社長個人の土地や建物を会社が借りている。中小企業ではごく普通の形です。ところがM&Aでは、その賃料が相場から離れているかどうかで、会社の評価額が動きます。理由を説明します。
買い手は、実態に直して評価する
買い手は決算書の利益をそのまま見るのではなく、実態に合わせて調整した収益力を見ます。実務では正常収益力などと呼ばれます。
オーナーへの家賃は、その調整の代表例です。相場より高い家賃を払っていれば、その分だけ利益が過小に出ています。買い手は「譲渡後に相場まで下げれば、この分の利益が増える」と見ます。
逆に、相場より安ければ利益が過大に出ています。買い手は「譲渡後に相場まで上がれば、この分の利益が減る」と見ます。評価は下がる方向に働きます。
高すぎる家賃は、評価にプラスか
「高い家賃を払っていたなら、下げれば利益が増えるから評価が上がるのでは」——理屈としてはそのとおりです。ただし条件があります。
譲渡後に実際に下げられることが、買い手に見えている必要があります。オーナーが不動産を持ち続け、賃貸借を継続するなら、賃料を下げる交渉は旧オーナーとの間で行うことになります。
ここで「契約期間中は現行賃料」と決めてしまえば、買い手にとって当面は下がりません。契約の内容次第で、評価への反映のされ方が変わります。
安すぎる家賃は、譲渡後に問題になる
実務でより多いのが、相場より安いケースです。オーナーが会社を支えるために低く抑えてきた、という背景があります。
この場合、買い手は譲渡後に賃料が上がるリスクを見ます。契約が短期で、更新のたびに交渉が必要な状態なら、なおさらです。
対策は、譲渡前に契約を整え、期間と賃料を確定させておくことです。相場並みに見直すか、現行水準を長期で固定するか。どちらでも構いませんが、「決まっていること」が買い手の安心につながります。
税務上の論点もある
賃料が相場から大きく離れていると、税務上も問題になり得ます。
高すぎる場合、超過部分が役員給与と認定される可能性があります。定期同額給与に該当しなければ損金にならず、受け取った側にも給与所得として課税されます。
安すぎる場合は、オーナーから会社への経済的利益の供与と見られる余地があります。どちらも、デューデリジェンスで指摘されれば、過去に遡って修正が必要になる可能性があります。近隣の賃料事例を集め、根拠を残しておいてください。
買い手が求める契約条件
不動産を残したまま貸す形を選ぶ場合、買い手は次を求めてきます。
十分な契約期間。工場や店舗は移転が事業の継続に直結するため、数年から十数年を求められることがあります。中途解約の制限。貸主側から簡単に解約できない形。更新の条件。自動更新か、更新時の賃料改定のルール。
さらに、将来の買取に関する取り決め(優先交渉権など)を求められることもあります。売り手としては、どこまで応じるかを事前に決めておいてください。
相続との関係も考える
不動産を個人で持ち続ける場合、それは相続財産として残ります。
賃貸している不動産は、自用の場合と評価方法が異なります。また、賃料収入は毎年の所得になり、所得税・住民税の対象です。
「会社は譲ったが、不動産と賃料収入は残った」という形は、安定収入という利点と、相続財産が残るという課題の両方を持ちます。譲渡の設計段階で、相続まで見た試算をしておくことをお勧めしています。本社不動産を手元に残せるかもご覧ください。
買い手は「払い続けられるか」を見る
買い手がオーナー所有物件の賃料を見るとき、確認しているのは水準だけではありません。その契約が、譲渡後も続く保証があるかです。
前オーナーが個人で所有する建物を、会社が借りている。譲渡後、前オーナーには貸し続ける義務があるのか。契約書がない、あるいは期間の定めがない場合、買い手は「いつ出ていけと言われるか分からない」と評価します。
手当ては単純です。譲渡の前に、書面の賃貸借契約を結び直してください。賃料、期間、更新の条件、中途解約の予告期間。市場の水準に合わせたうえで、契約として固める。これだけで、買い手の減額要因が一つ消えます。
いつ見直すか
賃料の見直しは、譲渡の話が具体化する前に行うのが理想です。
譲渡直前に賃料を変更すると、「評価を操作したのではないか」と見られます。買い手のデューデリジェンスでは、過去数年の推移が確認されます。
逆に、数年前から相場に合わせて段階的に調整してきた実績があれば、説明は容易です。承継を意識し始めた段階で、一度見直しておくことをお勧めします。
まず、契約書を確認する
実務の第一歩は単純です。賃貸借契約書があるかを確認してください。
口約束のまま、あるいは何十年も前の契約書のまま、という会社は珍しくありません。契約書がなければ作成し、賃料の根拠を残します。
近隣の取引事例、不動産業者の意見書、必要であれば鑑定評価。「なぜこの賃料なのか」を説明できる資料があれば、税務上も、買い手との交渉でも、立場が強くなります。当社では、この確認から一緒に進めています。