買収した会社に規程がほとんど無い。珍しいことではありません。ただし、全部を一度に作ると、誰も読まない書類の束ができるだけです。順序の考え方を整理します。

まず、あるものを確認する

「何も無い」と言われても、たいてい何かはあります。

就業規則。常時10人以上の労働者を使用する事業場では作成と労働基準監督署への届出が義務です。あるか、届け出ているか、実態と合っているかを確認してください。

賃金規程・退職金規程。就業規則とは別冊になっていることがあります。

36協定。時間外労働をさせるには必須です。毎年届け出ているかを確認。

定款。会社の基本ルールです。

この4つは、作るのではなく、まず探してください。

法令で求められるものを先に

優先順位の第一群です。無いこと自体が法令違反になるものから着手します。

就業規則(10人以上の事業場)と、その届出・周知。

36協定の締結と届出。

安全衛生に関する体制。規模と業種に応じて、衛生管理者や産業医の選任、安全衛生委員会の設置が求められます。

ハラスメント防止の措置。相談窓口の設置と周知は、事業主の義務とされています。

個人情報の取扱い。顧客名簿を持つ会社では必須です。

ここが欠けていると、放置した買い手側の責任になります。

次に、金銭のルール

第二群は、お金の動きに関わる規程です。不正と誤処理を防ぐ目的があります。

職務権限規程(決裁規程)。いくらまで誰が決められるか。これが無いと、買収後の意思決定が止まります。

経費精算規程。何が経費として認められ、何が認められないか。中小企業では私的な支出が混ざっていることがあり、ここを整えるのは税務上も意味があります。

印章管理規程。誰が実印を管理し、押印にどういう手続きが要るか。

与信管理・債権管理。取引先ごとの限度額と、回収が滞ったときの手順。

三番目に、業務の標準

第三群は、業務の質に関わるものです。ここは急ぎません。

品質管理の手順、クレーム対応のフロー、外注管理、在庫管理、文書の保存期間。

これらは現場が既に何らかの形で回していることが多く、文書化されていないだけです。

したがって、作るというより、聞き取って書き起こす作業になります。現場の担当者と一緒に作ってください。本社のひな型を持ち込むと、実態と合わないものができます。

本社のひな型をそのまま使わない

失敗の典型です。本社の規程一式を渡して「これに合わせてください」とする。

従業員数が10倍違う会社の規程は、承認の階層も文書の様式も違います。そのまま適用すると、現場が回らなくなります。

たとえば、本社で「部長決裁」となっている項目が、買収先には部長がいない。「経営企画部が確認」とあるが、そんな部署はない。

ひな型は下敷きとして使い、その会社の規模と実態に合わせて書き換えてください。この手間を惜しむと、規程が形骸化します。

運用されない規程は、かえって危ない

重要な点です。規程があるのに守られていない状態は、規程が無いより悪い場合があります。

「経費精算規程に反する支出が常態化していた」——規程があるからこそ、違反として指摘されます。

また、事故が起きたとき、「規程を定めていたのに運用していなかった」という事実は、管理責任の議論で不利に働きます。

したがって、守れる内容にすることが重要です。理想的な手続きを書くより、実際に回せる手続きを書いて、必ず守る。厳しくするのは、運用が定着してからです。

周知が要件になっているものがある

作って終わりにしないでください。就業規則は、労働者に周知していなければ効力を持たないとされています。

周知の方法は、常時見やすい場所への掲示・備え付け、書面の交付、電子データでの提供などです。

「総務のキャビネットにある」という状態は、周知とは言えない可能性があります。

実務的には、共有フォルダに置いて全員に案内する説明会を開いて配布するのが確実です。配布と説明の記録を残してください。

改定の手続きを決めておく

規程は一度作れば終わりではありません。法改正、事業の変化、組織の変更。

決めておくべきは、誰が改定を発議し、誰が承認し、いつ施行するか。そして誰が原本を管理するか。

中小企業でよくあるのは、改定した版と古い版が混在している状態です。どれが有効か分からなくなります。

版数と改定日を必ず入れてください。そして、原本の置き場所を一つに決める。これだけで、数年後の混乱が防げます。

1年かけて整える計画にする

最後に、全体の設計です。

買収直後にやるのは、第一群(法令で求められるもの)と、職務権限規程だけで十分です。これで最低限のリスクは抑えられます。

残りは、1年かけて、四半期ごとに数本ずつ。現場の負担を見ながら進めます。

「整備が終わっていない」ことを問題視しないでください。規程の数は、統合の進捗ではありません。

見るべきは、作った規程が実際に使われているかです。内部統制の最低限も併せてご覧ください。

※ 本稿は一般的な考え方をご紹介するものであり、個別の法務・税務アドバイスではありません。実際の取り扱いは会社の状況や契約の定めによって異なります。専門家にご確認ください。

よくあるご質問

A.まず、あるものを探してください(就業規則、賃金規程、36協定、定款)。そのうえで、無いこと自体が法令違反になるもの(就業規則の作成・届出・周知、36協定、安全衛生体制、ハラスメント防止措置、個人情報の取扱い)から着手します。
A.金銭のルールです。職務権限規程(いくらまで誰が決められるか。無いと買収後の意思決定が止まります)、経費精算規程、印章管理規程、与信管理・債権管理です。
A.従業員数が大きく違う会社の規程は、承認の階層も文書の様式も違います。「部長決裁」とあるが部長がいない、「経営企画部が確認」とあるがそんな部署はない、といったことが起きます。ひな型は下敷きとし、規模と実態に合わせて書き換えてください。
A.規程があるのに守られていない状態は、無いより悪い場合があります。事故が起きたとき「規程を定めていたのに運用していなかった」という事実は管理責任の議論で不利に働きます。理想ではなく、実際に回せる手続きを書いて必ず守ってください。
A.買収直後は法令で求められるものと職務権限規程だけで十分です。残りは1年かけて四半期ごとに数本ずつ進めてください。規程の数は統合の進捗ではありません。見るべきは、作った規程が実際に使われているかです。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら