「うちは私が全部やっているので、私が辞めたら回らない」——中小企業の経営者様から最も多く伺うお言葉のひとつです。長年、先頭に立って会社を支えてこられた証でもありますが、M&Aの評価においては難しい論点になります。買い手が買うのは会社であって、社長個人ではないからです。本稿では、属人性が評価にどう作用するのか、そして限られた時間で何ができるのかを、実務に即して整理します。
属人性はなぜ評価を下げるのか
買い手が価格を検討するとき、根底にあるのは「この利益は、社長が退いた後も続くのか」という問いです。売上の源泉が社長個人の人脈にあり、技術の勘所が社長の頭の中にしかなく、値決めや与信の判断も社長が握っている——そういう会社では、この問いに自信を持って「続く」と答えられません。
その結果、買い手は次のいずれかの行動を取ります。
- 収益力の評価を控えめにする(のれんに相当する上乗せが小さくなる)
- 売り手に一定期間の残留を求める
- 譲渡代金の一部を後払いにする、または業績連動にする
- そもそも検討を見送る
つまり属人性は、価格だけでなく候補先の数・条件・スケジュールのすべてに影響する論点です。営業権の考え方については「営業権(のれん)はどう決まるか」もあわせてご覧ください。
属人性はどこに宿るのか|5つの領域に分解する
「属人性を下げましょう」と言われても、何から手を付けるかは分かりにくいものです。まずは、自社のどこに属人性が宿っているかを分解してみましょう。
| 領域 | 属人化の典型 | 移し先 |
|---|---|---|
| 顧客との関係 | 主要顧客が社長個人としか話さない | 担当者の複線化、面談への同席 |
| 技術・ノウハウ | 難しい判断が社長の経験則に依存 | 手順書、判断基準の明文化、記録の蓄積 |
| 意思決定 | 値決め・与信・投資をすべて社長が決裁 | 決裁基準と権限規程の整備 |
| 資金・数字 | 資金繰りと銀行対応が社長のみ | 月次の資金繰り表、金融機関面談への同席 |
| 許認可・資格 | 必要な資格の保有者が社長のみ | 資格者の採用・育成、要件の充足体制 |
このうち、買い手が最も重く見るのは「顧客との関係」と「許認可・資格」です。前者は売上に直結し、後者は事業の継続可否そのものに関わるためです。とくに、事業に必要な資格の保有者が社長だけという状態は、事業が止まるリスクとして扱われます(許認可の価値)。
仕組みに移す手順|3か月・1年・3年で何ができるか
3か月でできること|見える化
まずは現状を書き出すことです。社長が担っている業務を一覧にし、それぞれについて「誰が代われるか」「代われないなら何が障害か」を記入します。この作業だけで、優先順位は自然と浮かび上がります。あわせて、主要顧客ごとの窓口担当と社内の接点を整理します。
1年でできること|同席と分担
主要顧客との打ち合わせに幹部を同席させ、徐々に窓口を移していきます。金融機関との面談も同様です。日常の判断のうち、基準化できるものは決裁基準として文書にし、権限を委譲します。「社長に聞かないと決まらない」案件の数を減らしていく作業です。
3年でできること|人材と資格
後任となる幹部の育成、必要な資格者の確保、技術の承継。時間はかかりますが、最も効果の大きい領域です。次世代の育成については「後継者育成」の視点も参考になります。
重要なのは、すべてを完了させてから売却に動く必要はないということです。着手して改善が進んでいる事実、そして残っている課題を正確に把握していること自体が、買い手にとっては安心材料になります。準備の全体像は「企業価値を高める磨き上げ」をご覧ください。
属人性が残る場合、交渉ではどう扱われるか
現実には、属人性を完全に解消してから売却に至るケースはむしろ少数です。残った属人性は、交渉の中で次のように扱われます。
引き継ぎ期間の設定
成約後、一定期間は経営者様が顧問や役員として残り、顧客紹介や技術の伝達を行う取り決めです。期間や関与の度合いは案件によって異なりますが、多くの案件で何らかの形の引き継ぎ期間が設けられます。「すぐに引退したい」というご希望がある場合は、早い段階で伝えておくべき条件です。
対価の一部を後払いにする仕組み
成約後の業績が一定の水準に達した場合に追加の対価が支払われる仕組み(アーンアウト)が提案されることがあります。売り手にとっては受取が不確実になりますが、属人性への不安を価格の減額ではなく条件で吸収する方法でもあります。
キーパーソンに関する取り決め
社長以外にも中核となる従業員がいる場合、その方の継続勤務が条件とされることがあります。この場合、ご本人の意向確認と処遇の設計が不可欠です。従業員への開示の時期は慎重に判断する必要があります(従業員への伝え方)。
「自分がいないと回らない」ことの本当のリスク
最後に、評価とは別の観点を申し添えます。属人性の高い会社にとって最大のリスクは、価格が下がることではありません。経営者様に何かあったとき、会社が立ち行かなくなることです。
M&Aの準備として仕組み化を進めることは、結果として、売却しない場合にも会社を強くします。判断基準が文書になり、担当が複線化し、幹部が育つ。それは事業承継の選択肢を広げ、経営者様ご自身の時間を取り戻すことにもつながります。
「売るかどうかはまだ決めていないが、いつでも売れる状態にはしておきたい」——このお考えは、経営判断として非常に合理的です。
まとめ|仕組み化は、価格以上のものをもたらす
- 属人性は、価格だけでなく候補先の数・条件・進め方に影響する
- 顧客との関係、技術、意思決定、資金、許認可の5領域に分解して考える
- すべてを解消する必要はない。着手と現状把握そのものが評価される
- 残った属人性は、引き継ぎ期間や対価の設計で吸収されることが多い
当社プラチナパートナーズでは、無料相談の中で、貴社の属人性がどこにあり、どの順序で手を付けるべきかを一緒に整理しています。売却を決めていない段階での「健康診断」としてのご相談も歓迎です。秘密保持を徹底のうえ対応いたしますので、お気軽にお声がけください。