないもの」ではありません。中小企業の貸借対照表には、多かれ少なかれこうした項目が含まれています。

買い手が不安を覚えるのは、項目の存在そのものではなく、経営者様がその存在を把握していない場合です。「この仮払金は何ですか」と尋ねて「わかりません、経理に聞いてみます」という答えが返ってくると、他の数字についても確認が必要だという判断になります。

逆に、「これは5年前の案件の立替分で、相手先の事情で精算が止まっています。金額はこれだけで、回収は難しいと考えています」と即答できれば、その項目は論点として処理され、次に進みます。

つまり、準備として最も効果があるのは、貸借対照表の各項目について、中身を言えるようにしておくことです。顧問税理士と決算の際に一つずつ確認し、記録を残しておくだけで、交渉の局面は大きく変わります。

まとめ|整理できるものは先に整理する

貸借対照表から読まれるのは、数字の大小ではなく経営の傾向です。そしてその傾向の多くは、売却を検討し始めた時点から整理を進められます。

優先度の高い項目を挙げます。

  • 役員貸付金——多くの案件で解消が求められるため、早めに方針を決める
  • 仮払金・立替金——精算できるものは精算し、できないものは理由を記録する
  • 回収の見込みが乏しい売掛金——実態を把握し、処理の方針を顧問税理士と相談する
  • 使われていない資産——事業と切り離すか、処分するかを検討する
  • 引当金の未計上——退職金規程の有無と、計上の要否を確認する

これらは一朝一夕には進みません。だからこそ、譲渡を具体的に検討する1年前、できれば2年前から着手されることをおすすめしています。準備の全体像は「企業価値を高める磨き上げ|売却前1〜3年でできる準備」をご覧ください。

何から手をつけるべきかのご相談も承っております。相談料・着手金・月額報酬は0円です。

よくあるご質問

A.多くの案件で、譲渡までに解消することが求められます。買い手にとっては、譲渡後に前経営者への債権を管理し続けることになるためです。解消の方法としては、返済、役員報酬や退職金との相殺、譲渡対価からの精算などが検討されますが、いずれも税務上の取扱いを伴います。金額が大きい場合は時間もかかりますので、早い段階で顧問税理士等の専門家にご相談ください。
A.それ自体が直ちに問題になるわけではありません。中小企業では一般的な資金調達の形です。買い手が確認するのは、借換えが今後も継続する見通しがあるか、返済のスケジュールがどうなっているか、担保や保証の状況はどうかといった点です。金融機関との取引状況を整理し、借入の使途と返済の見通しを説明できるようにしておくことが大切です。
A.退職金規程があり支給が見込まれるのであれば、計上されていなくても実質的な債務として扱われ、評価の際に差し引かれることがあります。逆に、規程がなく慣行としての支給もない場合は、論点になりにくくなります。まずは規程の有無と実際の支給実績を確認し、見込み額を把握しておくことをおすすめします。会計上の取扱いについては公認会計士・税理士等の専門家にご確認ください。

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貸借対照表の項目を、一つずつ棚卸しします。

相談料・着手金・月額報酬は0円です。基本合意時の中間金と成功報酬については料金体系をご覧ください。ご売却をお決めになる前の情報収集の段階でも構いません。
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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら