毎月入ってくる収益がある。これは買い手にとって、単発の売上より価値が高いのが実務です。ただし、条件があります。何を示せば評価されるのかを整理します。
なぜストック収益は評価が高いのか
買い手の視点は単純です。来期いくら入るかが読めるからです。
単発の受注に依存する事業では、買収した翌期にゼロになる可能性があります。継続課金なら、解約がなければ、同じ収益が続きます。
また、営業コストが低い。既存の顧客からの収益は、新規獲得のような費用がかかりません。
そして、資金繰りが読める。入金の時期が一定です。
これらが、同じ利益額でも評価が変わる理由です。
買い手が見る指標
継続課金型の事業では、決算書だけでは判断できません。次の数字を用意してください。
契約件数の推移。月次または年次で、3期分。
新規獲得数と解約数。純増だけでなく、両方の内訳。
解約率。月次または年次。
顧客あたりの平均単価。推移も。
平均の継続期間。
上位顧客の構成。売上の何割を上位何社が占めるか。
これらを出せる会社は、そう多くありません。出せるだけで差がつきます。
純増だけを見せない
実務での注意点です。契約件数の純増だけを示すと、内実が隠れます。
新規100件・解約90件で純増10件の会社と、新規15件・解約5件で純増10件の会社。同じ純増でも、まったく違う事業です。
前者は、新規獲得を止めた瞬間に縮みます。広告費が収益の前提になっています。
後者は、顧客が定着しています。買い手にとって安心です。
買い手は必ず内訳を聞きます。隠すより、先に出したほうが信頼されます。解約が多いなら、その理由と対策を説明してください。
解約率をどう説明するか
解約率は、業種によって水準が大きく違います。絶対値より、推移と理由を説明してください。
推移。改善しているのか、悪化しているのか。
理由の内訳。価格、品質、廃業・移転、担当者との関係、競合への乗り換え。
時期による偏り。契約から◯か月で辞める人が多い、といった傾向。
とくに「廃業・移転」が多い場合は、自社の問題ではありません。顧客の業種に偏りがあることを意味します。これは説明する価値があります。
契約が承継されるかを確認する
法務の論点です。株式譲渡なら契約はそのまま継続します。法人格が変わらないためです。
ただし、契約書に支配権の異動に関する条項があれば別です。事前の承諾を要する、通知を要する、解除できる。
事業譲渡の場合は、一件ずつ相手方の同意が必要です。契約件数が数千件ある事業では、これは現実的でない場合があります。
そのため、継続課金型の事業では株式譲渡が選ばれることが多くなります。
ひな型の契約書を、早い段階で買い手に開示してください。デューデリジェンスで必ず見られます。
値上げの余地を見られている
買い手が密かに見ている点です。単価を上げられる余地があるか。
長年同じ価格で続けている契約は、買い手にとって伸びしろに見えます。
ただし、売り手として「値上げできます」と安易に言わないでください。値上げすれば解約が増える可能性があり、その責任は買い手が負います。
示すべきは事実です。「直近の改定は◯年前」「改定時の解約率は◯%だった」。過去に値上げを実行した経験があるなら、その結果を示す。
実績のある事実は、推測より強い材料になります。
解約の手続きを確認する
見落とされやすい論点です。解約はどうやって受け付けているか。
電話のみ、書面のみ、という運用は、消費者向けの事業では問題になり得ます。解約を不当に困難にしていると評価されれば、行政や事業者団体から指摘を受ける可能性があります。
また、自動更新の条項も確認が要ります。更新の通知をしているか、解約の申出期限は合理的か。
これはデューデリジェンスで見られる論点です。買い手は、買収後に自分が責任を負うことになるため、慎重に見ます。
弁護士に確認してもらってください。
原価とサービス水準の関係
収益だけでなく、それを維持するための原価も見られます。
保守契約なら、年に何回訪問するのか。サブスクリプションなら、サーバーとサポートの費用。
「月額◯円で、どこまでやるのか」が契約で明確でないと、買い手は原価が読めません。
実務では、約束していないサービスを慣行で提供していることがあります。社長の判断で、無償で対応してきた。
これは引き継がれると原価になります。正直に開示してください。後から発覚すると、価格の再交渉になります。
顧客リストの引き継ぎ
最後に、実務上の準備です。顧客情報が、引き継げる形になっているか。
契約書の原本、顧客台帳、課金の記録、担当者の連絡先、過去のやり取りの履歴。
これらが社長の頭の中と手帳にしかない、という会社があります。その状態では、事業を引き継げません。
また、個人情報の取扱いにも注意が要ります。利用目的の範囲、第三者提供の制限。株式譲渡であれば会社が変わらないため問題は小さいのですが、事業譲渡では整理が必要です。
譲渡を考え始めたら、顧客情報のデータ化から始めてください。これは評価に直結します。