通帳に現金がある。ただし、その一部はお客様から預かっているだけという事業があります。買い手はここを必ず見ます。評価の考え方を整理します。

どういう事業で生じるか

前受金や預り金が大きくなるのは、次のような事業です。

年会費・月謝を前払いで受け取る。スクール、フィットネス、保守契約、サブスクリプション。

着手金や前渡金を受け取る。建設、製造、イベント。

保証金・敷金を預かる。不動産賃貸、レンタル、リース。

回数券・プリペイドを販売する。飲食、サービス業。

いずれも、現金は入っているが、役務の提供はこれからという状態です。

買い手はどう見るか

買い手の見方は明確です。その現金は、将来の役務提供の義務とセットです。

つまり、自由に使える現金ではありません。買収後、その役務を提供するための原価が発生します。

したがって、純資産を基準に価格を考える場合、前受金は負債として控除されます。これは当然の扱いです。

売り手として気をつけるべきは、「通帳にこれだけある」という感覚で価格を考えないことです。預り金の分は、価格には乗りません。

現預金が多く見える構造を理解する

前受金型の事業は、成長しているときに現金が厚くなります。新規契約が増えれば、その分の前受金が先に入るためです。

逆に、解約が増えると現金が急に減ります。新規の入金が止まり、返金が発生するためです。

買い手はここを見ます。現預金の残高だけでなく、前受金の残高との関係を見る。

「現預金 − 前受金残高」がプラスかマイナスかは、重要な指標です。マイナスなら、預かったお金を使って運転していることになります。

解約返金の義務を整理する

契約の内容を確認してください。中途解約の場合、返金するのかしないのか。

規約で「返金しない」と定めていても、消費者契約では、その定めが有効とは限りません。解約に伴う損害の平均的な額を超える違約金の定めは無効とされる場合があります(消費者契約法9条)。

買い手は、全員が解約した場合にいくら返金する必要があるかを最悪ケースとして見ます。

規約を弁護士に確認しておいてください。デューデリジェンスで指摘される論点です。

収益の認識時期を確認する

会計処理の論点です。前受金を、いつ売上に振り替えているか。

年会費を受け取った時点で全額を売上にしているのか、月ごとに按分しているのか。処理によって、各期の利益が変わります。

一括で計上していると、成長期の利益は大きく見え、契約が伸び悩むと急に落ちます。

買い手は、按分した場合の数字で見ようとします。したがって、売り手側でも按分ベースの数字を用意しておくと、議論が早く進みます。

会計処理については、税理士・会計士にご確認ください。

保証金・敷金は別に整理する

預かっている保証金は、返還義務のある債務です。

貸借対照表に載っていれば分かりますが、載っていない場合があります。古い契約で、記録が残っていない。

これは簿外債務にあたります。デューデリジェンスで見つかれば、価格の調整対象です。

譲渡の前に、預かっている保証金の一覧を作ってください。契約書、入金の記録、相手方との確認。

自分で見つけて開示するほうが、はるかに良い結果になります。

継続率が価値を決める

前受金型の事業では、継続率(更新率)が最も重要な指標です。

買い手が知りたいのは、買収後もその契約が続くかです。

示すべきは、年次の更新率の推移平均の継続期間解約の理由の内訳

継続率が高く安定していれば、将来の収益が読めるため、評価は上がります。

逆に、新規獲得に依存して、解約も多いという構造だと、広告費を止めた瞬間に縮みます。ここは正直に示してください。隠してもデューデリジェンスで出ます。

価格交渉での扱い

実務での整理です。前受金の扱いは、基本合意の段階で決めておいてください。

論点は2つです。

① 前受金を負債として控除するか。通常は控除します。

② 基準日をいつにするか。前受金の残高は時期によって大きく変動します。繁忙期の直後と直前では、桁が違うこともあります。

クロージング時点の残高で調整する設計にするのが一般的ですが、その計算方法を契約に明記してください。

「現金があるから高く売れる」という誤解は、ここで解いておくべきです。

むしろ強みとして示す

最後に、視点を変えます。前受金型は、事業モデルとしては強いのが実際です。

入金が先で、支出が後。資金繰りが楽です。

売上が読める。翌期の収益が、契約の段階で見えています。

顧客との関係が継続的。一回売って終わりではありません。

買い手にとって、これは魅力です。ただし、それは継続率が高い場合に限ります。

「現金が多い」ではなく「収益が読める」という形で説明してください。同じ事実でも、伝わり方が変わります。継続課金型の評価も併せてご覧ください。

※ 本稿は一般的な考え方をご紹介するものであり、個別の法務・税務アドバイスではありません。実際の取り扱いは会社の状況や契約の定めによって異なります。専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.上がりません。その現金は将来の役務提供の義務とセットであり、自由に使える現金ではありません。純資産を基準に価格を考える場合、前受金は負債として控除されます。「通帳にこれだけある」という感覚で価格を考えないでください。
A.現預金の残高と前受金残高の関係です。「現預金 − 前受金残高」がマイナスなら、預かったお金を使って運転していることになります。また、全員が解約した場合にいくら返金する必要があるかを最悪ケースとして見ます。
A.消費者契約では、その定めが有効とは限りません。解約に伴う損害の平均的な額を超える違約金の定めは無効とされる場合があります(消費者契約法9条)。規約を弁護士に確認しておいてください。
A.継続率(更新率)です。年次の更新率の推移、平均の継続期間、解約の理由の内訳を示してください。継続率が高く安定していれば将来の収益が読めるため評価は上がります。新規獲得に依存して解約も多い構造だと、広告費を止めた瞬間に縮みます。
A.簿外債務にあたり、デューデリジェンスで見つかれば価格の調整対象です。譲渡の前に、契約書・入金の記録・相手方との確認から一覧を作ってください。自分で見つけて開示するほうが、はるかに良い結果になります。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら