中小企業では、会社の資産と社長個人の資産の境目が曖昧なことが珍しくありません。長年それで回ってきたとしても、譲渡の場面では必ず論点になります。何を、いつまでに分けておくのかを整理します。
なぜ問題になるのか
買い手は、買った後に自分が使える資産と、引き継ぐことになる負担を見ています。
社長個人名義の土地に工場が建っていれば、買収後もその土地を借り続けられるのかが分かりません。会社名義のクルーザーがあれば、事業に必要ないのに維持費だけかかります。
どちらも「買った後に困ること」です。デューデリジェンスで見つかれば、価格の引き下げか、クロージングの前提条件として整理を求められます。
会社が個人から借りているもの
もっとも多いのが、社長個人名義の不動産を会社が使っているケースです。本社の土地、工場、店舗、駐車場。
確認すべきは三つです。賃貸借契約書があるか。口約束のままになっていないか。賃料が相場と大きく離れていないか。高すぎれば役員給与、低すぎれば会社への利益供与とみなされる可能性があります。契約期間と更新条件はどうか。
譲渡にあたっては、会社に売却するか、賃貸借を続けるかを決めます。続けるなら、買い手が安心できる契約期間を確保しておく必要があります。詳しくはオーナーへの家賃で扱っています。
会社が個人のために持っているもの
逆のパターンです。事業に関係のない資産を会社名義で保有しているケース。
典型は、社長の自宅を社宅としている、別荘、ゴルフ会員権、高級車、絵画、保養所などです。節税や福利厚生の名目で取得されたものが多くあります。
買い手にとっては不要な資産です。維持費がかかり、処分にも手間がかかります。譲渡の前に、会社から個人へ移すか、外部に売却しておくのが基本です。移す場合は時価での売買が原則で、会社に譲渡益が生じます。税負担を試算してから実行してください。
役員貸付金と役員借入金
貸借対照表に「役員貸付金」があれば、必ず指摘されます。会社が社長に貸しているお金です。
買い手にとっては、回収できるか分からない資産です。実質的に返済の見込みがなければ、資産として評価されません。その分、純資産が減ったものとして価格に反映されます。
逆に「役員借入金」(社長が会社に貸しているお金)は、負債です。譲渡にあたっては、返済するのか、放棄するのか、買い手が引き継ぐのかを決めます。放棄すれば会社に債務免除益が生じ、法人税の対象になります。いずれも譲渡前に整理しておくのが原則です。
仮払金・立替金・未収入金
科目の名前は違っても、実質が同じものがあります。長年動いていない仮払金、内容の分からない立替金、回収予定のない未収入金。
デューデリジェンスでは、これらの中身を一つずつ確認されます。説明できないものは、実質的に社長への貸付とみなされることがあります。
準備としては、残高の内訳を洗い出し、回収できるものは回収し、できないものは処理すること。決算書の見た目を整えるためではなく、説明できる状態にするためです。
親族への支払い
会社に勤務していない配偶者や子に役員報酬を払っている、というケースもあります。
実態が伴っていなければ、不相当に高額な役員給与として損金が否認される可能性があります。また買い手からは、譲渡後に削減できる費用として見られます。
後者は、実は企業価値を押し上げる材料にもなります。買い手は実態に合わせて収益力を調整して評価するため、「この人件費は譲渡後になくなる」と説明できれば、その分だけ利益が大きく見えます。隠すのではなく、整理して説明してください。
いつまでに分けるか
理想は、譲渡を検討し始めた段階です。デューデリジェンスが始まってからでは、整理の途中経過まで見られます。
とくに時間がかかるのは、不動産の移転(登記、税金、資金)と、役員貸付金の解消(返済原資の手当て)です。どちらも数か月単位で見ておく必要があります。
逆に、間に合わないものは開示する。「この役員貸付金は、譲渡代金から返済する予定です」と説明できれば、交渉の材料になります。隠していたものが出てくるのが、いちばん悪い展開です。
整理は、価格のためだけではない
公私の分離は、買い手のためだけの作業ではありません。
会社と個人の境目が曖昧なままでは、ご自身の相続の場面でも混乱します。どこまでが会社の財産で、どこからが個人の財産なのか。相続人が判断できない状態は、争いのもとになります。
そして、数字が整った会社は、経営の判断も早くなります。譲渡のためではなく、経営のために整えると考えていただくのがよいと思います。月次決算を整えると併せて進めると効率的です。