買収した会社に統制を導入しようとして、上場企業の枠組みをそのまま持ち込み、現場が回らなくなる——PMIで起きがちな失敗のひとつです。人数の限られた会社では、教科書どおりの職務分離は物理的に不可能です。本稿では、少人数の組織で実際に機能する「最低限の統制」とは何かを整理し、段階的に高めていく順序を示します。

なぜ統制が必要なのか、目的から考える

内部統制と聞くと、規程や書類を増やす作業という印象を持たれがちです。しかし、買収した会社で統制を整える目的は、突き詰めれば三つです。

  • 数字が正しいこと——月次の数字が実態を映しており、判断に使えること
  • 資産が守られること——現金・在庫・設備・情報が、意図しない形で外へ出ないこと
  • 人が守られること——一人に責任と誘惑が集中する状態をつくらないこと

三つめの視点は特に重要です。中小企業の不正は、悪意ある人物が起こすというより、一人ですべてを処理できてしまう環境が長く続いた結果として生じることが少なくありません。統制は人を疑う仕組みではなく、誰も疑われずに済む環境をつくる仕組みです。この説明ができるかどうかで、導入への抵抗感は大きく変わります。

また、統制が整っている会社は、金融機関からの評価が高まり、将来の資本政策の選択肢も広がります。経営者保証に関する協議でも、法人と個人の資産・経理の分離や適時適切な情報開示が判断材料になります。統制の整備は、コストではなく信用の裏づけという捉え方ができます。

買収直後にすべてを整える必要はありません。目的に照らして優先度をつけ、順に手をつけていきます。

最初に押さえる5つの統制

人数が限られる会社で、最初に手当てすべき領域を挙げます。いずれも、手間が小さく効果が大きいものです。

1. 現金を減らす。手元現金は、最も統制が効きにくい資産です。小口現金の残高を絞り、経費精算を口座振込に切り替え、集金を口座振替に移せるものは移します。現金の取扱量が減るだけで、必要な統制の量が減ります。

2. 通帳・印章・ネットバンキングを分ける。出金の実行者と、通帳・印章の保管者を分けます。ネットバンキングは、データ作成者と承認者を別のIDに分け、承認なしに送金できない設定にします。これは一人の兼務が最も危険な領域です。印章の管理は「印章の管理と押印ルールの整備」をご覧ください。

3. 支払の承認を通す。請求書の内容を発注者が確認し、支払の実行は別の者が承認する流れをつくります。金額基準を決め、一定額以上は役員決裁とします。

4. 記録が残る発注にする。口頭発注をやめ、発注書を発行します。原価管理の土台にもなり、取引の適正化の観点からも重要です。

5. 月次で数字を見る。誰かが毎月数字を見ているという事実そのものが、統制として働きます。異常な金額や、前月と大きく違う項目に質問が入る状態をつくってください。

職務分離ができないときの補完

経理が一人しかいない、総務と経理を兼務している——中小企業では当たり前の状況です。職務分離が物理的に不可能な場合、上位者による事後の確認で補完するという考え方をとります。

具体的には、次のような方法があります。

  • 通帳と入出金明細を経営者が定期的に自ら確認する——月に一度、印刷した明細に目を通すだけでも効果がある
  • 残高証明書を年に一度は直接取り寄せる——担当者を経由しない経路で確認する
  • 支払先の一覧を定期的に見る——見慣れない振込先がないかを確認する
  • 取引先への残高確認——主要な取引先に、年に一度残高の確認を行う
  • 担当者に必ず休暇を取ってもらう——一定期間、別の者が業務を代行する機会をつくる

最後の項目は、単なる労務管理ではなく統制として意味があります。長期間まったく休まない担当者がいる場合、業務が属人化しているか、代わりに見られたくない事情があるか、いずれにせよ確認が必要です。代行できる状態をつくること自体が、業務継続の備えにもなります

これらは大がかりな仕組みを必要としません。買収直後から始められる範囲で、確認する習慣をつくることが先決です。

規程と記録は、どこまで作るか

統制の整備というと規程の作成を思い浮かべますが、規程だけあって運用されていない状態が最も悪いと考えてください。作った文書が守られていなければ、統制がある前提で判断してしまうぶん、かえって危険です。

初年度に用意したい文書は、多くありません。職務権限表、押印のルール、経費精算の基準、そして経理の業務手順書です。業務手順書は、担当者が休んだときに別の人が代われる程度の粒度で書きます。完成度より、実際に使えるかどうかが基準です。

