「利益は出ているのに、なぜ評価が伸びないのか」。M&Aのご相談のなかで、たびたび伺う疑問です。決算書の利益は会社の成績を示す大切な数字ですが、買い手が最終的に見ているのは、その事業がどれだけの現金を生み出すかです。両者は重なる部分が大きいものの、一致はしません。本稿では、なぜ評価の土台にキャッシュが置かれるのか、利益とのずれはどこから生まれるのかを整理します。

利益とキャッシュは、なぜ一致しないのか

会計上の利益は、取引が成立した時点で収益と費用を計上するという考え方(発生主義)に基づいて計算されます。商品を納品して請求書を発行すれば、代金の入金がまだでも売上になります。逆に、設備を購入して代金を支払っても、その全額がその期の費用になるわけではなく、減価償却として複数年に分けて計上されます。

つまり、利益は「いつの成果として数えるか」という約束事の上に成り立った数字です。これは会社の成績を期間ごとに比べるためには合理的な方法ですが、現金の出入りとは時期がずれます。

この構造を踏まえて、買い手は決算書の利益を出発点にしながらも、そこから現金の動きに近づける調整を行います。「利益は意見、キャッシュは事実」という言い方が実務で使われるのは、こうした背景があるためです。

誤解のないように申し添えますが、これは決算書が信用できないという話ではありません。目的が違う数字を、目的に合わせて読み替えているだけのことです。

利益とキャッシュがずれる四つの場面

実務でよく見られるずれを、四つに整理します。

場面利益への影響現金への影響
売上が伸び、売掛金が増える利益は増える入金は先のため、現金は減る方向
在庫を積み増すその期の利益には直接出ない仕入代金として現金が出ていく
設備投資を行う減価償却として数年に分かれる購入時に一括で現金が出る
借入金を返済する元本返済は費用にならない現金が出ていく

とくに三つ目と四つ目は、経営者様が日々実感されている点かと思います。「決算では利益が出ているのに、返済と設備投資で手元にお金が残らない」という状況は、この二つが重なったときに生じます。

買い手は、こうした項目を一つずつ確かめながら、事業が実際にどれだけの現金を生んでいるのかを推し量ります。減価償却と設備投資の関係は「減価償却と設備投資|評価にどう影響するか」で詳しく扱っています。

買い手が「返済原資」として見ているもの

買い手が現金を重視する、もっとも実際的な理由は買収資金の返済にあります。中小企業のM&Aでは、買い手が金融機関からの借入によって買収資金を調達することが少なくありません。その返済は、買収した会社が生み出す現金から行われます。

そのため買い手は、「この事業は毎年いくらの現金を生み、そのうちいくらを返済に回せるか」という視点で数字を見ます。会計上の利益がいくら大きくても、その利益が売掛金や在庫として事業に沈んだままであれば、返済には回せません。

この視点は、価格そのものだけでなく、支払いの条件にも影響します。対価を一括で支払うのか、一部を分割にするのか。こうした条件が議論される背景にも、買い手側の資金計画があります。

売り手としては、自社が生み出す現金の姿を説明できるようにしておくことが、交渉を落ち着いて進めるための備えになります。

黒字なのに資金が残らない会社は、どう見られるか

利益は出ているのに現金が残らない。この状態が続いている会社は、買い手からどう見られるのでしょうか。

まず確認されるのは、その理由が成長によるものか、構造によるものかという点です。売上が伸びているために運転資本が膨らんでいるのであれば、それは前向きな理由として受け止められます。事業の拡大に資金が追いついていないだけであり、資金力のある買い手にとってはむしろ伸びしろと映ることもあります。

一方、売上が横ばいなのに売掛金や在庫だけが増え続けている場合は、回収の遅れや在庫の滞留が疑われます。この場合は、資産の中身を実態に即して評価し直す作業が必要になり、結果として評価に影響します。

いずれにしても、決め手になるのは説明です。資金の使い道と、その背景にある判断を示せるかどうか。これは決算書だけでは伝わらない部分であり、資料を補って初めて伝わります。業績の変動の説明については「業績が落ちている年の売却|一時的か構造的かをどう説明するか」もご参照ください。

本稿は一般的な考え方の説明です。会計・税務・法務上の取扱いは個別の事情によって判断が分かれるため、具体的な適用にあたっては公認会計士・税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。

キャッシュを軸にした評価手法との関係

評価手法のなかには、現金の流れを正面から扱うものがあります。代表的なのが、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引くDCF法です。中小企業のM&Aでは将来計画の精度が論点になりやすく、必ず採用されるわけではありませんが、考え方としては現金を軸に置いています。

また、営業利益に減価償却費を足し戻すEBITDAという指標も、現金の生み出す力に近づけるための工夫です。ただしこの指標にも限界があり、設備投資の重さや運転資本の増減は表れません。この点は「EBITDAだけでは測れないもの|指標の限界と補い方」で詳しく扱います。

なお、これらの手法で用いられる倍率や割引率は、事業の性質・規模・買い手の考え方によって大きく異なります。業種ごとの一律の目安が公表されているわけではなく、案件ごとに異なるものとお考えください。

各手法の基本は「EBITDAとは|M&Aで重視される利益指標の考え方と計算方法」「DCF法とは|将来キャッシュフローで企業価値を測る方法」をご覧ください。

まとめ|資金の流れを説明できる状態にしておく

評価の土台にキャッシュが置かれているのは、買い手がその現金で返済し、再投資し、次の成長を図るからです。利益はその出発点ですが、終着点ではありません。

売り手として準備できることを挙げます。

  • 直近数年の資金の増減と、その理由(投資・返済・運転資本の増加)を整理しておく
  • 設備投資の実績と、今後数年に必要となる投資の見込みを把握しておく
  • 借入金の返済スケジュールを一覧にしておく
  • 月次試算表を整え、季節による資金の波を示せるようにしておく

これらは、買い手への説明資料であると同時に、経営者様ご自身が「自社は何にお金を使ってきたのか」を確かめる作業でもあります。

当社では、初回のご相談の段階で、決算書と資金の流れを突き合わせながら現状を整理するところから始めています。相談料・着手金・月額報酬はいただいておりませんので、ご検討の初期段階でもお気軽にお声がけください。

よくあるご質問

A.利益は評価の出発点ですが、そのまま結論にはなりません。買い手は、その利益がどれだけ現金として残るのかを確かめます。売掛金や在庫の増加、設備投資の必要性、借入金の返済負担といった要素によって、同じ利益でも手元に残る現金は変わるためです。利益の水準と同時に、その利益が現金に変わるまでの流れを説明できることが重要になります。
A.減価償却費は現金の支出を伴わない費用のため、足し戻して考える場面があります。ただし、償却が大きいということは、それだけ設備に依存した事業であり、将来も設備の更新投資が必要になることを意味する場合が多くあります。買い手は足し戻した数字だけを見るのではなく、今後必要となる投資額とあわせて判断します。単純に有利・不利と言えるものではありません。
A.必須の資料ではありませんが、あると説明が格段に進めやすくなります。とくに季節変動が大きい事業や、大型案件の入出金で資金が大きく動く事業では、月次の資金の波を示せることが理解につながります。形式は問いませんので、月末の預金残高と、その月の主な入出金がわかる程度のものから整えていただければ十分です。どこまで用意すべきかは案件によりますので、M&Aアドバイザーにご相談ください。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら