「会社を売る」という選択肢は、かつて後ろ向きに語られることもありましたが、いまや事業承継や成長戦略の有力な手段として広く定着しています。一方で、M&Aには良い面だけでなく、注意すべき点も確かに存在します。大切なのは、メリットとデメリットの両方を、立場ごとに冷静に把握したうえで判断することです。本稿では、M&Aが増えている背景を確認したうえで、売り手・買い手・従業員という三つの視点からメリットとデメリットを整理し、デメリットを小さくするための実務上の工夫までご説明します。
M&Aが増えている背景|後継者不在と件数の増加
まず、日本でM&Aが選ばれるようになった背景を押さえておきましょう。最大の要因は、後継者問題です。帝国データバンクの2025年の調査によれば、国内企業の後継者不在率は50.1%。実に半数の会社に、経営を引き継ぐ後継者がいないという状況です。親族や社内に後継者が見つからないとき、廃業を避けて事業と雇用を残す現実的な選択肢が、第三者への承継、すなわちM&Aです。
実際、レコフデータの集計では、2025年の日本企業のM&A件数は5,000件を超え、2年連続で過去最多を更新しました。国も「中小M&Aガイドライン」(令和6年8月に第3版へ改訂)を整備するなど、中小企業のM&Aを後押しする環境が整いつつあります。M&Aはもはや特別な出来事ではなく、経営の選択肢のひとつとして検討されるものになっているのです。M&Aの基本的な仕組みから知りたい方は「M&Aとは?中小企業の会社売却の基本」をご参照ください。
売り手のメリット|事業継続・雇用維持・創業者利益
会社を譲渡する側(売り手)にとってのメリットは、大きく四つに整理できます。
①事業を存続させられる
後継者がいなくても、会社そのものを次の担い手に引き継ぐことで、廃業を回避できます。長年かけて築いた技術やノウハウ、取引先との信頼関係、会社の名前を絶やさずに済むことは、金額に代えがたい価値といえます。
②従業員の雇用を守れる
廃業すれば従業員は職を失いますが、M&Aであれば雇用を引き継ぐ形での譲渡を目指せます。従業員の処遇は、多くのオーナー経営者様が最も重視される条件のひとつです。
③創業者利益(譲渡対価)を得られる
株式を譲渡すれば、その対価を現金で受け取ることができます。長年の経営の成果を引退後の生活資金や新たな挑戦の原資に変えられることは、廃業(資産の個別処分)と比べた大きな違いです。手取り額の考え方は「会社売却にかかる税金|株式譲渡益課税と手取り額の考え方」で詳しく解説しています。
④個人保証を解除できる可能性がある
中小企業では、経営者個人が会社の借入れに連帯保証をしているケースが少なくありません。M&Aに伴い、買い手側との調整や金融機関との交渉を通じて、この個人保証を解除できる可能性があります。経営者様とご家族の精神的な負担を軽くする、見逃せないメリットです。
売り手のデメリット・注意点
一方で、売り手が理解しておくべき注意点もあります。
①希望条件で成約するとは限らない
譲渡価格や条件は、最終的には買い手との交渉で決まります。希望する価格に届かないことも、そもそも相手が見つからないこともあり得ます。また、相手探しから成約までは一般に相応の期間を要するため、時間的な余裕を持って着手することが大切です。
②情報漏洩のリスクがある
「会社を売ろうとしているらしい」という情報が取引先や従業員、金融機関に漏れると、信用不安や人材流出につながりかねません。M&Aの検討は、秘密保持契約(NDA)を締結したうえで、関与する人を最小限に絞って進めるのが鉄則です。
③譲渡後に会社が変わっていく可能性がある
経営権が移る以上、譲渡後の経営方針や社風が徐々に変わっていくことは避けられません。「何を引き継いでほしいか」「何は変わってもよいか」をご自身の中で整理し、交渉の過程で買い手と率直にすり合わせておくことが、譲渡後の後悔を防ぎます。
買い手のメリット・デメリット
買い手側の視点も知っておくと、交渉相手の考えが理解しやすくなります。
買い手のメリット
- 時間を買える:ゼロから新規事業を立ち上げる場合に比べ、既に動いている事業・顧客基盤・売上を一度に獲得できます
- 人材を獲得できる:採用難の時代に、経験を積んだ人材をチームごと迎えられます
- 許認可・販路・技術の獲得:自力では取得に時間のかかる許認可や、参入の難しい販路・技術を引き継げる場合があります
買い手のデメリット・リスク
- 統合コスト:買収後の組織・制度・システムの統合(PMI)には、想定以上の時間と労力がかかることがあります
- 簿外債務のリスク:帳簿に表れない債務や偶発債務(保証、未払残業代、係争など)を引き継いでしまうおそれがあります
- 人材流出のリスク:統合の進め方を誤ると、キーパーソンが離職してしまうことがあります
買い手はこうしたリスクを見極めるために、デューデリジェンス(買収監査)を実施します。売り手にとっても、買い手が何を心配しているのかを理解しておくことは、誠実な情報開示と円滑な交渉につながります。M&A全体の進み方は「M&Aの流れを7ステップで解説|相談から成約までの期間」をご参照ください。
従業員・取引先への影響と「伝え方」の重要性
経営者様が最も気にかけられるのが、従業員と取引先への影響です。
まず雇用について。株式譲渡の場合、雇用契約は会社に帰属したまま引き継がれるため、一般に、従業員の雇用は維持されるケースが多いとされています。買い手にとって、従業員は譲り受ける価値そのものであり、雇用の継続を前提に検討するのが通常だからです。とはいえ、雇用条件の維持は案件ごとの交渉事項でもあるため、基本合意や最終契約の中で明確にしておくことが大切です。
同じくらい重要なのが、「いつ、誰に、どう伝えるか」です。検討段階で情報が広まると不安や憶測を招くため、従業員への開示は通常、成約後など然るべきタイミングまで慎重に管理します。そのうえで、譲渡の目的(会社と雇用を守るための前向きな選択であること)や今後の処遇を、経営者様ご自身の言葉で丁寧に説明することが、従業員の納得と定着を大きく左右します。取引先に対しても同様に、契約関係の継続を確認しながら、順序立てて説明していくことになります。従業員への影響と伝え方は「会社売却を従業員にいつ・どう伝えるか|開示のタイミングと注意点」で詳しく解説しています。
デメリットを小さくするための実務
ここまで見てきたデメリットの多くは、進め方の工夫によって小さくすることができます。ポイントを整理します。
| リスク・デメリット | 実務上の対策 |
|---|---|
| 情報漏洩 | 秘密保持契約(NDA)の締結、社内で知る人を最小限に絞る、資料の匿名化(ノンネーム化) |
| 希望条件との乖離 | 事前の企業価値評価で相場観を持つ、複数候補の比較、時間的余裕を持った着手 |
| 簿外債務・トラブル | デューデリジェンスへの誠実な対応、最終契約での表明保証の設計 |
| 統合後の混乱・人材流出 | 統合方針の事前すり合わせ、従業員への丁寧な説明とキーパーソンのケア |
そしてもうひとつの対策が、専門家の活用です。相手探し、条件交渉、契約、税務——M&Aには多くの専門領域が関わります。中小M&Aガイドラインでも、支援機関の適切な関与が想定されています。信頼できる支援者と組み、正しい手順で進めることが、デメリットを抑えメリットを最大化する最も確実な方法です。
M&Aは、事業と雇用を未来につなぐ前向きな選択肢です。当社プラチナパートナーズは、初回のご相談から成約まで一気通貫で伴走します。相談料・着手金・月額報酬は0円です。「うちの場合、メリットとデメリットはどうなるのか」——その具体的な整理から、どうぞお気軽にご相談ください。