記録については、「誰が承認したか」が後から分かることを最低条件にしてください。稟議書、押印台帳、支払の承認記録。これらが揃っていれば、問題が起きたときに経緯をたどれます。

文書化の作業は、前オーナーや既存の担当者の協力なしには進みません。関与期間があるうちに、優先度の高い業務から着手してください。「押しつけ」と受け取られないよう、なぜ必要かを説明しながら進めることが大切です。従業員への向き合い方は「現場の不安にどう向き合うか」も参考になります。

情報とアクセス権の統制

統制の対象は、お金や物だけではありません。顧客情報、技術情報、価格表、人事情報。これらが適切に管理されていない状態は、事業の継続に直結するリスクです。

買収直後に必ず行いたいのが、アカウントとアクセス権の棚卸しです。退職者のIDが有効なまま残っている、管理者権限が複数人に付与されている、共有パスワードが使い回されている——こうした状態は珍しくありません。詳しくは「ITアカウントと権限の引き継ぎ」で扱っています。

情報の持ち出しについても、ルールを明確にします。私物の記録媒体の扱い、個人のクラウドストレージの使用、私用端末での業務——実態を確認し、必要な範囲でルールを定めてください。禁止するだけでは業務が回らない場合もあるため、代替手段を用意してから制限するのが実務的です。

個人情報の取扱いについては、法令上の義務が課されます。取得・利用・保管・委託・開示のそれぞれについて要件がありますので、現在の運用が要件を満たしているかを確認してください。具体的な対応は弁護士など専門家にご確認ください。

段階的に高めていく|初年度・2年目・3年目

統制の整備は、一度に完成させるものではありません。順序をつけて進めます。

初年度は、空白を埋める。決裁者が定まっていない、通帳と印章を一人が持っている、アカウントの棚卸しがされていない——こうした空白を塞ぐことに集中します。新しい仕組みを増やすより、危ない状態をなくすことが優先です。

2年目は、記録を定着させる。初年度に作ったルールが実際に守られているかを確認し、実態に合わない部分を改訂します。稟議の滞留、例外処理の多用、台帳の記入漏れといった運用の綻びを潰していきます。

3年目以降は、自律的に回す。定期的な自己点検の仕組みを入れ、担当者が代わっても水準が保たれる状態を目指します。規模によっては、外部の専門家による点検を定期的に受ける選択肢もあります。

この歩みを支えるのは、経営者自身が数字と記録を見続けることです。仕組みをつくって任せきりにすると、どれだけ立派な規程があっても機能しません。逆に、経営者が毎月見ているという事実は、それだけで最も強い統制になります。統合全体の進め方は「PMIの進捗管理」をご覧ください。

よくあるご質問

A.分離が物理的に不可能でも、上位者による事後の確認で補完できます。通帳と入出金明細を経営者が月に一度は自ら確認する、残高証明書を担当者を経由しない経路で取り寄せる、支払先の一覧を定期的に見る、担当者に必ず休暇を取ってもらい別の者が代行する機会をつくる、といった方法です。大がかりな仕組みは不要で、確認する習慣をつくることが先決です。
A.導入の趣旨を説明することで、受け止め方は大きく変わります。統制は人を疑う仕組みではなく、一人に責任と誘惑が集中する状態をなくし、誰も疑われずに済む環境をつくる仕組みです。また、承認の範囲が明確になれば現場はどこまで自分で決めてよいかが分かり、かえって動きやすくなります。最初は簡素に始め、実態に合わない部分を改訂していく前提で進めてください。
A.空白を埋めることに集中してください。具体的には、決裁者が定まっていない行為類型をなくす、通帳と印章を同一人物が管理する状態を解消する、ネットバンキングの作成者と承認者を分ける、ITアカウントと権限を棚卸しする、月次で誰かが数字を見る状態をつくる。新しい仕組みを増やすより、危ない状態をなくすことが初年度の優先事項です。

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Author & Supervisor

執筆・監修:株式会社プラチナパートナーズ 取締役副社長 神垣 宏康

東京都千代田区(日比谷)のM&A仲介・事業承継アドバイザリーファーム、株式会社プラチナパートナーズ取締役。成功報酬型のもと、中小企業の事業承継・会社売却を初回相談から成約まで一気通貫で支援しています。役員紹介・会社概要はこちら