会社の譲渡価格が、時価で評価した純資産の額を上回ることがあります。この上回った部分が、一般に営業権、あるいは「のれん」と呼ばれるものです。決算書には載っていない、しかし買い手が確かにお金を払う価値——それが営業権です。「うちの会社の純資産はこれくらいだが、それ以上の値がつくものだろうか」と考えている経営者様は多いと思います。本稿では、営業権が何かという説明にとどまらず、買い手はなぜ上乗せを払う判断ができるのかという買い手側の意思決定の側から、上乗せ幅の決まり方を読み解いていきます。営業権の意味そのものについては「のれん代とは」もあわせてご覧ください。
営業権(のれん)とは|純資産を超えて支払われる部分
営業権は、単独で売買できる資産ではありません。会社を丸ごと引き継ぐときに、貸借対照表に計上されている資産・負債の差額(純資産)を超えて支払われる金額を、事後的に「営業権」と呼んでいるにすぎません。つまり営業権とは、価格を決めるための計算要素というより、価格の交渉結果として表れる差額です。
とはいえ、その差額はでたらめに決まるわけではありません。中小企業のM&Aでは、時価純資産に一定の収益力相当額を加える考え方が広く用いられ、その収益力相当額の議論が実質的に営業権の議論になります。「営業利益の数年分」といった言い方をされることがありますが、その年数に決まった相場があるわけではなく、事業内容・収益の安定性・買い手の考え方によって大きく異なります。数字の当てはめではなく、買い手がその利益をどれだけ信じられるかで決まると理解しておくのが実態に近いでしょう。
買い手はなぜ上乗せするのか|「自分で作るコスト」との比較
買い手が純資産を超える金額を払うのは、慈善でも見栄でもありません。買い手の頭の中にあるのは、きわめて実務的な比較です。すなわち、「同じ事業を自分で一から立ち上げた場合、いくらの費用と、どれだけの年数がかかるか」という比較です。
たとえば、ある地域で長年取引を積み重ねてきた会社を買うとします。買い手が自力で同じ状態に到達しようとすれば、営業人員を採用し、実績のない状態で顧客を開拓し、信用を得るまで赤字を垂れ流す期間を耐えなければなりません。許認可が必要な事業なら、要件を満たす人材を確保して申請から取得までの時間も要します。技能を持つ職人がいる会社なら、その育成には年単位の時間がかかります。
これらを合算した「自分で作るコスト」と「買う価格」を比べて、買うほうが早く・確実で・結果的に安いと判断できるとき、買い手は純資産を超える金額を払えます。営業権とは、言い換えれば時間を買う対価であり、失敗するリスクを避ける対価でもあります。
この構図を理解すると、売り手が説明すべきことも見えてきます。自社の何が「一から作るには時間がかかるもの」なのかを、具体的に言語化して示すことが、そのまま営業権の説明になるのです。
上乗せ幅を左右する要素|再現性・持続性・引き継ぎやすさ
では、上乗せ幅は何によって変わるのでしょうか。金額の相場は案件ごとに異なるため一概には言えませんが、買い手が確認している観点は、おおむね次のように整理できます。
| 観点 | 買い手が確かめたいこと |
|---|---|
| 再現性 | 直近の利益は偶然の産物ではないか。数年の推移で説明できるか |
| 持続性 | その利益は来期以降も続くか。市場・取引先・単価の見通しはどうか |
| 引き継ぎやすさ | 社長個人ではなく、会社の仕組みとして残るものか |
| 参入障壁 | 許認可・技術・立地・ブランドなど、他社が容易に真似できない要素があるか |
| リスクの見えやすさ | 簿外債務・係争・労務問題など、未知の負担が潜んでいないか |
このうち中小企業で最も差がつきやすいのが引き継ぎやすさです。売上も利益も申し分ないのに、その源泉が社長個人の人脈や勘に集約されている場合、買い手は「社長が退いたら消える利益」と見ます。この点は「属人性が高い会社の評価」で詳しく取り上げています。逆に、担当者が代わっても回る仕組み、文書化された手順、複数の担当が持つ顧客関係は、そのまま上乗せの根拠になります。
買い手の顔ぶれで、営業権の見え方は変わる
見落とされがちですが、同じ会社でも誰が買うかによって営業権の評価は変わります。これは価格が「会社の絶対的な価値」ではなく、「その買い手にとっての価値」で決まるためです。
同業の買い手
事業の中身を理解しているため、技術・顧客基盤・人材の価値を具体的に見積もれます。自社の販路に乗せた場合の効果を織り込めるぶん、上乗せの根拠を持ちやすい一方、重複する機能があると「その部分には価値を見出さない」という判断もあり得ます。
異業種・周辺業種の買い手
新規参入の時間を買う目的が明確なため、許認可・拠点・人材といった「参入に必要なもの」に高い関心を示すことがあります。反面、事業の細部を理解するのに時間がかかり、確認の過程も丁寧になります。
投資を目的とする買い手
将来のキャッシュフローと投資回収の見通しから逆算する傾向が強く、計画の根拠や管理体制の整備状況が価格に反映されやすくなります。
したがって、営業権を最大化したいのであれば、価格交渉の技術以前に「自社の価値が最も大きく映る相手を探す」ことが本質的な戦略になります。相手候補を地元や同業に限定せず、幅広く当たる意味はここにあります。
シナジーはどこまで価格に乗るのか
「買い手にシナジー(相乗効果)があるのだから、その分も価格に上乗せしてほしい」というご要望をいただくことがあります。考え方としてはもっともですが、実務上は注意が必要です。
シナジーは買い手側の努力と投資によって初めて実現するものであり、実現しないリスクも買い手が負います。そのため買い手は、期待されるシナジーの全額を価格に織り込むことには慎重で、一部にとどめる、あるいは実現状況に応じて対価を追加する仕組み(アーンアウト)を提案することもあります。
売り手として現実的なのは、「シナジーの金額を主張する」のではなく、シナジーが生まれやすい相手を選ぶという発想です。相性のよい相手であれば、買い手自身が高い価値を見出し、結果として提示条件が良くなります。シナジーの考え方は「M&Aにおけるシナジー」で整理しています。
まとめ|営業権を高めるために、売り手ができること
営業権をめぐる要点を整理します。
- 営業権は計算式の産物ではなく、買い手が「自分で作るコスト」と比べて払える差額
- 上乗せ幅は、利益の再現性・持続性・引き継ぎやすさ・参入障壁・リスクの見えやすさで変わる
- 同じ会社でも買い手によって評価は変わる。相手選びは価格戦略そのもの
- シナジーの全額は乗らない。金額を主張するより、相性のよい相手を探すほうが実効性が高い
売り手にできる備えは、決して特別なことではありません。利益の推移を数字で説明できるようにすること、社長個人に集まっている機能を会社の仕組みに移すこと、強みを言葉と資料にしておくこと。いずれも時間はかかりますが、着手が早いほど効果が大きくなります。準備の全体像は「企業価値を高める磨き上げ」をご覧ください。
当社プラチナパートナーズでは、無料相談の中で、貴社の営業権にあたる部分がどこにあるのかを一緒に洗い出し、買い手に伝わる形に整理するお手伝いをしています。売却を決めていない段階でのご相談も歓迎です。