「売上の7割が1社です」。ご相談でよく伺う状況です。買い手は必ずここを見ます。ただし「依存があるから売れない」ということはありません。何が見られ、何ができるのかを整理します。
買い手が恐れているのは何か
依存そのものではなく、その取引が続く保証がないことです。
買い手の立場で考えると分かります。3億円の売上のうち2億円が1社からで、その1社が翌年に取引を止めれば、会社の姿がまったく変わります。買収の前提が崩れます。
つまり買い手が知りたいのは、「なぜその会社は自社と取引しているのか」です。価格が安いからなのか、技術が余人をもって代えがたいのか、長年の信頼なのか、単に切り替えが面倒なだけなのか。理由が説明できれば、依存度の数字ほどには恐れられません。
依存度をどう測るか
売上構成比だけを見るのでは足りません。実務では次を並べます。
売上構成比(上位3社で何%か)。利益構成比(売上は大きいが利益率が低い、という場合もあります)。取引年数。契約の有無と期間。担当者の階層(現場だけの関係か、役員同士のつながりか)。
ここで利益構成比のほうが重要であることが少なくありません。売上7割でも利益が2割なら、失っても致命傷にはなりません。逆に売上3割で利益8割なら、そちらのほうが深刻です。この分解をしていない会社は多くあります。
契約の形を確認する
依存先との関係が、書面でどうなっているかを確認してください。
取引基本契約があるか。期間はどうか。自動更新か。解約の予告期間は。チェンジオブコントロール条項はあるか。
とくにCOC条項は重要です。株主が変わった場合に相手方が解除できる定めがあれば、M&Aそのものが引き金になります。依存度が高い相手にこの条項があると、買い手は極めて慎重になります。詳しくはチェンジオブコントロール条項をご覧ください。
譲渡前にできること
時間があるなら、分散を進めるのが正攻法です。ただし、依存先を減らすのではなく他を増やす形で進めてください。既存の取引を細らせると、売上そのものが落ちます。
時間がない場合でも、できることがあります。関係を書面にする(契約のない取引を契約化する)、関係を複線化する(現場だけの関係を役員同士にも広げる)、取引の実態を記録する(発注の経緯、当社が選ばれている理由、競合との比較)。
とくに三つめは効きます。「なぜ選ばれているか」を説明できる資料があれば、買い手の不安は具体的に下がります。
依存したまま譲渡する場合
分散が間に合わないまま進めることも、実際にはよくあります。その場合の交渉の形を知っておいてください。
買い手は価格の引き下げか、条件の工夫を求めます。後者の代表がアーンアウトです。譲渡後の一定期間、その取引が続いた場合に追加の対価を支払う、という設計です。
売り手にとっては、受け取る額が後ろにずれることを意味します。譲渡後の業績は自分でコントロールできないため、慎重な検討が要ります。アーンアウト条項も併せてご覧ください。
買い手によって、見え方が変わる
同じ依存でも、誰が買うかで評価が変わります。
その取引先と別の接点を持っている買い手であれば、関係はむしろ強くなると見ます。同業で販路を持つ買い手なら、依存を薄める道筋が描けます。一方、その業界に縁のない買い手は、リスクだけを見ます。
つまり依存度の高い会社ほど、相手選びが効きます。金額の高い相手ではなく、その依存を理解できる相手を探すほうが、結果として条件がよくなることがあります。
依存先に、いつ伝えるか
難しい判断です。依存先に譲渡の話が伝われば、その時点で取引を見直される可能性があります。
実務では、最終契約が締結され、条件が確定してから伝えるのが基本です。株式譲渡であれば法律上の承諾は不要なことが多く、COC条項の有無によって扱いが変わります。
伝える際は、売り手と買い手の責任者が一緒に訪問することをお勧めしています。「取引は続く」「担当者はこうなる」「条件は変わらない」。この三点に答えられる状態にしてから動いてください。
数字より、説明の準備を
まとめます。依存度の数字そのものは、短期間では変えられません。変えられるのは、説明の質です。
なぜ選ばれているのか。関係は誰と誰の間にあるのか。契約はどうなっているのか。その取引を失った場合、会社はどうなるのか。自分で答えを持っていれば、買い手の不安は具体的な論点になります。持っていなければ、漠然とした不安として価格に反映されます。
この整理は、譲渡のためだけではありません。依存は経営上のリスクそのものです。承継を考え始めた段階で、一度向き合う価値があります。